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【高校編】分岐・相良仁
【side敦子】雪片
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「でも叔母様? 多分、引き離せば華は連れて行かれますわよ」
姪の朱里がそう言って首を傾げた。あたしは黙って足を組み替える。
"アッシャーさん"に会う、という前日の夜。自室にいたあたしに、朱里はなかなかショッキングな事実を持ってきた。
「事前の調査では貴族の御子息なんて話は無かったはずだけれど」
「隠してたんでしょう」
言われて目を細めた。こちらでも彼の身元は調査していた。
隠そうと思って隠せる事実ではない。翻せば、それを隠し通す実力があったということ。
「華は本気ですわ叔母様」
「……そう?」
「ええ」
朱里は頷いた。
「ふたりして逃げ出すくらいには」
あたしは黙り込む。朱里が何をいいたいかくらいは分かる。
あたしの娘、笑は駆け落ちをした。そして華が生まれた。
あたしは笑を守れなかった。
(もし、あのとき結婚に反対していなかったら)
どきどき、いまでも思い返す。
そうしていたら、笑はあたしを頼ってくれていたかもと。
死なせずに済んだかもしれない、と……そんな益体のないことを。
相良仁、という男はおそらく、華を連れて逃げきるだけの能力がある。
本国に連れて帰って、そして隠し通すだけの。
本人にも、「公務員」だという彼の父親にも。……特殊な公務員すぎない?
(人質だわ)
もはや脅迫だ、とあたしは思う。
もう華に会えなくなるかもしれない瀬戸際だ。
あたしは怯えている。
あたしの「権力」みたいなのが通じない相手は、久々だった。
(……認めざるを得ないのかしら)
けれど、とも思う。
おそらくはこれは疑似恋愛的なものだろう、とも。
守り、守られる間柄だからこそ生じた感情。いまだけの、燃え上がるようなーーそう、それこそ「吊り橋効果」のようなものだ。
(じきに目も覚めるでしょう)
そう思う。華も、相良さんも、お互いに。
(ならば利用してやればいい)
側で守るだけ守らせてやればいい。
華が目を覚ますまで。
朱里が部屋を出てすぐ、机のスマホが震えた。
ディスプレイには知らない番号。
「……?」
国際電話?
国番号44のそれを、あたしは眉をひそめて見つめた。
そんなことがあった翌日、ホテルの中華レストランに現れた相良仁は、蒼白だった。華はなんだかリラックスしてる。……まったく、この子は。
大きな窓の外では大粒の雪片が風に吹かれて舞っている。
あたしは眉を上げた。少しの意地悪くらい許されるでしょう?
「相良さん?」
「ハイッ」
「外で待たれてて結構よ? ああ、ロビーで構わないわ。外は雪だから」
面白いくらいに顔色が変わる。
(……こんなふうに?)
