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【高校編】分岐・黒田健
クリスマスの夜【side健/青花/健父】
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【side健】
ぼろぼろ、とその土壁が崩れて俺はまた小さく舌打ちをする。
(上りようがねえか)
天井付近にあるあの穴を崩せば出られんじゃねーかな、なんて思ったけれど。
「……つか、どこだココ」
あたりを見回す。
ぼんやりと、月明かりの中に浮かぶのは……
「地下牢?」
そんな、ゲームとか漫画みたいな感想しか出てこなかった。
古ぼけた、というよりはもはや腐りかけてる畳。三方は土塀、正面は木の格子。
「はっ」
乾いた笑いが出た。んな時代モン、どこで見つけてきたんだあのオンナ。
がん! と格子を思い切り蹴ってみる。ぎい、とそれはかしいたが、案外と丈夫そうだった。
「スマホもねーしなぁ」
となると、突破口はマジでここしかねぇ、のか……?
もう一度、蹴りつける。ぎぎ、とその格子はまた少し傾いで。
(根本が腐ってんのか?)
なら、と俺は呼吸をひとつ。
「……なんとかなるか」
つうか、するしかねぇ。
設楽泣かせる訳には絶対いかねーし、桜澤のドヤ顔も見たくねーし。
俺はもう一度、右足で格子を蹴り付けた。
【side青花】
白井の車の中で、あたしは笑う。くすくすと笑う。笑いが止まらない。
「あっは、あは、そうだ観察日記をつけよおっと」
くふくふと笑いながら、あたしは言う。
「弱っていくの。水も食べ物もなくて、排泄物の匂いもするだろうね? お腹すいて、飢えて飢えて、入ってきた虫とか食べるかな? あは!」
「食べるかもねぇ」
白井はうっとりと答えた。自分もそうして欲しいみたいな、羨ましそうな口調。
「格子はあのままで良かったの? 青ちゃん」
「うん。あえてだよ。あえてーー。希望があった方が、絶望感って大きくない?」
あたしは髪をいじる。窓の外、過ぎていく夜の山の景色。ふふ。
「でも、よく見つけたね、あんな座敷牢」
「むかしむかしの旧家のものみたいだよ」
白井は答えた。
何十年も前に、精神的な病気の人を閉じ込めていた事件があったらしい、そんな山荘。
「類似事件の捜査の時に、たまたま資料室でみかけて。まだ建ってるとは噂で聞いてたからね」
私有地のために、人の出入りも全くないそうだ。
持ち主さえ分からなくなった、そんな鎌倉の山奥の、小さな山荘。
「廃墟マニアとかに見つからない限り大丈夫かな……ところで、希望って?」
「あは、希望」
あたしは笑いが止まらない。
「あの根本が腐った格子を壊せたところで、出口はないじゃない」
あの先にあるのは、階段。
その先には鉄製の扉。
外側から、鎖で厳重に鍵をかけていた。
「ああ楽しみ。観察日記はどんなのにしようかな?」
定番の絵日記風が一番なのかしら。
あたしはそんなことを考えながら、再びケタケタと笑った。
夜の暗闇だけが、過ぎ去っていく。
【side健父】
健が帰ってこない。
「さすがにこの時間は」
深夜0時を過ぎて、空手有段者でガタイが良い高校生の息子でも、いくらなんでも心配になる。
(華さんが一緒なら、そうでもないけれど)
まぁどっかでイチャついてんのかなー、とか……でも、華さんは俺の目の前で憔悴しきって、妻にすがりついている。
