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【高校編】分岐・山ノ内瑛

手紙

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 そろそろ梅雨も明けそうな、そんな予感もし始めた7月のはじめ。
 ポストを開けると、白い封筒が入っていた。私宛て。
 くるりと裏返す。差出人の名前はない。

「?」

 誰だろう、そう思いながら家に入った。

「おかえり」
「あ、ただいまです」

 お手伝いさんの八重子さんに返事をすると、リビングの奥、ソファで本を読んでいたシュリちゃんが「遅かったわね」と本から顔を動かさずに言った。

「あは、帰りに友達とカフェ行ってて」
「ふーん」
「お土産あるよ~」

 持ち帰り用に売ってたクルミのマフィン。その紙袋を軽く持ち上げると、シュリちゃんはやっと反応した。

「……食べてやっても、いいけど?」
「みんなで食べよ」

 八重子さんもこっそり笑っている。まったく、ツンデレなんだからなぁ!
 八重子さんは紅茶を淹れ終わると「さて」とエプロンを外した。

「あれ? 帰るです?」
「そうなのー。お夕飯は冷蔵庫に入ってますからね」

 今日は用事なの、と八重子さんは笑った。

「息子が孫連れてきててね」
「あ、そうなんですか」

 じゃあ早く帰らなきゃだ。私はマフィンをラップで包んで紙袋にいれた。

「大量に買ってきてるし、お孫さんとどうぞ~」
「ありがと、じゃあありがたく頂きます」

 八重子さんはルンルンで帰って行った。久しぶりのお孫さん、可愛いんだろうなぁ。
 私はローテーブルに紅茶を運んで、私とシュリちゃんの分をティーカップに注いだ。

「……さっきから思ってたんだけど、変わった香りだね」
「ラプサンスーチョン。敦子叔母さんが誰だかに頂いたらしいわよ」
「ふーん?」

 すーちょんすーちょん、と言いながら私はそれを口に運ぶ。

「……美味しっ!?」
「ちょっとその雑な飲み方」

 怒られた。

「30パック298円の麦茶みたいな飲み方しないで」
「具体的~」

 うん、美味しい。シンプルな味のくるみマフィンに合う。

「そういえば、それなんなの」

 シュリちゃんに指差された先にあるのは、ローテーブルに置いたさっきの白い封筒。

「あ、なんだっけ」

 差出人がないんだった。
 ハサミを待ってきてチョキりと開封。

「……あ」

 思わず、そう声を出した。中にあったのは、何枚かの写真と小さいメモみたいな手紙。

「おかあさん」
「? 母親?」

 シュリちゃんが覗き込んでくる。
 小学校の運動会だと思う、どこかを見ながら笑い合ってる、私とお母さん。目線はカメラではないし、お母さんは少し見切れかけているけれどーー。
 メモに目を移す。

『こんにちは。
 最近になって、鎌倉で元気でおられるとのうわさを聞きました。
 昔の写真を同封します。あまり手元になくてすみません。
 また会いましょう』

 やっぱり差出人の名前はないけれど、……と、ふと気がつく。

(柚木くん?)

 柚木くんが、小学校の同級生の誰かに話してくれたのかもしれない。

(それでわざわざ、写真を?)

 住所と電話番号は、柚木くんに一応教えていたし。
 私は嬉しくて写真を眺める。全部で3枚。全て運動会のもので、親子競技に参加してるのもあった。
 不思議そうなシュリちゃんに、事情を説明する。

「へえ、わざわざ送ってくれたんだ」
「探してくれたのかなぁ」

 まじまじと写真を眺める。
 しあわせだった。思い出す。私はお母さんとふたりで、ふたりだけだったけど、幸せだった。

「……いいお母さんだったのね」

 ふと、シュリちゃんが目を細める。

「うん。大好きだった」
「そう」

 少しだけ寂しげにシュリちゃんは言って、座っていたソファに戻って紅茶に口をつけた。
 私はその写真を、自分の部屋に飾った。
 おかあさんとの写真。
 一枚は写真たてにいれて、一枚は手帳に挟んで、一枚はアルバムに綴じた。

「おかあさん」

 名前を呼ぶ。返事はないけれど、少し胸があったかくなった。
 それから数日後の土曜日の午前中、私は新横浜駅のベンチにいた。

「シウマイ弁当か……」
「なんぼでも食ったらええやん」
「けど私、京都でお昼も食べたいなぁって」
「ええやん別に、華はほっそいねんから」
「アキラくんって視力悪かったっけ?」

 お墓参りに付き合って、とアキラくんにそうお願いしてたお墓参り、ついに今日になった。
 今から新幹線で京都。お墓は京都の大きなお寺にあるらしい。

「両眼裸眼で1.5あんで」
「いいねぇ視力」

 さりげなく体重から話を逸らして、私は結局シウマイ弁当片手に新幹線に乗り込む。

「京都ではスイーツだけにしておくね」
「普通に食べや!」

 アキラくんは楽しげに笑った。
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