不思議に思う。あたしの前でこの男は、いつだって飄々として、どこかハスに構えて余裕があった。
(それが、いまは)
落ち着きもなく、まるで……普通のおとこだった。
「あの」
意を決したように、相良さんは言った。
「なに」
何も知らないそぶりで答えて、首を傾げた。相良さんはその場でかがみ込むーーというよりは、土下座した。
「じ、仁!?」
華が慌てて彼のそばに行く。あたしはなんだか呆れてしまった。
呆れて、笑ってしまった。
だって、あの人と同じことをするから。
笑の伴侶、華の父親と同じことをするから。
「お嬢さんを僕にください」
声が震えていた。
「年上すぎるのは自覚してます。犯罪なのも分かってます。誓って華さんは清らかなままです。結婚するまで触れるなと言うなら、もう指一本触れません。だから」
懇願するような目だった。
あの余裕ぶった男はもうどこにもいなかった。
「お願いします……!」
華は彼の背に手を置いたまま、あたしを見ていた。
あの日の笑と、同じ目をしていたから、あたしはやっぱり笑ってしまった。
(なにも、親子二代で同じようなこと、しなくたっていいでしょうに)
肩を震わすあたしを見て、華は不思議そうに首を傾げた。
「あっは、相良さんも、頭を上げて。知っててよあたし」
「へっ」
「お父様からもくれぐれも宜しくと言われていたし」
昨日かかってきた国際電話。
どうやら相良さんは知らないみたいだから、どこからか情報を入手したんだろうとは思う。さすが「特殊な公務員」だと舌を巻く。
「……」
ぽかんとした顔。
「さあ食事にしましょう」
微笑むと、ふたりはふたりして妙な顔をする。顔を見合わせて、狐に摘まれたような、そんな顔を。
(もちろん、)
あたしは思う。まだ擬似的な恋愛だという疑念は拭いされていない。「利用してやる」という思いも「脅迫だ」という感情もまだある。
けれど、この人は華を傷付けはしないだろう。それくらいなら自ら去ることを選ぶ、そんなヒトだとは思えた。
思えるくらいには、彼は真摯だった。
本音を言うならば「脅迫されてる」という事実(もはやそう言っていいだろう)さえなければ、あたしは怒鳴って席を立ちたいところだけれどーー。
だけれど。
時折交わす、ふたりの視線が。
相良さんが華を見る目が、あまりにも大切なものをみる目で、あたしは少し混乱してしまう。
華と彼がおずおずと円卓に座ったとき、ノックも無く唐突にドアが大きく開いた。
「やぁやぁジーン、僕の手助けはいらなかったみたいで何よりだよ!」
大股で入ってきたのはきっちりとした三揃いのスーツを着た50半ばの男。白髪まじりの髪をきちんと撫でつけて、少し怪しい日本語の発音でそう笑った。
彼はひらりと手を振って見せる。
「……」
相良さんは眉間に、これでもかというくらいに深くシワを寄せた。華はぽかんとしている。
「やぁ直接会うのは初めてですね、ハナさん」
にこりと笑う彼、アッシャー伯爵に、華は戸惑いながら立ち上がり、会釈をする。
「ええと、仁。おとうさん?」
華はちらりと相良さんを見る。彼は渋い顔で頷いた。
姪の朱里がそう言って首を傾げた。あたしは黙って足を組み替える。
"アッシャーさん"に会う、という前日の夜。自室にいたあたしに、朱里はなかなかショッキングな事実を持ってきた。
「事前の調査では貴族の御子息なんて話は無かったはずだけれど」
「隠してたんでしょう」
言われて目を細めた。こちらでも彼の身元は調査していた。
隠そうと思って隠せる事実ではない。翻せば、それを隠し通す実力があったということ。
「華は本気ですわ叔母様」
「……そう?」
「ええ」
朱里は頷いた。
「ふたりして逃げ出すくらいには」
あたしは黙り込む。朱里が何をいいたいかくらいは分かる。
あたしの娘、笑は駆け落ちをした。そして華が生まれた。
あたしは笑を守れなかった。
(もし、あのとき結婚に反対していなかったら)
どきどき、いまでも思い返す。
そうしていたら、笑はあたしを頼ってくれていたかもと。
死なせずに済んだかもしれない、と……そんな益体のないことを。
相良仁、という男はおそらく、華を連れて逃げきるだけの能力がある。
本国に連れて帰って、そして隠し通すだけの。
本人にも、「公務員」だという彼の父親にも。……特殊な公務員すぎない?
(人質だわ)
もはや脅迫だ、とあたしは思う。
もう華に会えなくなるかもしれない瀬戸際だ。
あたしは怯えている。
あたしの「権力」みたいなのが通じない相手は、久々だった。
(……認めざるを得ないのかしら)
けれど、とも思う。
おそらくはこれは疑似恋愛的なものだろう、とも。
守り、守られる間柄だからこそ生じた感情。いまだけの、燃え上がるようなーーそう、それこそ「吊り橋効果」のようなものだ。
(じきに目も覚めるでしょう)
そう思う。華も、相良さんも、お互いに。
(ならば利用してやればいい)
側で守るだけ守らせてやればいい。
華が目を覚ますまで。
朱里が部屋を出てすぐ、机のスマホが震えた。
ディスプレイには知らない番号。
「……?」
国際電話?
