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【高校編】分岐・鍋島真
【side真】ホットケーキ
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可愛い華チャンが好きなもの。黒猫。きらきらの海。ちょっと古い本。
食べ物なら、マカロン。生クリーム。蜂蜜。パンケーキに、ホットケーキ。
「パンケーキとホットケーキの違いはなに?」
甘いものに興味がないから、分からない。
「なんか色々定義はあるらしいですが」
いっそ堂々と、華は言う。
「気分です」
「あ、そう?」
華の生徒会選挙が差し迫った日曜日。大学から都内のマンションに帰宅すると、華がキッチンで一生懸命にホットケーキを量産していた。
窓から差し込む、夏の終わりの陽の光…….夕方より一歩手前のそれは、とろけるような蜂蜜色。
キッチンからは甘い匂いがしていて、その匂いに包まれながら、僕はとても眠くなってしまう。とても。
ずるずる、とリビングの小さなソファで丸くなって、僕は目を閉じた。
……甘いものを食べるのは嫌いだけれど、その匂い自体は嫌いじゃない。
ふと、髪を温かな手がゆるゆると撫でる。誰の手かなんて、目を開けなくたって分かる。
気持ちよくて、僕は本当に泥みたいに眠ってしまう。
僕を撫でる指先からは、甘い香りがした。
ぱちりと目を開けると、あたりはもうとっぷりと暗かった。
軽く体を起こす。ぱさりとタオルケットが落ちて、どうやら華は僕にこれをかけてくれていたらしいと気がついた。
「華?」
僕はソファから立ち上がり、華を探す。キッチンにもいない。
寝室をのぞくと、暗い中、本棚の前で華はすやすや眠っていた。……ベッドはすぐそこなのに、なんで床で寝ちゃうんだろうこの子は。
間接照明だけつけて、ベッドに移そうと横向きに抱き上げると、ぱちりと目を開いた。
「おはよう?」
「んー」
華は半分寝ぼけたような声を上げながら、僕に身体をすり寄せる。猫みたいに。
僕は華を抱いたまま、ベッドに腰かけた。僕の首の後ろに腕を回して、華はしなだれかかるように甘えてくる。
「……最近どうしちゃったのかな」
「? なにがですか」
「甘えんぼさんだからさ」
華はぴくりと、ほんの少し肩を揺らしてから僕を見上げる。
「いやですか?」
「大歓迎。……ただ、どうしちゃったのかなぁって」
僕はそう答えながら、華をそっとベッドに横たえた。そうして、何度もキスを落とす。唇にじゃなくて、おでこや、鼻や、頬に、瞼。
華は気持ち良さそうにしながら、小さく口を開いた。
「私」
「うん」
「こわくて」
「こわい?」
僕は薄暗い中、華の瞳を見つめる。
怖い?
「捨てられるんじゃないかって」
「……誰が」
想定外の答えに、僕の声は自然と低くなる。
「私が」
「誰に」
「真さんに」
華の頬に手を添えて、痛くないようにつねる。
「そんなコトある訳ないデショ?」
「だって」
華の目から、ぽろりと真珠みたいな涙が溢れた。
「真さん、私を置いていこうとしてた」
「……留学? あれは」
「私を離さないって言ってたくせに、離そうとした」
堰を切ったように、真珠の涙は華の目から溢れて零れて、白いシーツに染み込んで行く。
「華」
違う。僕は、君も君の未来も、僕の夢も全部手に入れたから。君からこれ以上、色んなものを奪いたくなかった。
「華、違うよ?」
僕は彼女を抱きしめながら、ゆっくりと話す。それでも華はいやいやと首を振った。
「そんなの知らない、知らないです」
「うん」
「私の未来だとか、どうでもいい」
「……うん」
「離さないで。もう私を置いていくなんてこと少しでも考えないで。考えたら」
華は僕を睨み上げた。ぞくりとして、僕はその瞳から目が離せない。
「殺しますよ」
「大歓迎」
そう答えて、僕は思い切り彼女を抱きしめる。僕らは随分病んでいる。そしてそれが、恐ろしいくらいに、心地良い。
くたりとした華を抱きしめてキスをする。素肌の感覚が気持ちいい。裸の温かさ。華はとろんとした顔で僕の首の後ろに手を回した。
「すき」
華からそんな風な言葉が出るのは非常にレアなので、僕は少し目を瞠る。
こういう時、どう答えたらいいんだろう? すき?
