347 / 702
【高校編】分岐・鍋島真
【side真】物語
しおりを挟む
ぺしりと頭を叩かれた。
「痛いな」
「痛くないでしょう、……全く」
華は目を細めて、すっと顔を上げた。そうして、つかつかと桜澤のところまで歩いて行く。
「あのさ桜澤さん」
「な、なによ」
ぷるぷる震える尿路結石。
「ゲーム脳ってあるじゃん」
「……は?」
「私、ああいうのは信じてないの。ゲームで遊ぶ子供はゲームと現実を混同してる! とか言い出すヒトは、うん、なに考えてんのか分かんない」
一緒にするわけないよねぇ、とのんびりした口調で華は言う。
「リセットボタン押したって生き返らないことくらい分かってる。やり直しがきかないことだって分かってるーーだから」
華は続ける。桜澤は混乱したまま、華を睨みつけている。
「だから、人生なんだよね? 生きてるんだよね」
「……当たり前じゃない」
「だよね? でも、あなたは例外」
華は悲しそうに桜澤を見た。
「ねえ、ここ、現実だよ? ゲームじゃないの。傷ついたひとたちはキャラクターじゃなくて実在するの」
「……は」
「分からないなら、……ほんとにあなたは」
華の憐憫に満ちた目。
僕は呆れる。まぁなんて残酷なことをするんだろ。うーん、惚れ直しちゃうねこんなの。
「あなたは、ただのゲーム脳」
「……っ、なにが!」
桜澤は激昂するけど、華は涼しい顔をしてた。
「分からないなら、あなたはずっと1人。これからも、今までもーー1人で生きていくの?」
「ば、ばかにして、設楽華、悪役令嬢のくせに」
華はきょとんとしたあと、笑う。
花のように美しく。
空のように快活に。
「あは、だから私」
設楽じゃないんだって。
そう言って華は僕のとこまで戻ってくる。そうして手を繋いで。
桜澤はただ華を睨んでいる。時々、鯉みたいに口をパクパクさせてるけど。
どうしたんだろう、酸欠なのかな。
「桜澤青花さん」
唐突な大人の声に、桜澤はびくりと肩を震わせた。
そこには数人の大人。スーツ姿の男女。
「神奈川県警です」
身分証を提示して、ひとりがキツイ目つきのまま淡々と告げる。
「傷害、自殺教唆、強要……共同正犯となりますが、それからそのほか諸々について」
桜澤の目が泳ぐ。
「お話を伺わせていただきます」
「……や、あたし、ほんとに、何も」
群衆は無言だ。
桜澤の取り巻きさえも、無言。
「……青ちゃん」
ふ、と少年の声。
僕のオトモダチの声。……多分、桜澤がギリギリまで信じてるヒト。
「……涼くん?」
桜澤の、呆然とした声。
「なぁ、青ちゃん。いっかい、清算しよう」
"涼くん"は泣きそうな顔をしている。
世界中で彼だけがーー青花を愛していた。きっと、唯一、大事にしていた。
だからこそ、彼は桜澤に目を覚まして欲しかった。
だからこそ、彼はホルマリン漬けを彼女の家の前に置いたし悪戯電話をしたし彼女の悪行をノートに書き連ねた。
(覚ますような頭があればね)
青花は悟る。見る見るうちに、その表情が憤怒で染まって。
「……やっぱりアンタも敵だった」
「ちがう、青ちゃん、違っ」
「どいつもこいつも!」
青花の顔はぐちゃぐちゃだ。
涙と怒りと苛つきと絶望。
世界中で自分はたったひとり。
(ひとりでいるのは辛いよね)
僕は思う。
だって僕もそうだったから。
ひとりで、生きていたから。……ま、千晶はいたけどね。
青花は引きずられるように、その場を立ち去る。何度も何度も、振り向いて"涼くん"を睨みつけて。
「……寒くない?」
華は、気づけばアリサに話しかけてる。あれ?
「うん、大丈夫」
「声少し掠れてる?」
「まだあまり無理できないから」
答えたのは小野くんで、うん、あれ?