国番号44のそれを、あたしは眉をひそめて見つめた。
そんなことがあった翌日、ホテルの中華レストランに現れた相良仁は、蒼白だった。華はなんだかリラックスしてる。……まったく、この子は。
大きな窓の外では大粒の雪片が風に吹かれて舞っている。
あたしは眉を上げた。少しの意地悪くらい許されるでしょう?
「相良さん?」
「ハイッ」
「外で待たれてて結構よ? ああ、ロビーで構わないわ。外は雪だから」
面白いくらいに顔色が変わる。
(……こんなふうに?)
不思議に思う。あたしの前でこの男は、いつだって飄々として、どこかハスに構えて余裕があった。
(それが、いまは)
落ち着きもなく、まるで……普通のおとこだった。
「あの」
意を決したように、相良さんは言った。
「なに」
何も知らないそぶりで答えて、首を傾げた。相良さんはその場でかがみ込むーーというよりは、土下座した。
「じ、仁!?」
華が慌てて彼のそばに行く。あたしはなんだか呆れてしまった。
呆れて、笑ってしまった。
だって、あの人と同じことをするから。
笑の伴侶、華の父親と同じことをするから。
「お嬢さんを僕にください」
声が震えていた。
「年上すぎるのは自覚してます。犯罪なのも分かってます。誓って華さんは清らかなままです。結婚するまで触れるなと言うなら、もう指一本触れません。だから」
懇願するような目だった。
あの余裕ぶった男はもうどこにもいなかった。
「お願いします……!」
華は彼の背に手を置いたまま、あたしを見ていた。
あの日の笑と、同じ目をしていたから、あたしはやっぱり笑ってしまった。
(なにも、親子二代で同じようなこと、しなくたっていいでしょうに)
肩を震わすあたしを見て、華は不思議そうに首を傾げた。
「あっは、相良さんも、頭を上げて。知っててよあたし」
「へっ」
「お父様からもくれぐれも宜しくと言われていたし」
昨日かかってきた国際電話。
どうやら相良さんは知らないみたいだから、どこからか情報を入手したんだろうとは思う。さすが「特殊な公務員」だと舌を巻く。
「……」
ぽかんとした顔。
「さあ食事にしましょう」
微笑むと、ふたりはふたりして妙な顔をする。顔を見合わせて、狐に摘まれたような、そんな顔を。
(もちろん、)
あたしは思う。まだ擬似的な恋愛だという疑念は拭いされていない。「利用してやる」という思いも「脅迫だ」という感情もまだある。
けれど、この人は華を傷付けはしないだろう。それくらいなら自ら去ることを選ぶ、そんなヒトだとは思えた。
思えるくらいには、彼は真摯だった。
本音を言うならば「脅迫されてる」という事実(もはやそう言っていいだろう)さえなければ、あたしは怒鳴って席を立ちたいところだけれどーー。
だけれど。
時折交わす、ふたりの視線が。
相良さんが華を見る目が、あまりにも大切なものをみる目で、あたしは少し混乱してしまう。
華と彼がおずおずと円卓に座ったとき、ノックも無く唐突にドアが大きく開いた。
「やぁやぁジーン、僕の手助けはいらなかったみたいで何よりだよ!」
大股で入ってきたのはきっちりとした三揃いのスーツを着た50半ばの男。白髪まじりの髪をきちんと撫でつけて、少し怪しい日本語の発音でそう笑った。
彼はひらりと手を振って見せる。
「……」
相良さんは眉間に、これでもかというくらいに深くシワを寄せた。華はぽかんとしている。
「やぁ直接会うのは初めてですね、ハナさん」
にこりと笑う彼、アッシャー伯爵に、華は戸惑いながら立ち上がり、会釈をする。
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華はちらりと相良さんを見る。彼は渋い顔で頷いた。
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