迷ってたのに、反射的に口から出たのは「愛してる」って言葉で、華は嬉しそうに笑った。
(華が笑うなら)
きみが、幸せな気持ちになってくれるならーー僕は何回だって、喉が潰れたって構わない、君にそう伝える。
「愛してる」
もう一度そういうと、華はやっぱり嬉しそうにしながら、僕の唇を自分のそれで塞ぐ。入ってくる華の可愛らしい舌を僕はゆっくり堪能しながら、もうすっかり蕩けてる華の中に再び入っていった。
リビングでノートパソコンに向かっていると、華が起きてきた。
「今何時です……?」
気怠げな声で、彼女は尋ねる。
「もうすぐ明日になるね」
「晩ご飯食べ損ねた~」
華はぷうぷう言いながらキッチンへ向かう。僕も立ち上がって華に続いた。
「きみが可愛いのが悪いよ、僕が元気になっちゃうじゃん」
「……」
華はなんとも言えない表情で僕を見上げた。
「誘ってる?」
「誘ってません! もう!」
華はいつも通りな感じで僕をにらむ。僕は笑いながら彼女を抱きしめた。
「? 真さん」
「華」
そっと耳を噛んで、そのまま続けた。
「いい? もう離さない。僕の勝手にする。世界中、どこにいくにしたって連れて行く」
「はい」
「もしかしたら宇宙にだって」
「はい」
華は笑う。連れてってください。そう言って、ほんとうに幸せそうに華は笑った。
食べ物なら、マカロン。生クリーム。蜂蜜。パンケーキに、ホットケーキ。
「パンケーキとホットケーキの違いはなに?」
甘いものに興味がないから、分からない。
「なんか色々定義はあるらしいですが」
いっそ堂々と、華は言う。
「気分です」
「あ、そう?」
華の生徒会選挙が差し迫った日曜日。大学から都内のマンションに帰宅すると、華がキッチンで一生懸命にホットケーキを量産していた。
窓から差し込む、夏の終わりの陽の光…….夕方より一歩手前のそれは、とろけるような蜂蜜色。
キッチンからは甘い匂いがしていて、その匂いに包まれながら、僕はとても眠くなってしまう。とても。
ずるずる、とリビングの小さなソファで丸くなって、僕は目を閉じた。
……甘いものを食べるのは嫌いだけれど、その匂い自体は嫌いじゃない。
ふと、髪を温かな手がゆるゆると撫でる。誰の手かなんて、目を開けなくたって分かる。
気持ちよくて、僕は本当に泥みたいに眠ってしまう。
僕を撫でる指先からは、甘い香りがした。
ぱちりと目を開けると、あたりはもうとっぷりと暗かった。
軽く体を起こす。ぱさりとタオルケットが落ちて、どうやら華は僕にこれをかけてくれていたらしいと気がついた。
「華?」
僕はソファから立ち上がり、華を探す。キッチンにもいない。
寝室をのぞくと、暗い中、本棚の前で華はすやすや眠っていた。……ベッドはすぐそこなのに、なんで床で寝ちゃうんだろうこの子は。
間接照明だけつけて、ベッドに移そうと横向きに抱き上げると、ぱちりと目を開いた。
「おはよう?」
「んー」
華は半分寝ぼけたような声を上げながら、僕に身体をすり寄せる。猫みたいに。
僕は華を抱いたまま、ベッドに腰かけた。僕の首の後ろに腕を回して、華はしなだれかかるように甘えてくる。
「……最近どうしちゃったのかな」
「? なにがですか」
「甘えんぼさんだからさ」
華はぴくりと、ほんの少し肩を揺らしてから僕を見上げる。
「いやですか?」
「大歓迎。……ただ、どうしちゃったのかなぁって」
僕はそう答えながら、華をそっとベッドに横たえた。そうして、何度もキスを落とす。唇にじゃなくて、おでこや、鼻や、頬に、瞼。
華は気持ち良さそうにしながら、小さく口を開いた。
「私」
「うん」
「こわくて」
「こわい?」
僕は薄暗い中、華の瞳を見つめる。
怖い?
