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【高校編】分岐・鍋島真

【side真】万有引力

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 アイザック・ニュートンは落ちるリンゴを見て万有引力を閃いたとかいう眉唾物というか、そんな作り話がある。
 作り話だろうとどうだろうと、ひとつ確かなことは、質量のある物体同士には,必ず引力が働くということ。
 ヒトとヒトとの間にも。
 地球のそれが強すぎて、気がついていないだけ。

(華は)

 華はなんだか特別なんだろう。ヒトを引きつけるから、なんてバカなことを僕は考えたことがある。

(リンゴは知恵の実)

 与えられなければ、幸せでいられたのに。
 僕は怖い。
 とても怖い。
 きみがいなくなってしまうことが。
 きみが誰かのものになってしまうことが。
 帰りの車内、華はぼうっと車の外を眺めていた。

「……いつ決まったんですか?」

 その声に、僕を責める色はない。

「最近、打診を受けただけ」

 答えながら思う。
 君は平気なの?
 僕がいなくても。

「そうですかー……いつから?」
「来年の夏」
「へぇ。どちらに?」
「イギリスの、」

 大学名を答えると、華はぐりんと僕をみた。

「すっご!」
「そうかな」
「そうですよ」

 その目はきらきらしてる。
 純粋にすごいと、そう思ってくれてる瞳を、僕は車を路肩に停めて見返す。
 しゅるりとシートベルトを外して、華の手を取った。

「真さん?」
「僕は」

 できるだけ淡々と口を開く。

(こんなだっけ)

 僕ってこんな人間だったっけ?
 これくらいで弱くなるような人間だったっけ?
 やりたいように生きてきたのに。

「……ワガママだから」
「? 知ってますよ」

 不思議そうに、華が首を傾げた。

「きみがいれば、それだけで良かったんだ」

 僕は言葉を続ける。

「それだけで。……なのに」

 そうだった、はずなのに。
 僕の腕の中にきみがいれば、それで。それだけで。

「色々欲しくなる。全部欲しくなる」

 もっと学びたい。知りたい。研究したい。

(捨てたはずなのに)

 こんな感情は、捨てたはずなのに。

「行ったらいいじゃないですか」

 静かに、華が答える。

「ヤダ」
「なんで」
「華が」
「私?」

 僕は華を抱きしめる。愛しいと思う。僕ってこんな人間だったっけ。

「誰かに奪られちゃうんじゃないかって」

 腕の中で、華が小さく首を傾げた。

「話が見えませんけど」
「日本に、華を残してーーひとりにしたら。きっと華は他の誰かのものになっちゃう」
「? ええと、疑ってるんですか?」
「違う。でも、きみはブラックホールみたいな女の子だから」
「……褒めてませんよね?」
「最大級の賛辞だよ」

 僕はそっと華の顔をのぞきこむ。
 顔貌だけじゃない。この子は、オトコを惹きつける。

(苦しい)

 好きすぎて、愛おしすぎて、苦しい。
 ……僕ってこんなヤツだったっけ。
 そっと僕の頬を、華が撫でる。

「真さん」
「なに」
「連れてってくれないんですか?」

 ゆっくりと華は微笑む。

「私、そのつもりだったんですけど」
「……ええと」

 僕は僕らしくない言葉を漏らす。

(え?)

 それは、あまりにも、だって。

(高校は? 大学は? 学びたいこととか)

 僕だけが好きなことをして、華からは奪うなんて。
 戸惑う僕を見て、華は楽しげに笑った。

「知ってました?」
「……何を?」
「私たち、ダメダメなんですよ」
「そんなことないよ?」
「ありますよ」

 くすぐるように、華は笑う。

「ダメダメです。ずぶずぶです。グチャグチャです」
「そうかな」
「そうですよ。……だから」

 華は僕に抱きつく。

「離れたら、ダメです。私たちは」
「……いいの?」
「通信制に転校とか、それこそ私も留学してみちゃおうかな」

 誰かさんのおかげで成績はいいんです、なんて華はうそぶく。

「リスニングがハイパーダメダメ耳がおかしいんじゃないの鼓膜あります? って感じなのに?」
「……噛みますよ」

 僕の喉元で華は言う。僕は笑った。

「いいよ、噛み殺して」

 それは少し、うっとりとする想像だった。華の白い歯。

「へぇ」

 挑発的に笑った華は、僕の頸動脈を噛む代わりに、ちゅうと首に吸い付いた。

「ふっふ、お返しです。消えるまで大変だったんですから」

 華は自分の首を指差して笑うから、僕は目を細めた。
 華はハッと手で自分の首を隠すけど、遅い遅い。

「ひゃうん」
「なにその色気もなにもない声は」

 ついでに、ぺろりと舐めてあげる。
 びくりとカラダを揺らす感じやすくてチョロ可愛い華は僕を恨みがましい目で見上げて、僕は笑った。
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