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【高校編】分岐・相良仁

【番外編】春の日

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 朝、自宅で目が覚めて、昨日の朝まで横に寝ていたはずの華がいないのは、ものすごく変な気分になる。
 ぽかりと空いた、ひとりぶんの空間。
 起き上がって、ほんの少しぼーっとしたあと、俺はルーティンみたいに動く。
 コーヒー淹れて、トースト食べて、時計をちらりと。

「……よし」

 このぶんなら、多分着いた頃にはちょうどいいはずだ。
 「彼女」は起きているだろうか。
 そう考えながら、そこへ向かってーー。


「おっはよおおおおおあああ可愛いいいいいいっパパですよおおおおおお」
「ヤメてうるさいヤメてマジでうるさい起きちゃうじゃん」

 自宅から割と近い、産婦人科の一室。
 その個室で、ベッドに寝たままの華が眉を寄せる。

「ていうか汚い、頬擦りしないでマジで」
「き、汚い」

 子供を産んだばかりの華は、少しピリピリしてる。やばいやばいテンション上げすぎた。

「ごめん」
「……や、ごめん。ちょっと疲れてる」
「当たり前だって」

 俺は昨日の夕方に産まれたばかりの娘をベビーコットに寝かせて(とってもふにゃふにゃだ!)華のベッドの隅に座る。
 華は「んー」と少し眠そう。

「寝てないのか?」
「寝たけど、色々無理。まだ熱あるし」
「だろうなぁ……」

 立ち会ったけど、なんていうか、壮絶だった。あれで安産なんだから、出産ってすげえ。

「寝てな、俺見てるから」
「んー……」
「名前考えとく」
「うん」

 ふわふわしてる華の頭を、そうっと撫でた。気待ち良さそうに、華は目を細める。
 子供産んで、身体めちゃくちゃで、熱まで出て。その状態で子育てスタートすんだから、生き物ってキツイよな。
 すやすや眠る華と、その横のコットの中でやっぱり眠ってる娘を見てると、まぁそっくりだなぁと驚く。

「……俺的部分はないの?」

 コットを覗き込むと、唐突に彼女は目を開く。ぱちり。

「ひゃあ可愛い」

 華を起こさないように、小声で褒めた。可愛いぞ娘。
 そうっと抱き上げて、ソファに座る。
 まじまじと眺めて、……その目の色が俺と同じことに気がつく。
 ほんの少しだけ、茶色とも違う、なんだか明るいその目の色。昨日は気がつかなかったなぁ。

「ここが似ましたかぁ」

 そっと頬をつつく。迷惑そうな顔をされたような気がするけれど、可愛いからなんでもいい。
 彼女は急に顔をくしゃっとさせる。

「え、なになに!?」

 慌てて見てると、「へう!」とクシャミをした。ぎゃあ可愛い! なにそのクシャミ!
 俺の悶絶など気にすることなく、彼女はクシャミをして満足したのか、またウトウトし始める。

「おやすみ」

 小声でそう告げて、ふと窓の外を見る。満開の桜。
 来年の今頃は、この子、もしかして歩いてたりするんだろうか? そりゃ、よちよち歩きなんだろうけれど。
 ……こんなふにゃふにゃの赤ちゃんが。
 ちらちら散る桜の下、俺と華とこの子の三人で散歩とかしちゃってたりするの?
 ちっさい手を、きゅっと繋いで。

(……華より大事かな?)

 華は「私より大事になるかも」とか言ってたけど、そんなことはない。

「……二倍になっただけだな」

 大事なものが、単に増えただけ。

「ねー、じーん」

 眠っていたはずの華の、眠そうな声。

「しあわせ?」

 今にも眠りに蕩けそうな声で、華は続ける。

「私は、とても幸せだったりするんだけど」

 そのまま、華はむにゃむにゃ眠る。
 俺は黙って、勝手に出てくる涙が娘に当たんないように、上を向いた。

「うー」

 バカ華。

「幸せすぎて死ぬわこんなん」

 部屋の中はとても静かで、時折別の部屋から赤ん坊の泣き声がしてて、窓の外は晴天で、満開の桜がとても眩しい。
 世界一大事な妻は幸せそうに眠ってて、世界一大事な娘は俺の腕の中でなんだか難しげな顔で眠ってて、俺はひとりで泣いている。

(あとで揶揄われるからなぁ)

 涙で滲む視界。

(……なんとか目、腫れませんように)

 世界中の幸せを煮詰めたようなこの部屋で、俺はただそんなことを祈っている。
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