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【高校編】分岐・鹿王院樹

はじまり、はじまり【樹ルート本編完結、エピローグ等少しだけ続きます】

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「これで全部かなー」
「結構な荷物になったね」

 大村さんが教科書を紙袋に詰めてくれながら言う。

「だねぇ」

 そう返しながら、私は教室を見回す。
 今日で、この学校ともお別れ。
 私はさっきみんなに貰った色紙を丁寧に鞄に入れた。
 窓の外はすっかり夏の日差し。
 教室の中は空調で過ごしやすいけれど、きっと屋外は暑くてたまらないのだろう。
 今日は一学期の終業式。私の、最後の登校日、だった。

「迎えが来てるの?」
「うん、運転手さん来てくれてる」
「そこまで荷物、運ぼうか?」

 私のことを、というよりは私のお腹を気遣って、大村さんは言ってくれる。
 ちょっと目立つようになってきたお腹では、元気いっぱいに赤ちゃんが育っているみたいだった。
 最近は動いてるのもはっきり分かる。ポコポコ、もぞもぞ、って感じ。ぐいーってお腹を押されてると可愛いなと思う。
 そんな話を大村さんにしてると、大村さんはちょっと真剣に言う。

「いとこのお姉ちゃん、臨月のころ骨折したから気をつけてね」
「こ、骨折!?」
「骨折っていうか、うん。アバラ蹴られてビビが」
「ひぇっ」

 な、なにそれ!?
 そんなに強くなるの!?
 思わずお腹に手を当てた。

「お、お手柔らかにお願いします……!」

 大村さんは少し楽しそうに笑って、私のお腹に優しく触れる。

「元気な赤ちゃん産んでね」
「……うん」

 お腹でうにょん、と赤ちゃんがうごく。どうやら女の子らしい、と言われたのは昨日の検診で。

「ところで荷物」
「あ、えっとね」

 そう答えたところで、がらりと教室のドアが開いた。

「華、準備できただろうか」

 その声を聞いて、大村さんは笑う。

「ああ、旦那さんのお迎え付きね」
「旦那さん」

 思わず復唱。
 樹くんと籍を入れてまだ1ヶ月とすこし、まだ色んなことに慣れてない。

「旦那さんじゃん」
「や、そ、そうなんだけど」

 照れてもじもじしてしまう。恥ずかしいなぁ。樹くんも変な顔してた。……照れてるな?
 目が合う。ふと緩んだ優しい表情に、私もそっと微笑みをかえした。

「あーもう、いちゃつかないでよダブル鹿王院!」

 変なあだ名を付けられてしまった。ダブル鹿王院かぁ。

「ていうか、未だに慣れないんだよね。設楽さんのこと、鹿王院さんって呼ぶの」
「あのね、あの。すっごい今更なんだけど」
「ん?」
「華、って呼んでもらえたら」

 嬉しいなぁ、って言葉はうまく言えなかった。大村さんにぎゅうぎゅう抱きしめられていた。

「お、大村さん?」
「……ミクでいいってば、華」

 顔を上げた大村さん……ミクちゃんは、泣いていた。

「ミクちゃん」
「元気でね」

 ぽろぽろ、とミクちゃんの瞳から綺麗な涙が溢れていく。
 窓から入る夏の日差しで、キラキラと光るそれを、私は目に焼き付けた。

「明後日会うよね?」

 お茶しようって話になっていたのです。

「それとこれとは別!」

 むにゅっと鼻を摘まれた。
 私が笑うと、ミクちゃんも泣きながら笑ってくれた。
 教室を出て、樹くんと並んで歩く。樹くんは私の荷物を抱えて、歩調を私に合わせながら歩いてくれる。

「少しくらい、持てるのに」

 荷物を見ながら言うと、樹くんは首を振る。

「重いものなんか、持たせられるか」
「大丈夫なのに」

 ふふ、と笑う。

「そんなこと言ってたらさ、2人目とかどうするの? この子抱えて妊娠期過ごさなきゃなのに」

 この子、とお腹を撫でながら言う。
 樹くんはぽかんとした顔をしてる。

「樹くん?」
「……いや、そう、か」

 やがて笑った。

「2人でも5人でも、養えるように頑張らねばと思って」
「いや5人は無理」
「フットサルチームを」
「私と樹くん合わせて5人!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら廊下を歩く。樹くんは時折、楽しげに笑う。もちろん、私も。

(ああ、眩しい)

 窓の外の桜の木は、すっかり濃い緑色。あの日咲いていた桜は、とっくに散りさって行った。
 あの"断罪"のあと、数日後ーー桜が散るのをよく分からない感情で眺めていた、そんな春の終わりに私はハタと気がついた。

(もう、シナリオも運命もないんだ)

 "ゲーム"は終わった。ここから先は、ほんとうに自分で選んでいく未来。
 葉桜を過ぎ、緑は色を濃くしてーーいずれ色づき、散っていくのだろう。そしてまた花を咲かせる。
 それを私は、この人と見つめていく。

「華」

 樹くんはふと立ち止まる。

「なに?」
「これからも、よろしく」

 そう言って笑う樹くんに、私はゆっくりと頷いた。
 楽しいことばかりじゃないだろう。悲しいことや苦しいこともたくさんあるはずだ。けれど、だけれどーー樹くんとなら、乗り越えていける。

 これで、私が運命とやらに抗った7年間の話はおしまい。

 だけれど、終わらない。

 始まっていく。
 続いていく。
 これからも、この先も、ずっとずっと。

 私はそっと樹くんに寄り添った。
 私はこの人と、歩いていく。

「はじまり、はじまり」

 そう呟いた私を樹くんは少し不思議そうに見てから、それからゆっくり、幸せそうに笑った。
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