「捨てられるんじゃないかって」
「……誰が」
想定外の答えに、僕の声は自然と低くなる。
「私が」
「誰に」
「真さんに」
華の頬に手を添えて、痛くないようにつねる。
「そんなコトある訳ないデショ?」
「だって」
華の目から、ぽろりと真珠みたいな涙が溢れた。
「真さん、私を置いていこうとしてた」
「……留学? あれは」
「私を離さないって言ってたくせに、離そうとした」
堰を切ったように、真珠の涙は華の目から溢れて零れて、白いシーツに染み込んで行く。
「華」
違う。僕は、君も君の未来も、僕の夢も全部手に入れたから。君からこれ以上、色んなものを奪いたくなかった。
「華、違うよ?」
僕は彼女を抱きしめながら、ゆっくりと話す。それでも華はいやいやと首を振った。
「そんなの知らない、知らないです」
「うん」
「私の未来だとか、どうでもいい」
「……うん」
「離さないで。もう私を置いていくなんてこと少しでも考えないで。考えたら」
華は僕を睨み上げた。ぞくりとして、僕はその瞳から目が離せない。
「殺しますよ」
「大歓迎」
そう答えて、僕は思い切り彼女を抱きしめる。僕らは随分病んでいる。そしてそれが、恐ろしいくらいに、心地良い。
くたりとした華を抱きしめてキスをする。素肌の感覚が気持ちいい。裸の温かさ。華はとろんとした顔で僕の首の後ろに手を回した。
「すき」
華からそんな風な言葉が出るのは非常にレアなので、僕は少し目を瞠る。
こういう時、どう答えたらいいんだろう? すき?
迷ってたのに、反射的に口から出たのは「愛してる」って言葉で、華は嬉しそうに笑った。
(華が笑うなら)
きみが、幸せな気持ちになってくれるならーー僕は何回だって、喉が潰れたって構わない、君にそう伝える。
「愛してる」
もう一度そういうと、華はやっぱり嬉しそうにしながら、僕の唇を自分のそれで塞ぐ。入ってくる華の可愛らしい舌を僕はゆっくり堪能しながら、もうすっかり蕩けてる華の中に再び入っていった。
リビングでノートパソコンに向かっていると、華が起きてきた。
「今何時です……?」
気怠げな声で、彼女は尋ねる。
「もうすぐ明日になるね」
「晩ご飯食べ損ねた~」
華はぷうぷう言いながらキッチンへ向かう。僕も立ち上がって華に続いた。
「きみが可愛いのが悪いよ、僕が元気になっちゃうじゃん」
「……」
華はなんとも言えない表情で僕を見上げた。
「誘ってる?」
「誘ってません! もう!」
華はいつも通りな感じで僕をにらむ。僕は笑いながら彼女を抱きしめた。
「? 真さん」
「華」
そっと耳を噛んで、そのまま続けた。
「いい? もう離さない。僕の勝手にする。世界中、どこにいくにしたって連れて行く」
「はい」
「もしかしたら宇宙にだって」
「はい」
華は笑う。連れてってください。そう言って、ほんとうに幸せそうに華は笑った。
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