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【高校編】分岐・相良仁

薫風と梅雨

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「これ、大したものじゃないんですけど」
「えー、いやいや、嬉しいよありがとう」

 私が差し出したお菓子を、黒田くんのお父さんは楽しげに笑って受け取ってくれた。
 病院の窓の外は、葉桜が初夏の風で揺れている。
 青花の逃走の際、拳銃で撃たれたらしい黒田くんのお父さんは、事件の直後から入院してる。

「撃たれた傷というよりは、事故の骨折のほうがねぇ」
「無駄に丈夫なんだこのオッサンは」

 黒田くんが呆れたように言う。でもその声には安心っていうか、ホッとしたような色が濃かった。
 病院を出て、葉桜の下を歩きながら、ものすごく唐突に黒田くんが言った。

「なぁ設楽」
「なに?」
「知ってると思うけどな」
「うん」
「ずっと好きだったよ」

 思わず立ち止まって、黒田くんを見上げた。黒田くんはにかっと笑って、私の後頭部を、ぽん、と撫でた。

「聞いてくれてサンキュ」
「あ、うん、ええと」
「俺が言いたかっただけだから」

 黒田くんはゆっくりと歩き出す。

「イギリスでも、元気でな」
「……うん」
「なんで泣くんだよ」
「ごめん」
「幸せにな、設楽」

 私は何回も頷いた。なんでこの人、私のことなんか好きだったんだろう。
 でも黒田くんがそう言ってくれるなら、くれるから、ちゃんと私は幸せにならなきゃなって、そう思った。
 梅雨が来て、社会科準備室の窓の外は土砂降りの雨。目の前の仁は涼しい顔でコーヒーなんか飲んでる。
 視線はノートパソコンに向いていて、すかし顔しちゃってさ、なんて思う。

「ねえ」
「ん?」

 私の声に、やっと仁は顔を上げた。

「ほんとに結婚まで指一本触れてくれないわけ?」

 欲求不満気味の私はそんなふうに口を尖らせる。仁は「うん」と頷いた。

「だってお前のばーさんとの約束だしさ」
「むー」

 仁は何でもないような顔で言う。……ほんとそういうとこさ、融通きかないんだからさ。

(まぁ)

 ふ、と息を吐く。
 そういうとこも好きなんだけど、なんてね。

「それって、私から触れるのはアリなの?」
「……嫌な予感がすんだけど」
「そう?」

 私は立ち上がって、仁の背後にまわる。

「え、ほんとなにすんのかな華チャン」
「さーてね」

 私は首を傾げた。なにしよっかな。とりあえず耳を噛んでみた。がぶり。

「こら」
「暴れないで」

 言いながら、首筋もぺろり。軽くリップ音鳴らすけど、跡をつけない程度に自制する。

「あー、もう、ホントやめて」

 こっちがどんだけ我慢してると思ってんだよ、って仁は仁で欲求不満だったのか、なんか思った以上に簡単に反応してくれちゃってて嬉しい。

「あーあ、これくらいでこんなんなっちゃって」
「バカか」
「気持ちよくなりたい?」
「バカか!」

 私は少し肩を揺らした。私ってこんなSっ気あったっけ?

「結構楽しいねこういうのも」
「勘弁してくれ」

 振り向いてそう言う仁に口付ける。仁は無抵抗。ふーん、って笑う私に、仁は眉をひそめて言った。

「お前さ」
「なぁに?」
「結婚したあと、覚えてろよ」
「えー?」
「もうヤメテって死ぬほど言わすからな」

 じとりと私を軽く睨む目。

「ふふふ」

 私は余裕たっぷりに笑ってみせたけれどーーいずれ私はこの時の自分を「ばか!」って罵ることになる。
 いやだってまさか、あそこまでされるだなんて思ってないじゃないですか……。
 まぁその時の私はそんなこと思ってもなくて、私ってちょっとSなのかもって思ってて、梅雨はあけて、やがて夏がやってくる。
 暑い夏が。
 日本を離れる日がやってくる。
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