411 / 702
【高校編】分岐・山ノ内瑛
学園祭
しおりを挟む
学園にある、なぜかある、やたらと広い庭園。薔薇の生垣、刈りそろえられた芝生、桜並木に噴水。
10月半ばの晴れた日曜日、青百合学園は文化祭を迎えていた。
「毎年思うけど、普通の文化祭じゃないよねこれ」
「だよね、普通は生徒が店出すのよ」
同じクラスの大村さんと、のんびり出店をのぞいてそぞろ歩きしながら、そんな話をする。
出店といっても、普通のお祭りにあるような感じじゃない。ちょっとヨーロッパ然とした……行ったことないけれど! 修学旅行も骨折で行けなかったし! ……まぁ、いいんだけど、いいんだけどっ。とにかくまぁ、ヨーロッパの市場やクリスマスマーケットとか(あくまでイメージ)を彷彿とさせるようなお店が並ぶ。
とはいえ、生徒がまるきり何もしてないわけじゃない。日本庭園(そんなのもある)では茶道部がお茶席を設けてるし、大講堂では演劇部がシェイクスピアをしてる。なんだっけ、マクベス……? それから別の講堂では(みっつある)有志での演劇や、バンドの演奏なんかもあるみたいだった。
「なにからまわる?」
「んー、まずアフタヌーンティ」
私がそう答えると、「午前中なのにね」と大村さんはくすくすと笑った。確かにね!
薔薇園の中では優雅なアフタヌーンティー(午前中なのに)が振る舞われている。ちゃんと給仕さんもいるんだから謎だ。ここ学費いくらするんだろうなぁ……。
席に案内され、すぐにお茶セットがサーブされた。
「美味しそう!」
私たちは思わず顔を見合わせる。
ブルーベリーレアチーズケーキにマカロン、フルーツにカヌレ。スコーンにはクリームとジャムが添えられて。
それからサンドイッチはローストビーフにツナのタルタル。クロワッサンサンドと野菜のカナッペも。
「茶葉はウヴァをご用意しております」
給仕さんはじっと私たちを見つめる。
「……ミルクティーで」
大村さんが答えてくれて、私もうなずく。
「ミルクはお先ですか? あと?」
「あ、えっと、先で」
これは答えられた。シュリちゃんが前に言ってた。まぁどっちでもいいらしいんだけれど、茶渋が付くのがどうので招待されたときはMIFだって。いやほんと人それぞれらしいんだけれど。
給仕さんは恭しく頷いて、ミルクティーを作ってくれた。
「……美味し」
「ねっ」
思わず大村さんと顔を見合わせた……ときだった。
ふ、と影が差す。
見上げると、テーブルの横に、男の人が立っていた。
「……?」
50歳いかないかなぁ、くらいの。
大村さんは不思議そうに見上げている。私ももう一度、その人を見た。
誰かの父兄さんかな、と思って、次の瞬間には血の気が引いた。
「……あ」
私は立ち上がる。男の人は相変わらず私を見つめている。どろりとした、その目。知ってる。私は、この人を。
暗い空から降ってくる雪。
(おかあさん)
叫んだ声は届かなくてーー。
「久しぶりですね」
男の人は、そいつは、ゆったりと笑った。私は後ずさる。後ずさった分だけ、そいつは距離を詰めてきた。
「ちょ、ちょっと、あんた誰!? 設楽さん知ってる人!?」
大村さんが叫んで、あたりの人目が集まる。そいつは目を細めた。
「ひどいなぁ、久しぶりに会えたのに」
私はイヤイヤと首を振った。大村さんが立ち上がり、私の横に立つ。
と、次の瞬間には誰かの腕の中にいた。
「……なんの用事や」
私はほんの少しだけ息を吐く。アキラくんの声に、少し落ち着いてーーそして同時に、震えが来た。
「君は?」
そいつは、心底不思議そうにアキラくんに尋ねる。
「誰でもええやろが」
「よくはない。良くは」
そいつはうーん、と首をかしげると同時に、腕を掴まれて身体を揺らした。
「ちょっと失礼。どちら様?」
笑顔だけど低い声で言うのは仁だ。私は震えながらもホッとする。仁は私のボディーガードさんで、何年か前の変な宗教絡みの事件の時もちゃんと強かったから。
「……オレが誰でもいいだろう」
「良かぁないですね。こっちへ」
ずるずる、と男は仁に引きずられて歩いて行く。
「またね、華」
そいつはにたりと笑った。私はへなへなと座り込みそうになって、アキラくんに支えられる。
「……は、……設楽先輩」
アキラくんがそう声をかける。
「歩けるっすか」
「……なんとか」
そう答えたけれど、膝が笑って言うことを聞かない。
(あいつ、あいつは)
脳味噌がぐるぐるまわる。
なんで? どうして?
(刑務所にいるんじゃなかったの?)
