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【高校編】分岐・鹿王院樹
【番外編】夏の日(下)
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「ほへー」
思わずテレビに向けて変な声が出る。炎天下、ぎらぎらした目をしてる秋月くん。……さすが攻略対象だ、こういう一面もあるんだ。知らなかった。
「ただいま」
「あれ、おかえり?」
リビングに入ってきた樹くんの声に思わず腰を浮かす。あれ?
樹くんは22歳以下の代表に選ばれてて、いまは海外遠征に行ってて、帰国は今日の夜だったはずだけれど……?
「いや、当初の搭乗便が機器トラブルで欠航になってな。個人的に、急遽別便をチャーターした」
「いまチャーターって言った?」
おいくら万円かかったのです……?
「予定より早く着いた」
嬉しそうに樹くんは言う。相変わらず私には理解不能な金銭感覚だけれど、まぁ樹くんのお金だし、好きにしてくださいって感じだ。
「連絡くらいしなさいよ」
静子さんが少し口を尖らせた。樹くんは肩をすくめる。
「華が迎えにくる、といい出すかもしれんと思って。あまり遠出させたくないのに」
「過保護ねぇ」
静子さんは呆れたように笑う。
「遠出ってほどじゃないよ」
私も言うけれど、樹くんは首を振った。
「危ない」
「危なくないよ」
お腹が大きくなり始めてから、余計に樹くんの心配性が加速した気がする。常にこけると思われてそう。
まぁ、これだけ心配されてるのって、むず痒いような、少し幸せなような。
「あら、もうこんな時間」
「あれ、静子さんお出かけですか?」
「お友達とお茶なの。夕方には戻ります」
「はぁい」
静子さんはひらひらと手を振ってリビングを出て行く。
ちなみに、結婚して以降は私と樹くんの生活費(数十万円レベルらしい)を毎月静子さんに渡してるとのこと。
「いらないわよ」
と静子さんは言ったけれど、拒否されたらしい。……ので、
「めんどくさいから受け取って、ひ孫ちゃんのために貯金しとくわ」
と言ってくれている。ありがたいなぁ……。
「どうせお仕事するなら、鹿王院の家を継いでも同じじゃなかった?」
ふとそう、聞いたことがある。樹くんは笑って首を振った。
「自分の裁量でできる範囲が決められている。俺の最優先事項が華とサッカーだから」
自分で作った会社ならある程度好きに裁量が持てる、という話らしかった。
そんな樹くんはジャージにTシャツさ方のまま、ソファの私の横に座る。
「同点か」
「いまね、ピッチャーが秋月くんになったんだよ」
テレビ画面を見ながら話す。
「秋月、ポジション違うだろう」
「んー、ピッチャーくんがどうも怪我?なのかなぁ、調子悪いみたいでベンチ下がっちゃった」
「ふむ」
じっと樹くんはテレビを見つめる。私もつられて秋月くんを見つめた。
じりじりと照りつける太陽の下、白球を投げる秋月くん。
『いい球ですね~』
『ピッチャー斎藤くんに代わってマウンドに上がりましたショート秋月、好投しています、と、空振りー! ツーアウト』
おお、と私は思わず拍手。
「か、かっこいい」
こういう面もあるの、ほんと知らなかった……!
「ね、びっくりだよね」
「む」
変な顔をしてる樹くんと目があった。
「?」
「……いや」
ふい、と目をそらされる。なんだろ。
「……秋月くんかっこいい」
なんとなくそう言うと、テレビを見つめてる樹くんがほんの少し、本当にほんの少しだけ、眉をひそめた。
「あのう」
「なんだ」
「やきもち、だったりですか?」
思い切って聞いてみると、樹くんは少し情けないような顔をする。
「すまん」
「え、なにが」
「自分でもダサイと思う」
「ださい」
樹くんから「ださい」って単語が出たことに少し驚いていると、樹くんはそっと私の髪を撫でた。
「すぐに嫉妬してしまう」
「……あのね」
私はきゅっと樹くんのTシャツの裾を握る。
「?」
「私にとって、いっちばんカッコいいのってさぁ」
「うむ」
「樹くんだからさ」
「……」
「それはずっと1番で、一生死ぬまで、死んでも1番だから」
「……華」
「サッカーしてるとこは勿論だけれど。なにしててもカッコいいし、ご飯食べてても寝ててもカッコいいし、なんなら爪の形とかまでカッコいいし」
「わかった、わかったからやめてくれ」
樹くんは眉間に思い切りシワを寄せて(照れてる時のやつ!)耳たぶは真っ赤。
「照れ死にするからやめてくれ」
「初耳な死に方」
思わず肩を揺らすと、ぎゅうと抱きしめられた。
「樹くん」
「ああもう、俺のことをそんな風に言うのは世界で華だけだ」
「そんなことないと思うけど?」
「訂正しよう」
樹くんは笑って、私のおでこにキスをした。
「そんな風に評されて、俺が嬉しく思うのが世界で華だけだ」
優しく頬に触れる手のひら。
ゆっくり重なる唇。
(あったかい)
ぐにょりとお腹で赤ちゃんが動く。それを告げると、樹くんは嬉しそうにお腹に触れた。
テレビではいつ攻守交代したのか、秋月くんがホームランを打ったってアナウンスのひとが叫ぶように言ってて、そしてそれが終わってみれば決勝打になったのだった。
ふとテレビを見ると、応援席が大写しになってて、そこではひよりちゃんが泣きじゃくっていた。
(この顔見たら、秋月くんも気付くよね)
ひよりちゃんの気持ちが、やっとやっと、自分を向いてくれたって。
(早く2人の気持ちが通じ合いますように)
きっとそれは遠くない未来。
思わずテレビに向けて変な声が出る。炎天下、ぎらぎらした目をしてる秋月くん。……さすが攻略対象だ、こういう一面もあるんだ。知らなかった。
「ただいま」
「あれ、おかえり?」
リビングに入ってきた樹くんの声に思わず腰を浮かす。あれ?