「ご、ごめんなさい、お母さんの方が、心配だろうに、ごめんなさい」
ふるふると小さく震えて、涙を浮かべる華さんに、妻は微笑んで見せる。
「大丈夫よ、あの子のことだから無事に帰ってくるわ」
そう気丈に告げる妻の顔色も、さすがに悪い。
(嫌な予感がする)
ふ、と息を吐き出す。
考えられるのは事故。ただ、今のところその報はない。仕事先にも連絡して、なにか高校生が関わった事件事故についてはすぐ知らせてもらう手配はしている。
「……まさか」
俺のつぶやきに、ふたりが反応する。
「何か知っているの?」
妻の言葉と、華さんのすがるような目線に、俺は観念して、事件について話す。
色と犯行の関連性。
健が疑ってた「桜澤青花」。
「わ、私のせいだ」
華さんが震えた。
「私のせいで、黒田くん巻き込まれちゃった」
細く小さく呟いて、華さんは両手で顔を覆う。そのまま泣き出すか、と思いきや、ぱっと彼女は顔を上げた。
「……必ず、お二人のところに黒田くんをお返しします」
「華さん?」
「絶対に」
ぱん、と自分の両頬をはたく。
「無事に、帰ってきてもらいます」
強い目だった。
(なるほど)
俺は少し納得した。見た目にはおそらく拘らないであろう健が、この子にベタ惚れの、その理由。
華さんはスマホを開いて、「黒」の地名を探す。
「どこだろう……」
「華さん」
俺はつい、声をかけた。
「黒のつく地名なんて、それこそ幾らでも……と」
言いながら気がつく。
犯行は複数箇所でも、被害者は必ず「その生活圏内」で殺されていた。
「だとすれば、鎌倉から横浜」
同時並行的に、犯人について考える。桜澤が主犯だとして、だとすれば共犯がいるはずだ。
桜澤のアリバイを証明する共犯者。
(……待てよ)
最初に桜澤のアリバイを証明したのは誰だ?
新横浜の事件の時。
あの時ーー「たまたま」午前休だったあいつ。
そのあと、桜澤の顔を知ってるという理由で、その監視にもつかせた。
「……俺のミスだ」
立ち上がる。
だとすれば、白井がしってる黒のつく場所、健がまだ生きてるとすれば。
数ヶ月前、俺の班が捜査に関わった監禁事件。
その類似事件で、俺たちは資料を見なかったか。その資料は誰が見つけてきた?
歩き出す俺に、華さんもついて来る。
「華さんは、家に」
確か、暗い屋外がダメなはずだ。
それこそ、発作を起こすほどだと聞いている。けれど華さんは首を振る。
「私も一緒に」
ぐっと唇をかみしめて。
「黒田くん、絶対に助けます」
ぼろぼろ、とその土壁が崩れて俺はまた小さく舌打ちをする。
(上りようがねえか)
天井付近にあるあの穴を崩せば出られんじゃねーかな、なんて思ったけれど。
「……つか、どこだココ」
あたりを見回す。
ぼんやりと、月明かりの中に浮かぶのは……
「地下牢?」
そんな、ゲームとか漫画みたいな感想しか出てこなかった。
古ぼけた、というよりはもはや腐りかけてる畳。三方は土塀、正面は木の格子。
「はっ」
乾いた笑いが出た。んな時代モン、どこで見つけてきたんだあのオンナ。
がん! と格子を思い切り蹴ってみる。ぎい、とそれはかしいたが、案外と丈夫そうだった。
「スマホもねーしなぁ」
となると、突破口はマジでここしかねぇ、のか……?
もう一度、蹴りつける。ぎぎ、とその格子はまた少し傾いで。
(根本が腐ってんのか?)
