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【高校編】分岐・相良仁

【三人称視点】それぞれの証言

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「はい。確かに自分が"パパ活"で知り合って、共謀して設楽華さんをハメようとしたのは……え、はくしゃ、じゃない先生、そんな目で見ないでください、すみません、ええと、とにかく設楽さんを陥らせようとした相手は」

 疲れ切った男の手が、ひとりの少女を指差す。

「桜澤青花さんです」

 青花は目を見開いて、少しだけ顔色を失くした。

「あの企みがアッシャー伯、じゃない、ええと、明るみに出て失敗したあとも、自分ははくしゃ、じゃない、ええと、とにかく指示をうけて、青花さんにあたかも計画がうまく進んでいるかのように連絡していました」

 男は目を伏せる。けれど、指差す人差し指をおろすことはしなかった。
 男の横には、別の少女がいた。気の強そうな顔立ちに、凛とした瞳の少女。

「あたしに連絡してきて、華に妙なクスリ飲ませようとしてたのは」

 たおやかな指先は、その視線の先で眉をひどく寄せてこちらを睨む少女を指さした。

「その女で間違いないわよ、桜澤青花」

 そう言い放った彼女の横にいたのは、すっかり痩せ細った小柄な女の子。

「あたしに、ダイエットサプリだって嘘をついて薬物を摂取させ、華ちゃんを襲わせたのは」

 細い手が、震えながら指をさす。

「桜澤さんです」

 三人の指先は、同じ少女へ向かっていた。少女の肩は大柄な少年によってがっちりとつかまれ、軽く身をよじらせてみるが離される様子はなかった。

「物的証拠も出ています」

 黒田と名乗った刑事が合図をすると、女性の警察官がふたり、歩み出て、桜澤を左右から確保した。

「……あ、あたしじゃない!」

 青花の裏返った叫び声は、むなしく庭園に響いた。
 ちらちらと散る桜は、春の陽を反射して眩しい。引きずられるように歩く青花の視線は散る花びらのように忙しく動いた。
 そして、はっと気がついたようにひとりの男でそれが止まる。

「……あたしなんで気がつかなかったんだろう」

 忌々しそうに、青花は言った。

「そう、あの時も、あの時も、あの時も!」

 少女が叫ぶ「あの時」が一体いつなのか、周りに居並ぶ誰にも分からない。
 けれど、彼女にははっきりと思い浮かんでいるようだった。

「アンタが設楽華の近くにいた」

 低い、呪うような声だった。

「いちばん邪魔だったのはアンタだった」

 そう言う視線の先で、男と目が合う。男は、相良は、少し目を細めただけで、何も言わなかった。
 学園の校門を出たところで、青花は暴れた。
 こんなところで逮捕されるわけにはいかない!

「こら、落ち着け!」
「はやく車に!」

 無理やりパトカーに乗せられ、青花はそれでも暴れた。左右に女性警官、助手席にも刑事。
 青花の目からポロリポロリと涙がこぼれた。悲しみではない。悔し涙だ。屈辱に対する苛立ちだ。

(やられた)

 青花はぐうう、と喉を鳴らす。
 相良と華の関係性は分からない。だけれど、相良はどうやら華を守り続けていたようだった。
 邪魔なことに!
 パトカーが走り出して、しばらくしてからだった。

「! 危ない!」
「居眠りか!?」

 左から飛び出してきた大型車が、スピードを緩めずにパトカーへ向かってくる。
 衝撃と共にパトカーが横転する。ガリガリガリガリという金属とアスファルトが擦れ合う音が鼓膜に響いて、ぶつかる身体の痛みよりも、その耳障りな音の方が青花には不快だった。
 頭をぶつけて、ぐらぐらしていると無理やりに車から連れ出された。視界の隅、パトカーの中で、女性警官が血を流して目を閉じていた。
 黒田と言った刑事が組みついてくる。青花を連れ出した男は、なんの躊躇もなく手にしていた拳銃で刑事を撃った。弾は太ももに当たり、その行く末を見届けられぬまま、青花は先程とは違う車に詰め込まれる。

「っ、一体なんなのよっ」
「やぁ」

 青花は目を見開いた。何度か電話越しに聞いたことがある声。大陸のマフィアの構成員、薬物の取り引きで相手をしていたはずの相手。

「な、なんで?」
「いやぁ、色々ありましてね」

 車は大混乱の路上を抜け出し、どうやって警察の検問を抜けたものか、青花が気がつくとすでに彼女は船の中にいた。

「少し休むといいですよ」

 言われるがままに、青花は客室の柔らかなソファで目を閉じる。ものを考えるには、今日は色々ありすぎた。
 けれど、と青花は思う。

(ほら、運は尽きてなかった)

 助けに来てもらえた。
 多分、彼らのボスのとこに連れてってもらえるんじゃないかな、と青花は思う。

(マフィアのボスの女かぁ)

 悪くないじゃん、と青花は口を緩める。
 やっぱりあたしは「ヒロイン」なんだ、と彼女は笑った。

(ゲームの筋書きとは違うけど、それでも!)

 そう思いながら、青花は笑った。チャンスはまだある。まだ。

(終わりじゃない)

 必ず設楽華を、今度は、殺す。

(少しでも生かそうとしたのが間違いだった)

 "ゲームからの退場"っていう選択肢を残したのが間違い!
 最初から全力で、きっちりと息の根を止めてやるべきだったのに!
 そう思いながらも、青花は重くなるまぶたに耐えられなかった。
 小さく寝息を立てる青花を見ながら、男たちは彼らの言葉で話す。

『ギリギリで確保できたな』
『オレらのこと話されちゃ困る』

 肩をすくめた。彼らの上司からの指示は「確保もしくは殺害」。
 日本でやってる商売が軌道に乗り始めたところだった。「あんなバカのせいでルート潰されてたまるか」と彼らの上司は面倒臭そうにつぶやいたのだ。

『で、どーすんだこのガキ』
『え、売るらしいけど』
『ふうん』
『結構高値つくらしいんだよな、日本人のガキ。特にこーいう清純そうな見た目の』
『あ? 売春してたんだろコイツ。清純?』
『見た目がだよ、見た目が』
『まあ、たしかに……誰に売んの』
『中東のお偉方か、欧米の成金。多分コイツだろうなって目星はついてるけど。日本人見ると絶対買うの』
『誰?』

 男が聞いたのは世界的に有名な資産家で、男は少し驚いたように口笛を鳴らす。

『へえ? そんなご趣味が』
真珠湾パールハーバーでじいさんが右腕失ったらしい。その復讐もあんのか、単なる趣味か知らねーけど、切り落とすんだよなぁ』
『は?』
『腕を』
『え?』
『すっごいシまるらしいぜ』
『え、シながらってこと?』
『そーそーヤりながら切り落とすの』
『うげえ』
『右腕だけで済むといいなぁ』
『まぁアレだ、なんていうか、身の程ってもんを知らずにこっちの世界に足突っ込んだ報いってヤツだよなぁ』
『せめて安らかにって感じかな』

 男たちはそう言って、船室を出ていった。
 船室には、すやすやと眠る少女が残された。その見た目は、見た目だけは、美しい天使のようにも見えたのだった。
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