上 下
345 / 702
【高校編】分岐・鍋島真

断罪の日

しおりを挟む
(え、これってもしかして断罪シーン?)

 桜舞う庭園(たかが一介の私立高校に、こんな大層な庭園が必要かどうかは、はなはだ疑問ではあるが)で、私は右手にお弁当の包み、左手に赤い水玉の水筒を持って立ち尽くしていた。

(ちょっとお弁当を、お花見しながら食べようと思っただけなのに)

 大村さんと、プチお花見しようって。
 なのに、まさかこんな事態になるなんて……

(高校三年生の春に、悪役令嬢は断罪されて、退学の上に家も勘当されちゃうってこと覚えてたはずなのに)

 桜が満開になり、浮かれてお弁当片手に庭園まで来てみれば、このザマだ。

(うう、しまった)

 前世の記憶が戻って約7年。
 まさかの悪役令嬢に転生してしまった私は、それなりに努力して、自分にとって最悪のエンディングから逃れようとしてきた。

(それなのに、最後の最後でっ……)

 アホか。バカなのか私は。

(必ずどっか抜けてるのよね、私は)

 自分を責めつつ、目の前に広がる光景をただ眺める。
 一面桜色の庭園、そこに立つ五人の存在。そしてなぜかいる、たくさんのギャラリー、というか、生徒たち。

「ふう」

 私は小さく、息を吐いた。
 ただでさえ大して覚えていなかった、薄れゆく乙女ゲームの記憶。
しかし、このシーンはよく覚えている。
 悪役令嬢と、そして彼女と対峙する5人の人間。
 ひとりは、もちろんヒロイン。柳眉を悲しげにひそめ、子犬のような瞳にはうるうると涙をためて。
 そんな彼女を慰めるように、肩に手を置いているのは私の許嫁、のはずの少年だ。……もう婚約、解消してはいるけれど。

(あれー? 樹くん?)

 軽く首を傾げた。

(私たち、結構仲良くやってたじゃない)

 それなりに……"一般的な恋愛関係"とは違うにしたって、少なくとも"友情"は育まれていたーー「特別なお友達」ではあった、はずだったのに。
 シナリオ通りならば、この後彼はこう言うはずだ。「ゲーム」であれば、こんな風な台詞を。

 "華、そろそろ終わりにしよう"と。

 そして、その隣に立つ金髪の少年がこう言うのだ、"いい加減嫌がらせするん止めて青花に謝れや"と。

 一歩後ろに立つ、翠の瞳の少年はこう続ける。"姉さん、僕はあなたと暮らしてきて、何とか良いところを見つけようとしてきたけれど……無理でした。本当にあなたは最低の人間だ"

 その横にいる白衣の男は、一呼吸置いた後に"君がしてきた数々の悪事は、すでに学園長に報告してあります"と静かに告げる、はずで。

 そして戸惑うヒロインを庇うように、許嫁の少年がこう言うのだ。

 "設楽華、お前は今日限りで退学処分とする!"

(いやいやいや、お前単なる生徒会長なだけやんけ、そんな権限ないっつーの)

 首をブンブン振り、"ゲームの回想"から現実に戻る。でも、状況は似てる?
 私は一人で立っていて、桜舞う数メートル先には、例の五人が。
 ……なんで揃ってんだろ。トージ先生は、確かヒロインたる青花の担任ではあるけれど。

(まぁ、ゲーム内の華は、お弁当なんか持ってなかったと思うけど)

 悪役令嬢がお弁当包み片手に断罪じゃ締まらないわよねぇ、とちょっと思う。
 ……思うが仕方ない。持ってきちゃったのだ。
 ギャラリーのように集まっていた生徒たちの、静かなさざめきの中から、様々な会話が聞こえて来る。

「女王陛下、どうしたの」
「さあ? あ、あれ生徒会長じゃん」

 ちなみに女王陛下とは、私のあだ名だ。原作ゲームでもそう呼ばれていた。ゲームでの私は、学園長が親戚だというのを盾にやりたい放題した、ワガママお嬢様だったから。
 そして、気づいたら私もまた、そう呼ばれるようになっていた。なぜだろう……。
 てか、マジで呼ばれてたとは!