なら、と俺は呼吸をひとつ。
「……なんとかなるか」
つうか、するしかねぇ。
設楽泣かせる訳には絶対いかねーし、桜澤のドヤ顔も見たくねーし。
俺はもう一度、右足で格子を蹴り付けた。
【side青花】
白井の車の中で、あたしは笑う。くすくすと笑う。笑いが止まらない。
「あっは、あは、そうだ観察日記をつけよおっと」
くふくふと笑いながら、あたしは言う。
「弱っていくの。水も食べ物もなくて、排泄物の匂いもするだろうね? お腹すいて、飢えて飢えて、入ってきた虫とか食べるかな? あは!」
「食べるかもねぇ」
白井はうっとりと答えた。自分もそうして欲しいみたいな、羨ましそうな口調。
「格子はあのままで良かったの? 青ちゃん」
「うん。あえてだよ。あえてーー。希望があった方が、絶望感って大きくない?」
あたしは髪をいじる。窓の外、過ぎていく夜の山の景色。ふふ。
「でも、よく見つけたね、あんな座敷牢」
「むかしむかしの旧家のものみたいだよ」
白井は答えた。
何十年も前に、精神的な病気の人を閉じ込めていた事件があったらしい、そんな山荘。
「類似事件の捜査の時に、たまたま資料室でみかけて。まだ建ってるとは噂で聞いてたからね」
私有地のために、人の出入りも全くないそうだ。
持ち主さえ分からなくなった、そんな鎌倉の山奥の、小さな山荘。
「廃墟マニアとかに見つからない限り大丈夫かな……ところで、希望って?」
「あは、希望」
あたしは笑いが止まらない。
「あの根本が腐った格子を壊せたところで、出口はないじゃない」
あの先にあるのは、階段。
その先には鉄製の扉。
外側から、鎖で厳重に鍵をかけていた。
「ああ楽しみ。観察日記はどんなのにしようかな?」
定番の絵日記風が一番なのかしら。
あたしはそんなことを考えながら、再びケタケタと笑った。
夜の暗闇だけが、過ぎ去っていく。
【side健父】
健が帰ってこない。
「さすがにこの時間は」
深夜0時を過ぎて、空手有段者でガタイが良い高校生の息子でも、いくらなんでも心配になる。
(華さんが一緒なら、そうでもないけれど)
まぁどっかでイチャついてんのかなー、とか……でも、華さんは俺の目の前で憔悴しきって、妻にすがりついている。
「ご、ごめんなさい、お母さんの方が、心配だろうに、ごめんなさい」
ふるふると小さく震えて、涙を浮かべる華さんに、妻は微笑んで見せる。
「大丈夫よ、あの子のことだから無事に帰ってくるわ」
そう気丈に告げる妻の顔色も、さすがに悪い。
(嫌な予感がする)
ふ、と息を吐き出す。
考えられるのは事故。ただ、今のところその報はない。仕事先にも連絡して、なにか高校生が関わった事件事故についてはすぐ知らせてもらう手配はしている。
「……まさか」
俺のつぶやきに、ふたりが反応する。
「何か知っているの?」
妻の言葉と、華さんのすがるような目線に、俺は観念して、事件について話す。
色と犯行の関連性。
健が疑ってた「桜澤青花」。
「わ、私のせいだ」
華さんが震えた。
「私のせいで、黒田くん巻き込まれちゃった」
細く小さく呟いて、華さんは両手で顔を覆う。そのまま泣き出すか、と思いきや、ぱっと彼女は顔を上げた。
「……必ず、お二人のところに黒田くんをお返しします」
「華さん?」
「絶対に」
ぱん、と自分の両頬をはたく。
「無事に、帰ってきてもらいます」
強い目だった。
(なるほど)
俺は少し納得した。見た目にはおそらく拘らないであろう健が、この子にベタ惚れの、その理由。
華さんはスマホを開いて、「黒」の地名を探す。
「どこだろう……」
「華さん」
俺はつい、声をかけた。
「黒のつく地名なんて、それこそ幾らでも……と」
言いながら気がつく。
犯行は複数箇所でも、被害者は必ず「その生活圏内」で殺されていた。
「だとすれば、鎌倉から横浜」
同時並行的に、犯人について考える。桜澤が主犯だとして、だとすれば共犯がいるはずだ。
桜澤のアリバイを証明する共犯者。
(……待てよ)
最初に桜澤のアリバイを証明したのは誰だ?
新横浜の事件の時。
あの時ーー「たまたま」午前休だったあいつ。
そのあと、桜澤の顔を知ってるという理由で、その監視にもつかせた。
「……俺のミスだ」
立ち上がる。
だとすれば、白井がしってる黒のつく場所、健がまだ生きてるとすれば。
数ヶ月前、俺の班が捜査に関わった監禁事件。
その類似事件で、俺たちは資料を見なかったか。その資料は誰が見つけてきた?
歩き出す俺に、華さんもついて来る。
「華さんは、家に」
確か、暗い屋外がダメなはずだ。
それこそ、発作を起こすほどだと聞いている。けれど華さんは首を振る。
「私も一緒に」
ぐっと唇をかみしめて。
「黒田くん、絶対に助けます」
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