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【高校編】分岐・相良仁

【番外編】冬の日(下)

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 これは私のせいじゃない(多分)し、ましてや仁のせいでもなんでもないんだけれど、前世で先に死んじゃったのが仁の中でどーしても拭えないみたいだった。

「華」

 何回も、仁は私を呼ぶ。
 もう泣き止んでるけど、まだ目が赤い。

「華」
「うん」

 ここにいるよ。
 そう思いながら、ベッドで私を組み敷いてる仁に、腕を伸ばす。降ってくるキス。

(時間、かけるしかないのかな)

 もう随分一緒にいるけれど。
 それでも、毎日一緒にいて、一緒に笑い合って、一緒にご飯食べて一緒に眠って。
 それしか、仁の傷は癒せない、のかも。

(仁は強いから)

 ずっと守ってくれてた。飄々と、平気そうに、肩で風切って。

(こんどは、私が仁を守るから)

 きゅう、と抱きしめる。仁も私を抱きしめる。
 今はこれでいい、と思う。
 今は。

 目を覚ますと、窓の外の灰色の雲からは、相変わらず大きな雪片が舞っていた。

「相当積もってるぜ、庭」

 横で本を読んでた仁がそう言って、私の頭を撫でる。
 庭っていうのは、マンションの共用部分のことだろう。

「……いま、何時くらい?」
「まだ13時すぎ」

 その答えを聞いて、私の胃がぐぎゅると鳴った。

「……あは」
「昼飯作るか」

 仁は楽しげに唇を上げる。
 お揃いのスウェットを着て、一緒にキッチンに並んでご飯を作る。お昼は焼きそば。
 もぐもぐ食べながら、私は提案をする。

「ねえおでん作ろうよ」
「夜?」
「今から」
「は? なんで」

 私は外を見る。

「お庭でおでん食べたい」
「庭で?」
「雪見おでんしよ」

 私の提案に、仁は「寒い」「ヤダ」「ひとりでやれ」と悪態を吐きながらも手伝ってくれる。

「キャー、もう、足が取られちゃう」
「言わんこっちゃない……ほら」

 スーパーへ向かう道すがら、上手く歩けない私の手を、仁が取る。
 手袋越しに、あったかい。

「……えへへ」
「なんだよ気味悪ぃな」
「失礼な、最愛の妻に向かって」
「最愛の妻でも気持ち悪い」

 そう言いながら、ぎゅうっと仁は私の手を強く強く握る。

「最愛ではあるんだ?」
「当たり前だろーが」

 照れとか一切無く仁は言い切る。逆に私は照れて俯く。真っ白な地面。
 仁は私の手を引いて歩き始める。私も後に続く。何も喋らないけど、それは別に苦痛でもなんでもない。
 繋いだ手が、あたたかい。
 スーパーで食材を買い込んで鍋で煮て、作った頃にはもう真っ暗になってた。
 結婚したあたりから、暗いのも平気になってた私は、おでんの入ったタッパーを「あちあち」と抱えて、エレベーターで1階へ。供用の中庭に出る。
 仁も「物好きだなお前」なんて言いながらついてきた。
 人はいない(当たり前かな?)。
 雪の止んだ空には、ぽっかりと金の月。

「ほら食べよう~」
「コタツで食べようぜ」
「文句言わなーい」

 並んで、ベンチの雪を払って座る。
 雪は払ったけれど、それでも寒さが腰から上がってきた。

「う、寒い」

 あったかいもの食べなくては。
 タッパーから大根を選んで、一口大にして割り箸でぱくり。
 はふはふと、白い湯気が口から上がる。

「うー、染みるう」
「……旨いな」
「でっしょお?」

 ふふん、と私は自慢げに仁を見る。

「こういうのはね、食べる場所も大事なのよ食べる場所もっ」
「分からんでもないか~」

 コンビニの肉まんがやけに美味かったりだよな、と仁が言って、それそれと私も肯く。

「コンビニ肉まん理論」
「謎だな」

 ケタケタと仁は笑う。
 月の光が白い雪で、きらきらと反射する。
 私たちはハンペンや卵ももぐもぐしながら、他愛もない話を続ける。

「親父が馬を買ったらしい」
「え、なんで馬?」
「お前乗せるんだと」
「うー、英国へ帰ってこいのプレッシャー」

 できれば英国で暮らしてね、って仁のお父さんは言う。なんだか気に入ってもらってて、仁抜きで遊んだりするからなぁ。

「仁はどこがいいの?」
「さぁ、お前がいるならどこでも」

 さらりと仁はそういうことを言う。

「それって私に押し付けてるだけじゃない?」
「うーん、そうなのかもなぁ」

 仁の手が、するりと私の頬に触れた。

「なんか俺の人生お前基準になっちゃって」
「……基準、ずらす?」
「無理だよ」

 仁は静かに笑う。

「お前中心だもん俺の人生」
「……あ、のさっ」

 私は目線を逸らす。
 うーん、なんか恥ずかしいなこれ。でも。

(ちょっと前から、思ってた)

 可愛いんだろなって。
 もちろん可愛いだけじゃなくて、めちゃくちゃ大変なんだろうけれど、でも、欲しいなって……うん。

「こ、子供とかっ」
「は?」
「……赤ちゃん、つくろ?」

 仁の目が見れない。

「そろそろ赤ちゃん。産みたい」
「……お前まだ学生じゃん」
「分かってるけど」

 目線はうろうろ。

「今すぐできても、産まれる頃には、卒論できてると思うし」
「ツワリとかキツイんじゃねーの」
「そ、それはさ」

 私は首を傾げた。

「働いてる人も同じ条件なわけでさ」
「んー」
「私、就職しないし。……ていうか」

 言葉を続ける。

「実は少し前からすっごいほしくて」
「へえ?」
「赤ちゃん連れとか、ジロジロ見たりしちゃって」
「あー」
「羨ましいなって、……、思ってたの」
「……子供いるのってどんなんだろ」

 想像つかねー、と仁は言うけれど。

「子供中心の生活、してみない?」
「……つうか」

 仁はむにりと私の頬をつねった。

「生んでくれんの、俺の子供」
「……ていうか、産みたい」
「そっか」

 仁は正面を向いて、雪を見つめた。
 そっか。
 小さくそう言った後、更に小さく「嬉しい」とそう呟いて、仁はまた、少しだけ泣いた。

「すぐ泣くー!」
「うるせえ」

 からかってる私も、少し泣きそうで。
 赤ちゃんがお腹に来てくれるといいな。
 そう思いながら、金色の月を並んで見上げたのでした。
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