「君たち知り合い?」
「ふふ」
華は笑う。
「私が守られてるだけのお姫様だと思ったら大間違いですよ」
まったくこのクソガキ、って目で華は僕を見た。僕のだいすきな目。
「……へぇん」
「でも」
華は笑う。
「守ってくれて、ありがとうございました」
私の勇士さん、と華は言う。
ボロコーヴな僕は、ただ彼女の手を取った。
風が吹いて、桜がぶわりと舞う。
眩しそうに、華は目を細めた。
むかしむかし、ある森にはジャバウォックという怪物が棲んでいました。
赤い目に鋭い牙。
ぼろぼろの見窄らしい鳥、ボロコーヴは毎日それに怯えていたのです。
ボロコーヴは世界でたったひとり、ジャバウォックに対峙しながら、ずうっと誰かが来てくれるのを、待っていました。
口では嫌味を、冷笑を浮かべながら、でもずうっと待っていたのです。
ある日森に、勇士が現れました。剣を持った勇ましい勇士。
それは可愛い女の子でした。
『ひとりで戦っていたのですか?』
女の子は言いました。
『あなたは見窄らしい鳥なんかじゃありませんよ』
ボロコーヴはそれでもボロコーヴであり続けましたが、その言葉は大いに彼を勇気付けました。
そうして、勇士とボロコーヴはふたり、ジャバウォックを倒したのです。
それから勇士とボロコーヴは、森で幸せに暮らしました。
末長く、幸せに、暮らしましたとさ。
ーー物語は、続いていく。
めでたしめでたしの、そのあとも。
「痛いな」
「痛くないでしょう、……全く」
華は目を細めて、すっと顔を上げた。そうして、つかつかと桜澤のところまで歩いて行く。
「あのさ桜澤さん」
「な、なによ」
ぷるぷる震える尿路結石。
「ゲーム脳ってあるじゃん」
「……は?」
「私、ああいうのは信じてないの。ゲームで遊ぶ子供はゲームと現実を混同してる! とか言い出すヒトは、うん、なに考えてんのか分かんない」
一緒にするわけないよねぇ、とのんびりした口調で華は言う。
「リセットボタン押したって生き返らないことくらい分かってる。やり直しがきかないことだって分かってるーーだから」
華は続ける。桜澤は混乱したまま、華を睨みつけている。
「だから、人生なんだよね? 生きてるんだよね」
「……当たり前じゃない」
「だよね? でも、あなたは例外」
華は悲しそうに桜澤を見た。
「ねえ、ここ、現実だよ? ゲームじゃないの。傷ついたひとたちはキャラクターじゃなくて実在するの」
「……は」
「分からないなら、……ほんとにあなたは」
華の憐憫に満ちた目。
僕は呆れる。まぁなんて残酷なことをするんだろ。うーん、惚れ直しちゃうねこんなの。
「あなたは、ただのゲーム脳」
「……っ、なにが!」
桜澤は激昂するけど、華は涼しい顔をしてた。
「分からないなら、あなたはずっと1人。これからも、今までもーー1人で生きていくの?」
「ば、ばかにして、設楽華、悪役令嬢のくせに」
華はきょとんとしたあと、笑う。
花のように美しく。
空のように快活に。
「あは、だから私」
設楽じゃないんだって。
そう言って華は僕のとこまで戻ってくる。そうして手を繋いで。
桜澤はただ華を睨んでいる。時々、鯉みたいに口をパクパクさせてるけど。
どうしたんだろう、酸欠なのかな。
「桜澤青花さん」
唐突な大人の声に、桜澤はびくりと肩を震わせた。
そこには数人の大人。スーツ姿の男女。
「神奈川県警です」
身分証を提示して、ひとりがキツイ目つきのまま淡々と告げる。
「傷害、自殺教唆、強要……共同正犯となりますが、それからそのほか諸々について」
桜澤の目が泳ぐ。
「お話を伺わせていただきます」
「……や、あたし、ほんとに、何も」
群衆は無言だ。
桜澤の取り巻きさえも、無言。
「……青ちゃん」
ふ、と少年の声。
僕のオトモダチの声。……多分、桜澤がギリギリまで信じてるヒト。
「……涼くん?」
桜澤の、呆然とした声。
「なぁ、青ちゃん。いっかい、清算しよう」
"涼くん"は泣きそうな顔をしている。
世界中で彼だけがーー青花を愛していた。きっと、唯一、大事にしていた。
だからこそ、彼は桜澤に目を覚まして欲しかった。
だからこそ、彼はホルマリン漬けを彼女の家の前に置いたし悪戯電話をしたし彼女の悪行をノートに書き連ねた。
(覚ますような頭があればね)
青花は悟る。見る見るうちに、その表情が憤怒で染まって。
「……やっぱりアンタも敵だった」
「ちがう、青ちゃん、違っ」
「どいつもこいつも!」
青花の顔はぐちゃぐちゃだ。
涙と怒りと苛つきと絶望。
世界中で自分はたったひとり。
(ひとりでいるのは辛いよね)
僕は思う。
だって僕もそうだったから。
ひとりで、生きていたから。……ま、千晶はいたけどね。
青花は引きずられるように、その場を立ち去る。何度も何度も、振り向いて"涼くん"を睨みつけて。
「……寒くない?」
華は、気づけばアリサに話しかけてる。あれ?