(むしろ、私ってゲームの悪役令嬢とは正反対のハズじゃない!?)

 校則どころか法律なんてなんのその、アタクシが法律よ! な原作の私と違い、今や私は品行方正、校則遵守の風紀委員長、風紀の鬼と呼ばれるまでになったのに……。
 その上、時代に合わないような校則や慣習は自ら先頭きって改革してきたし、むしろ少しくらい感謝してくれてもいいじゃないの……。なぜに女王陛下呼ばわりよ。
 いや、確かに風紀には厳しいけど。キツイ言い方とかもしちゃうかもしれないけど。

(やっぱり、悪役令嬢は破滅する運命なの?)

 ふとヒロインに目をやると、苦しげに顔を覆ったはずの手の隙間から、ハッキリと笑った口端が見えた。

(……はぁ?)

 その瞬間、何かがプツリと切れた。

(こ、こっちはずっとアンタからの謎の嫌がらせに耐えてきたのよ!? 私に階段から突き落とされただの、教科書破かれただのと嘘を並べて噂にして! どれだけ肩身が狭い思いをしたかっ……)

 警察署に連行までされたのだ。
 何やら大騒ぎになって、……しかしあのヒトどうなったんだろ?
 真さんは「僕がアレしといたからねー」とニコニコしていたけれど……ねぇアレってなぁに? なにしたんですか?
 まあ、それを差し引いたとしても。

(さすがにあの傷はまだ癒えてないわよっ)

 ブタ箱である。留置場にまで入れられたのである。クサイ飯なのである。美味しかったけど。
 別にさあ。怖くなんか、なかったけれど。
 真さん来るって、分かってたし。

(ふふ、)

 思い出して、笑ってしまう。
 怖かったし、嫌な思い出なんだけれどーーでもやっぱり、あの時の真さん。「助けに来たぞ!」って顔をしてた。

(私のヒーロー)

 教えてなんか、やらないけれどね。
 さて、と、私はお弁当袋をぎゅっと握りしめ、つかつかとヒロインの方へ歩みを進めた。
 なんだかふつふつ、とムカついてきたのです。
 なんか知らないけれど、青花。ドヤ顔してるんだもん!

(知らない知らない知らない、知るもんか、退学でも勘当でも好きにしたらいいっ)

 私は唇を噛みしめる。
 勘当されたって、別に大したことない。イギリス行きが早まるだけ。
 ……あの敦子さんが、私を勘当なんかするとは思えないけれどね。真さんいわく「溺愛」らしいです。
 面映いというか、なんというかーーうん。
 よし、と私は決める。

(平手だ。一発だけ、ぱしーんと殴ってやる)

 そうしたら、何もしないままで終わるよりは、きっとスッキリするから。
 そう、皆が私を「女王陛下」とよぶのならば、すなわち、ここは私の学園。私は女王なのだから、弱い姿など見せられない。
 私は私の矜持にかけて、ヒロインに、そしてこのギャラリーたちに、強い私を見せつけて、そして去ってやる。

(立つ鳥、跡を濁してやるわよ、もうどろっどろに)

 どーせ7月には辞めちゃうのだ、この学校。今更噂なんかどうだっていいし。
 そう決めて、私は改めてヒロインを睨みつけた。

(負けるもんですか)

 私は、負けないと決めたのだ。
 7年前の、あの日から。

(運命になんて負けてたまるか)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。

霜月零
恋愛
 私は、ある日思い出した。  ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。 「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」  その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。  思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。  だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!  略奪愛ダメ絶対。  そんなことをしたら国が滅ぶのよ。  バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。  悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。 ※他サイト様にも掲載中です。

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

処理中です...