樹くんは22歳以下の代表に選ばれてて、いまは海外遠征に行ってて、帰国は今日の夜だったはずだけれど……?
「いや、当初の搭乗便が機器トラブルで欠航になってな。個人的に、急遽別便をチャーターした」
「いまチャーターって言った?」
おいくら万円かかったのです……?
「予定より早く着いた」
嬉しそうに樹くんは言う。相変わらず私には理解不能な金銭感覚だけれど、まぁ樹くんのお金だし、好きにしてくださいって感じだ。
「連絡くらいしなさいよ」
静子さんが少し口を尖らせた。樹くんは肩をすくめる。
「華が迎えにくる、といい出すかもしれんと思って。あまり遠出させたくないのに」
「過保護ねぇ」
静子さんは呆れたように笑う。
「遠出ってほどじゃないよ」
私も言うけれど、樹くんは首を振った。
「危ない」
「危なくないよ」
お腹が大きくなり始めてから、余計に樹くんの心配性が加速した気がする。常にこけると思われてそう。
まぁ、これだけ心配されてるのって、むず痒いような、少し幸せなような。
「あら、もうこんな時間」
「あれ、静子さんお出かけですか?」
「お友達とお茶なの。夕方には戻ります」
「はぁい」
静子さんはひらひらと手を振ってリビングを出て行く。
ちなみに、結婚して以降は私と樹くんの生活費(数十万円レベルらしい)を毎月静子さんに渡してるとのこと。
「いらないわよ」
と静子さんは言ったけれど、拒否されたらしい。……ので、
「めんどくさいから受け取って、ひ孫ちゃんのために貯金しとくわ」
と言ってくれている。ありがたいなぁ……。
「どうせお仕事するなら、鹿王院の家を継いでも同じじゃなかった?」
ふとそう、聞いたことがある。樹くんは笑って首を振った。
「自分の裁量でできる範囲が決められている。俺の最優先事項が華とサッカーだから」
自分で作った会社ならある程度好きに裁量が持てる、という話らしかった。
そんな樹くんはジャージにTシャツさ方のまま、ソファの私の横に座る。
「同点か」
「いまね、ピッチャーが秋月くんになったんだよ」
テレビ画面を見ながら話す。
「秋月、ポジション違うだろう」
「んー、ピッチャーくんがどうも怪我?なのかなぁ、調子悪いみたいでベンチ下がっちゃった」
「ふむ」
じっと樹くんはテレビを見つめる。私もつられて秋月くんを見つめた。
じりじりと照りつける太陽の下、白球を投げる秋月くん。
『いい球ですね~』
『ピッチャー斎藤くんに代わってマウンドに上がりましたショート秋月、好投しています、と、空振りー! ツーアウト』
おお、と私は思わず拍手。
「か、かっこいい」
こういう面もあるの、ほんと知らなかった……!
「ね、びっくりだよね」
「む」
変な顔をしてる樹くんと目があった。
「?」
「……いや」
ふい、と目をそらされる。なんだろ。
「……秋月くんかっこいい」
なんとなくそう言うと、テレビを見つめてる樹くんがほんの少し、本当にほんの少しだけ、眉をひそめた。
「あのう」
「なんだ」
「やきもち、だったりですか?」
思い切って聞いてみると、樹くんは少し情けないような顔をする。
「すまん」
「え、なにが」
「自分でもダサイと思う」
「ださい」
樹くんから「ださい」って単語が出たことに少し驚いていると、樹くんはそっと私の髪を撫でた。
「すぐに嫉妬してしまう」
「……あのね」
私はきゅっと樹くんのTシャツの裾を握る。
「?」
「私にとって、いっちばんカッコいいのってさぁ」
「うむ」
「樹くんだからさ」
「……」
「それはずっと1番で、一生死ぬまで、死んでも1番だから」
「……華」
「サッカーしてるとこは勿論だけれど。なにしててもカッコいいし、ご飯食べてても寝ててもカッコいいし、なんなら爪の形とかまでカッコいいし」
「わかった、わかったからやめてくれ」
樹くんは眉間に思い切りシワを寄せて(照れてる時のやつ!)耳たぶは真っ赤。
「照れ死にするからやめてくれ」
「初耳な死に方」
思わず肩を揺らすと、ぎゅうと抱きしめられた。
「樹くん」
「ああもう、俺のことをそんな風に言うのは世界で華だけだ」
「そんなことないと思うけど?」
「訂正しよう」
樹くんは笑って、私のおでこにキスをした。
「そんな風に評されて、俺が嬉しく思うのが世界で華だけだ」
優しく頬に触れる手のひら。
ゆっくり重なる唇。
(あったかい)
ぐにょりとお腹で赤ちゃんが動く。それを告げると、樹くんは嬉しそうにお腹に触れた。
テレビではいつ攻守交代したのか、秋月くんがホームランを打ったってアナウンスのひとが叫ぶように言ってて、そしてそれが終わってみれば決勝打になったのだった。
ふとテレビを見ると、応援席が大写しになってて、そこではひよりちゃんが泣きじゃくっていた。
(この顔見たら、秋月くんも気付くよね)
ひよりちゃんの気持ちが、やっとやっと、自分を向いてくれたって。
(早く2人の気持ちが通じ合いますように)
きっとそれは遠くない未来。
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