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【高校編】分岐・相良仁

【番外編】黒い羊

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 夏の英国、ストラットフォードは割と過ごしやすい。そこまで暑くないし、日本みたいた湿気もない。
 キラキラ光るエイボン川には白鳥。
 少し郊外へ行けば、なだらかな丘陵が続き、その牧草地には羊が放牧され好き勝手に草を食べている。

「……」

 仲間外れにされてる俺は、ただぼんやりとその羊がたちを眺めていた。
 親父の持ってる別荘。
 その庭(というか牧草地)に置かれたテーブルと椅子で、俺はぼんやりとどこまでも広がる緑と、空の青を眺めていた。

「ごめんねジーン、お馬さん二頭しかいないんだ!」

 そう言って、華と親父、ふたりで馬で散策に行ってしまってから小一時間。
 目の前のティーカップにはすっかり冷めた紅茶。ま
 やがて、楽しげな笑い声とともに、二頭の馬が帰ってくる。
 馬上には、それぞれ華と親父。

「綺麗でしたね~、あの川」
「でしょう? ハナに見せたくてえへへへへ」

 鼻の下伸ばしてんじゃねーぞクソオヤジ。
 馬から降りた華が、ご機嫌な足取りで俺の元までかけてくる。

「ただいまっ」
「おかえり」

 うきうきと楽しげな様子の華を見て、俺は少し安心する。
 このところ、華は塞ぎ込んでいたから。

「じゃ、ボクは少し部屋にいるからネ!」

 怪しげな日本語でそう言って、親父は馬に乗ったまま去っていく。
 華はそれに向かって快活に手を振っていて。

(表面的には元気だけれど)

 どうにも、自分のせいだってどっかで思ってんのかもしんねーな、と思う。
 俺と華、……なかなか子供ができない。

(どう考えても、俺のせいだと思うけど)

 肉体的にはまだピチピチ(古い?)な華と、すっかりアラフォーな俺と。
 性欲と子供を作る能力はまた別問題だ、ということを身をもって学んだ。

「……あ、可愛い」

 華の目線の先には、黒い羊の親子。

「いいなぁ、赤ちゃんいて」

 ぐっと言葉に詰まる。

「あのさ、華」
「? なぁに」
「多分、俺のせいだと思うから」

 華はきょとんとしたあと、ハッとしたように首を振る。

「や、違うの、そんなつもりじゃ」
「いや……一回さ、検査受けるよ俺」
「仁」

 華はそう俺を呼んだ後、困ったような顔をした。

「……違うの」
「華?」
「私、自分が情けなくて」

 目を細めて、羊の親子を華は見つめる。

「私は、私はね。仁からいっぱい貰ったの。いまも、……前世でも」
「……なにを?」
「愛情? 幸せ? うん、そんなん」

 華は少し照れたように、でも眉を下げたまま笑う。

「なのに、何も返せてない。せめて子供産んで、仁に少しでも幸せを返せたら良いのにって」
「ばか」

 ぎゅう、と抱きしめる。

「俺はさ、お前がいたらそれでいいんだよ」
「……でもさ、それ世界狭くなってない? 子供できたら、私より大切って思うかも」
「有り得ない」
「そうかなぁ」

 華をひょいと抱き上げて、膝に乗っけてとにかくぎゅうぎゅうする。

「幸せなんかめちゃくちゃ感じてる。毎日お前がいて、……生きてる」

 俺は華の頬に頬を寄せる。

「他に何もいらない」
「……ん」

 目を細めた華の唇に、そっとキスを落として。
 目が合う。
 やっと、華が笑った。ヨシヨシ。俺は華が笑ってるのと幸せなのが人生の優先事項なので、とにかく華のためならなんでもするし、したいのだ。

「まあでも、子供いたら更に楽しいような気がするよ」

 華は少し頷く。

「……仁が検査受けるなら、私も受ける」
「無理すんなよ」
「うん」

 華は首を傾げた。

「少し前から生理不順だし」
「ストレスとか言ってたな」

 卒論だのなんだの、で。

「そうなんだよね……と」

 華の視線の先には、この別荘で雇ってるハウスキーパー。
 ハウスキーパーっていうか、なんでもこなす。炊事洗濯なんでもアリなおばちゃんだ。

『あら仲のよろしいこと』
『こんにちはメアリさん。それなぁに』
『手作りプリンですよ』

 彼女は俺たちの前のテーブルにそれをおいて、お茶のお代わりお持ちします、と告げてまた屋敷の方に向かっていく。

「おいしそ」

 華はそういって自分の椅子に戻るけれど、口をつけようとはしない。

「? どした、体調悪い?」
「胃の調子がねー……」
「無理すんなよ、病院行くか?」
「アンタすぐ私を病院に連れて行きたすぎー」

 ケタケタ笑う華だけど、その日の夜に思いっきり吐いたからソッコーで親父の知り合いとか言う医師の病院へ連れて行く。
 その内科医は華に薬の代わりに紹介状をついっと渡して、ほんの少しだけ、笑った。

 とりあえず帰宅する車の中で、華は「落馬しなくてよかった」とヒヤヒヤした顔をしてるし、俺はどんな顔したらいいか分かんないし、……でも多分、すっげー幸せなんだと、そう思う。

「つか気づかなかった?」
「だ、だって最近出血? みたいのあって、それ生理だと思って」
「ほーん。ま、とりあえずアレだな」
「?」
「安産祈願って、教会でもできんの?」
「……さぁ」

 呆れたような声で、でも笑ってる華とそのお腹にいる胎児のためにできるのは、いまのところただひとつ。
 安全運転、それだけを心がけながら俺はそっとアクセルを踏んだ。
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