あいつはーーおかあさんを殺した犯人だ。
視界が少しずつ暗くなる。まぶたの裏で、雪が舞う。大きな雪片。空から落ちてくる雪。
(おかあさん)
そこまでで、意識がフェードアウトしていった。
10月半ばの晴れた日曜日、青百合学園は文化祭を迎えていた。
「毎年思うけど、普通の文化祭じゃないよねこれ」
「だよね、普通は生徒が店出すのよ」
同じクラスの大村さんと、のんびり出店をのぞいてそぞろ歩きしながら、そんな話をする。
出店といっても、普通のお祭りにあるような感じじゃない。ちょっとヨーロッパ然とした……行ったことないけれど! 修学旅行も骨折で行けなかったし! ……まぁ、いいんだけど、いいんだけどっ。とにかくまぁ、ヨーロッパの市場やクリスマスマーケットとか(あくまでイメージ)を彷彿とさせるようなお店が並ぶ。
とはいえ、生徒がまるきり何もしてないわけじゃない。日本庭園(そんなのもある)では茶道部がお茶席を設けてるし、大講堂では演劇部がシェイクスピアをしてる。なんだっけ、マクベス……? それから別の講堂では(みっつある)有志での演劇や、バンドの演奏なんかもあるみたいだった。
「なにからまわる?」
「んー、まずアフタヌーンティ」
私がそう答えると、「午前中なのにね」と大村さんはくすくすと笑った。確かにね!
薔薇園の中では優雅なアフタヌーンティー(午前中なのに)が振る舞われている。ちゃんと給仕さんもいるんだから謎だ。ここ学費いくらするんだろうなぁ……。
席に案内され、すぐにお茶セットがサーブされた。
「美味しそう!」
私たちは思わず顔を見合わせる。
ブルーベリーレアチーズケーキにマカロン、フルーツにカヌレ。スコーンにはクリームとジャムが添えられて。
それからサンドイッチはローストビーフにツナのタルタル。クロワッサンサンドと野菜のカナッペも。
「茶葉はウヴァをご用意しております」
給仕さんはじっと私たちを見つめる。
「……ミルクティーで」
大村さんが答えてくれて、私もうなずく。
「ミルクはお先ですか? あと?」
「あ、えっと、先で」
これは答えられた。シュリちゃんが前に言ってた。まぁどっちでもいいらしいんだけれど、茶渋が付くのがどうので招待されたときはMIFだって。いやほんと人それぞれらしいんだけれど。
給仕さんは恭しく頷いて、ミルクティーを作ってくれた。
「……美味し」
「ねっ」
思わず大村さんと顔を見合わせた……ときだった。
ふ、と影が差す。
見上げると、テーブルの横に、男の人が立っていた。
「……?」
50歳いかないかなぁ、くらいの。
大村さんは不思議そうに見上げている。私ももう一度、その人を見た。
誰かの父兄さんかな、と思って、次の瞬間には血の気が引いた。
「……あ」
私は立ち上がる。男の人は相変わらず私を見つめている。どろりとした、その目。知ってる。私は、この人を。
暗い空から降ってくる雪。
(おかあさん)
叫んだ声は届かなくてーー。
「久しぶりですね」
男の人は、そいつは、ゆったりと笑った。私は後ずさる。後ずさった分だけ、そいつは距離を詰めてきた。
「ちょ、ちょっと、あんた誰!? 設楽さん知ってる人!?」
大村さんが叫んで、あたりの人目が集まる。そいつは目を細めた。
「ひどいなぁ、久しぶりに会えたのに」
私はイヤイヤと首を振った。大村さんが立ち上がり、私の横に立つ。
と、次の瞬間には誰かの腕の中にいた。
「……なんの用事や」
私はほんの少しだけ息を吐く。アキラくんの声に、少し落ち着いてーーそして同時に、震えが来た。
「君は?」
そいつは、心底不思議そうにアキラくんに尋ねる。
「誰でもええやろが」
「よくはない。良くは」
そいつはうーん、と首をかしげると同時に、腕を掴まれて身体を揺らした。
「ちょっと失礼。どちら様?」
笑顔だけど低い声で言うのは仁だ。私は震えながらもホッとする。仁は私のボディーガードさんで、何年か前の変な宗教絡みの事件の時もちゃんと強かったから。
「……オレが誰でもいいだろう」
「良かぁないですね。こっちへ」
ずるずる、と男は仁に引きずられて歩いて行く。
「またね、華」
そいつはにたりと笑った。私はへなへなと座り込みそうになって、アキラくんに支えられる。
「……は、……設楽先輩」
アキラくんがそう声をかける。
「歩けるっすか」
「……なんとか」
そう答えたけれど、膝が笑って言うことを聞かない。
(あいつ、あいつは)
脳味噌がぐるぐるまわる。
なんで? どうして?
(刑務所にいるんじゃなかったの?)
あいつはーーおかあさんを殺した犯人だ。
視界が少しずつ暗くなる。まぶたの裏で、雪が舞う。大きな雪片。空から落ちてくる雪。
(おかあさん)
そこまでで、意識がフェードアウトしていった。
0
お気に入りに追加
3,084
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
悪役令嬢の残した毒が回る時
水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。
処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。
彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。
エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。
※設定は緩いです。物語として見て下さい
※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意
(血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです)
※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい
*HOTランキング4位(2021.9.13)
読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡
婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?
tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」
「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」
子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる