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【高校編】分岐・鍋島真

【side真】物語

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 ぺしりと頭を叩かれた。

「痛いな」
「痛くないでしょう、……全く」

 華は目を細めて、すっと顔を上げた。そうして、つかつかと桜澤のところまで歩いて行く。

「あのさ桜澤さん」
「な、なによ」

 ぷるぷる震える尿路結石。

「ゲーム脳ってあるじゃん」
「……は?」
「私、ああいうのは信じてないの。ゲームで遊ぶ子供はゲームと現実を混同してる! とか言い出すヒトは、うん、なに考えてんのか分かんない」

 一緒にするわけないよねぇ、とのんびりした口調で華は言う。

「リセットボタン押したって生き返らないことくらい分かってる。やり直しがきかないことだって分かってるーーだから」

 華は続ける。桜澤は混乱したまま、華を睨みつけている。

「だから、人生なんだよね? 生きてるんだよね」
「……当たり前じゃない」
「だよね? でも、あなたは例外」

 華は悲しそうに桜澤を見た。

「ねえ、ここ、現実だよ? ゲームじゃないの。傷ついたひとたちはキャラクターじゃなくて実在するの」
「……は」
「分からないなら、……ほんとにあなたは」

 華の憐憫に満ちた目。
 僕は呆れる。まぁなんて残酷なことをするんだろ。うーん、惚れ直しちゃうねこんなの。

「あなたは、ただのゲーム脳」
「……っ、なにが!」

 桜澤は激昂するけど、華は涼しい顔をしてた。

「分からないなら、あなたはずっと1人。これからも、今までもーー1人で生きていくの?」
「ば、ばかにして、設楽華、悪役令嬢のくせに」

 華はきょとんとしたあと、笑う。
 花のように美しく。
 空のように快活に。

「あは、だから私」

 設楽じゃないんだって。
 そう言って華は僕のとこまで戻ってくる。そうして手を繋いで。
 桜澤はただ華を睨んでいる。時々、鯉みたいに口をパクパクさせてるけど。
 どうしたんだろう、酸欠なのかな。

「桜澤青花さん」

 唐突な大人の声に、桜澤はびくりと肩を震わせた。
 そこには数人の大人。スーツ姿の男女。

「神奈川県警です」

 身分証を提示して、ひとりがキツイ目つきのまま淡々と告げる。

「傷害、自殺教唆、強要……共同正犯となりますが、それからそのほか諸々について」

 桜澤の目が泳ぐ。

「お話を伺わせていただきます」
「……や、あたし、ほんとに、何も」

 群衆は無言だ。
 桜澤の取り巻きさえも、無言。

「……青ちゃん」

 ふ、と少年の声。
 僕のオトモダチの声。……多分、桜澤がギリギリまで信じてるヒト。

「……涼くん?」

 桜澤の、呆然とした声。

「なぁ、青ちゃん。いっかい、清算しよう」

 "涼くん"は泣きそうな顔をしている。
 世界中で彼だけがーー青花を愛していた。きっと、唯一、大事にしていた。
 だからこそ、彼は桜澤に目を覚まして欲しかった。
 だからこそ、彼はホルマリン漬けを彼女の家の前に置いたし悪戯電話をしたし彼女の悪行をノートに書き連ねた。

(覚ますような頭があればね)

 青花は悟る。見る見るうちに、その表情が憤怒で染まって。

「……やっぱりアンタも敵だった」
「ちがう、青ちゃん、違っ」
「どいつもこいつも!」

 青花の顔はぐちゃぐちゃだ。
 涙と怒りと苛つきと絶望。
 世界中で自分はたったひとり。

(ひとりでいるのは辛いよね)

 僕は思う。
 だって僕もそうだったから。
 ひとりで、生きていたから。……ま、千晶はいたけどね。
 青花は引きずられるように、その場を立ち去る。何度も何度も、振り向いて"涼くん"を睨みつけて。

「……寒くない?」

 華は、気づけばアリサに話しかけてる。あれ?

「うん、大丈夫」
「声少し掠れてる?」
「まだあまり無理できないから」

 答えたのは小野くんで、うん、あれ?

「君たち知り合い?」
「ふふ」

 華は笑う。

「私が守られてるだけのお姫様だと思ったら大間違いですよ」

 まったくこのクソガキ、って目で華は僕を見た。僕のだいすきな目。

「……へぇん」
「でも」

 華は笑う。

「守ってくれて、ありがとうございました」

 私の勇士さん、と華は言う。
 ボロコーヴな僕は、ただ彼女の手を取った。
 風が吹いて、桜がぶわりと舞う。
 眩しそうに、華は目を細めた。



 むかしむかし、ある森にはジャバウォックという怪物が棲んでいました。
 赤い目に鋭い牙。
 ぼろぼろの見窄らしい鳥、ボロコーヴは毎日それに怯えていたのです。
 ボロコーヴは世界でたったひとり、ジャバウォックに対峙しながら、ずうっと誰かが来てくれるのを、待っていました。
 口では嫌味を、冷笑を浮かべながら、でもずうっと待っていたのです。
 ある日森に、勇士が現れました。剣を持った勇ましい勇士。
 それは可愛い女の子でした。

『ひとりで戦っていたのですか?』

 女の子は言いました。

『あなたは見窄らしい鳥ボロコーヴなんかじゃありませんよ』

 ボロコーヴはそれでもボロコーヴであり続けましたが、その言葉は大いに彼を勇気付けました。
 そうして、勇士とボロコーヴはふたり、ジャバウォックを倒したのです。
 それから勇士とボロコーヴは、森で幸せに暮らしました。
 末長く、幸せに、暮らしましたとさ。

 ーー物語は、続いていく。
 めでたしめでたしの、そのあとも。
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