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【高校編】分岐・鍋島真

軟禁

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 は、と目が覚めた。

「……寝てた」

 私は軽く眉を寄せて起き上がる。寝てた寝てた。せっかくのハワイなのに。
 窓の外は青い空!
 ベランダまで行けばうみも見えるだろう。紺碧の海。ちょっとテンションが上がる。

(時差ぼけもあるのかな~)

 軽く首をストレッチ。
 真さんの姿はもうない。山に行っちゃったんだろう。

(……遊びに来たわけじゃないからなぁ)

 うーん、と背伸びをした。まぁ寂しくないと言えば嘘になるけれど、私は私で楽しく夏を満喫しちゃうのだ。

(青花もいないし~)

 そう思って、私は「あれ」と気がつく。なんやかんや、あの子のことは結構ストレスになっていたっぽい。

「……よーし、忘れるぞ」

 きょろ、と無駄に広い部屋(直前に決めたのにどうしてこんな部屋とれたんだろ、オンシーズンなのに)を見渡すと、さっきまで置いてあった例の黒い水着はもうなかった。

「着るなってことね」

 私は苦笑する。まぁどうせ着ないからいいけれど!
 ひとりでビーチに行く気もないし、と私は脱ぎ捨てられたロングワンピをいそいそと着る。
 まだ日も高いし、せっかくだから観光、観光!
 姿見に自分を映す。

「……やられた」

 まぁ至る所がキスマークだらけ!
 日本だと「付けないで」って私が怒るからだろうか、ここぞとばかりに……。

(でも、なんでだろう)

 それが嬉しかったりするのだ。
 薬指の指輪も、身体中のキスマークも。
 あの人に所有されている、っていう事実が狂おしいくらいに、嬉しくて、誇らしい。

「とはいえこれは恥ずかしい」

 むう、と鏡に映る自分を見つめる。とりあえずストールを巻いて、まぁこれで良しとしよう。
 るんるん、と部屋のドアを開けると、ホテルの絨毯が敷き詰められた廊下に、屈強な黒人の男の人がいた。
 2メートルくらいあるんじゃないかな……。暑いのにスーツに身を包み、サングラス、スーツ越しでも分かるムキムキ筋肉な肉体。

「……!?」

 思わず固まった私に、彼は微笑んだ。
 そして聞き取りやすいようにという配慮だろうか、ゆっくりとした英語で「お部屋にお戻りください、奥様」とこちらに手のひらを向ける。
 丁寧に、だけど、有無を言わせない口調で。

「……はは、いえーす、おーけーおーけー」

 バリバリのジャパニーズイングリッシュ的発音でそう返しながら部屋に戻る。ぱたりと閉まる扉。
 私はスマホを取り出して真さんに電話をかけるけれど、つながらない。くっ、仕方ない、あの人はほんとにオベンキョに来てるんだから……!
 でも……!
 私は広いベランダへ続くガラスの折れ扉を開いて、思い切り叫んだ。

「ほんとに軟禁するなんてー!!!」

 心配性にもほどがあるよっ!
 私はふかふか柔らかなベッドに思い切りダイブする。

「……こうなりゃ豪遊してやる」

 部屋の中でだけどっ!
 私はルームサービスのメニュー表を手に取った。知らないぞ支払いいくらになっても!

 翌々日、千晶ちゃんがやってきて開口一番に「なんで監禁されてるの華ちゃん?」と首を傾げた。

「……お兄さんに聞いて~」

 私は広いベランダでちゅー、とグァバジュースを飲みながら言う。
 目の前のガラステーブルにはフルーツの盛り合わせとお肉のグレイビーソース。盛り付けにたっぷりのポテトと色とりどりのお花。

「あっは、まぁ我が兄にしてはファインプレーね。華ちゃんひとりにしたら何するかわかんないし」
「しないよ! 大人だよ!」
「海外慣れてないでしょ? ダメだよいくら観光地でも、華ちゃんはひとりじゃダメ」
「むー」

 兄妹揃って心配性だ。

「じゃあ私、最初から千晶ちゃんとふたりでこっちきたらよくなかった?」
「飛行機にひとりで乗りたくなかったんじゃない?」
「えー」

 なんですかそれは。別に高所恐怖症ってわけでもないだろうに。

「じゃ、とりあえず観光いこうか」

 私は頷く。どうやら千晶ちゃんとなら外にでていいっぽいです。
 私たちがいるのはハワイはハワイ島。私が想像してた「ハワイ」はオアフ島みたいで、でもハワイ島にも色んな観光地がある。有名な火山もある!

「近くまで行くクルーズ船がでてるのよ」

 千晶ちゃんがパンフレット片手にそうほほえむ。ホテルのカウンターで予約できるみたい。

「夜の方が綺麗みたいだね」
「じゃあ今日はそれにしよう!」

 お夕食付きだ。

「イルカとかの見学クルーズもあるみたいだよ」
「イルカ!?」

 テンションが上がる。イルカ! 野生の! それは見てみたい。

「見れるかな」
「見れるといいね」

 千晶ちゃんも楽しげに笑う。

「ねぇ」
「ん?」
「……あの人ついて来るの?」
「……みたいだね」

 ふたりで振り返ると、例の黒人のお兄さんはにこっ! と白い歯を見せて微笑んだ。
 背後に彼がいるので、あたりの観光客も遠巻きに私たちを見ている。

「目立ってない?」
「ま、まぁ安全だよね」

 安全だろうけれども!

「一体どこの誰なの?」
「ジェームスさんって言うらしいよ」
「聞いたんだ……」

 千晶ちゃんは肩をすくめる。

「お兄様が知り合いの人から紹介された護衛の方みたいだよ」
「……私多分いるのになぁ、護衛さん」

 目立つようにはいないみたいだけれど、敦子さん多分、まだ私に護衛つけっぱだと思うんだよなぁ。

「あ、まだいるの?」
「わかんないけど~」
「まぁ多分ナンパ避けだから彼」

 私はちらり、とジェームスさんを見上げた。まぁ確かに、この3人組に声をかける勇気がある人はそうそういないだろうなぁ、と空を見上げた。
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