「うん、大丈夫」
「声少し掠れてる?」
「まだあまり無理できないから」
答えたのは小野くんで、うん、あれ?
「君たち知り合い?」
「ふふ」
華は笑う。
「私が守られてるだけのお姫様だと思ったら大間違いですよ」
まったくこのクソガキ、って目で華は僕を見た。僕のだいすきな目。
「……へぇん」
「でも」
華は笑う。
「守ってくれて、ありがとうございました」
私の勇士さん、と華は言う。
ボロコーヴな僕は、ただ彼女の手を取った。
風が吹いて、桜がぶわりと舞う。
眩しそうに、華は目を細めた。
むかしむかし、ある森にはジャバウォックという怪物が棲んでいました。
赤い目に鋭い牙。
ぼろぼろの見窄らしい鳥、ボロコーヴは毎日それに怯えていたのです。
ボロコーヴは世界でたったひとり、ジャバウォックに対峙しながら、ずうっと誰かが来てくれるのを、待っていました。
口では嫌味を、冷笑を浮かべながら、でもずうっと待っていたのです。
ある日森に、勇士が現れました。剣を持った勇ましい勇士。
それは可愛い女の子でした。
『ひとりで戦っていたのですか?』
女の子は言いました。
『あなたは見窄らしい鳥なんかじゃありませんよ』
ボロコーヴはそれでもボロコーヴであり続けましたが、その言葉は大いに彼を勇気付けました。
そうして、勇士とボロコーヴはふたり、ジャバウォックを倒したのです。
それから勇士とボロコーヴは、森で幸せに暮らしました。
末長く、幸せに、暮らしましたとさ。
ーー物語は、続いていく。
めでたしめでたしの、そのあとも。
0
お気に入りに追加
3,084
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
転生悪役令嬢の前途多難な没落計画
一花八華
恋愛
斬首、幽閉、没落endの悪役令嬢に転生しましたわ。
私、ヴィクトリア・アクヤック。金髪ドリルの碧眼美少女ですの。
攻略対象とヒロインには、関わりませんわ。恋愛でも逆ハーでもお好きになさって?
私は、執事攻略に勤しみますわ!!
っといいつつもなんだかんだでガッツリ攻略対象とヒロインに囲まれ、持ち前の暴走と妄想と、斜め上を行き過ぎるネジ曲がった思考回路で突き進む猪突猛進型ドリル系主人公の(読者様からの)突っ込み待ち(ラブ)コメディです。
※全話に挿絵が入る予定です。作者絵が苦手な方は、ご注意ください。ファンアートいただけると、泣いて喜びます。掲載させて下さい。お願いします。
家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。
その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。
そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。
なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。
私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。
しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。
それなのに、私の扱いだけはまったく違う。
どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。
当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。
未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~
キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。
その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。
絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。
今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。
それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!?
※カクヨムにも掲載中の作品です。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる