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【高校編】分岐・鹿王院樹
ストレス
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「大丈夫? 設楽さん、インフルエンザ長引いてたね」
大村さんにそう言われて、ああそういう理由になってたっけ、と私は頷いた。
「はい、これノートのコピー」
「わ、いいの?」
「うん」
大村さん、わざわざ私が休んでる間のノート、コピーしてたらしい。
「助かるよ~」
「いーのいーの」
大村さんはカラカラと笑う。
「それよりさ」
「? うん」
「あのー、まぁ、そのうち耳に入るだろうから先に言っておくとさ」
私はびくりと、ほんの少しだけ、身体を硬らせた。
(白井にされたこと、)
あの事件。まさか、噂になってる?
(報道はされていないはず)
どうしても嫌だ、ニュースにしないでほしい、と敦子さんに頼み込んだ。……それこそ、お嬢様特権だ。
敦子さんは「お願い」って形で各報道機関にやんわり圧力をかけてくれて、常盤みたいな大手スポンサーの言うことはスルリと通る。
(でも、もしかして、どこからか……)
不安になって、ちらりと大村さんを見ると不思議そうに首を傾げてきた。
「もしかして、もう聞いてる?」
「え、な、なにがっ!?」
「設楽さんのあだ名」
「……あだ名?」
「そう」
大村さんは苦笑いして続ける。
「女王陛下、だってさ」
ぶっ、と飲んでいたお茶を吹き出す。そ、それって「ゲーム」で「華」についてたあだ名ではっ!?
「ほら、設楽さんあんま評判良くないじゃない。基本」
「う、傷つくことを……」
誤解が誤解を生んで、靴箱に生ゴミ入れられたことがあるくらいだからなぁ。
「しかもさ、結構ガッツリ改革したでしょ校則。まぁ概ね好意的だけどさ、でも元々ワガママだとか噂あったから。設楽さん」
「うん」
「自分が好き勝手したいがために改革したんじゃないか、とか一部で」
「ちがうのにー!」
違うにっ!
(……いーけどさっ)
別に私がどう思われてようと、後輩さんたちが苦労しなけりゃ、それでさ。
(ちょっと寂しいけどねっ)
ほんの少し不服そうな顔をした私を、大村さんはヨシヨシと撫でる。
「大半の人は、ちゃんと分かってるからねー?」
「うん……」
「ま、そんなで。好きなように学園を牛耳る権力者、ってことで? 女王陛下とか揶揄してるみたい」
「んー」
なんとなく、そのあだ名の発信源も予想はつくけれど。
(……近寄らないのがいちばんだ)
背中に怖気が走る。もう、あんな目に遭いたくない。白井の息遣いは、時折耳元でフラッシュバックして、苦しくて仕方なくなる。
(だから、……けれど、でも)
戦うべきなのだと、思う。
負けたらそれまでなのだと、思う。
(だからといって、手は浮かばない)
そういう話を、樹くんにする。
「華」
「うん」
「華の、そういう芯が強い部分は素晴らしいと思うし尊敬している」
「え、えへへ」
思わず照れる。
「だが」
「うん」
「少し、任せて欲しい」
「……うん」
私はきゅ、と樹くんの服をつかむ。
「なにするか、教えてはもらえないの?」
「……あの男について、だったりするから」
あの男、っていうのは、多分、白井のこと。
「できれば、言いたくない」
「……ん」
私は引き下がった。私もまだ、冷静に聞ける自信がなかったから。
それからしばらく、校内で青花は少し大人しくなっていた。なんでかは、分からないけれど……樹くんが青花と話をしてるのをたまに見かける。
(……イラついてるなぁ)
明らかに不機嫌顔な樹くんと、頬を上気させて嬉しげに樹くんを見上げる青花。
「あれ、気がつかないのかな」
横にいた大村さんが、呆れたように言う。
「明らかに鹿王院くん、イラついてるじゃん。いまにも平手打ちくらいはしそうだよ」
「や、さすがに女子にそんなことは」
しないけど、でも、雰囲気的にはもうそんな感じだった。
(多分、探ってるんだと思うけれど)
青花の動向。……でも、正直ムリしないでほしい。
(ストレスで胃潰瘍とかになっちゃいそう……)
照れた時とはまた違う、深い深い眉間の皺。
ふと、青花と目が合う。勝ち誇った顔でこちらを見ている。
お腹の奥が波打つ。イラ、として……でも相手にすることもないか、と深呼吸して目をそらした。
(平常心、平常心)
そーだそーだ、いちいち相手にしてあげることもない。
踵を返して、やっと気がつく。なんで青花が大人しいのか。
(……樹くんが、相手してるから)
それで機嫌が良くて、私に突っかかってこないんだ……。
納得すると同時に、胸が痛んだ。樹くんに、私、守られすぎだよ。
せめてお返しがしたい、と数日後。バレンタイン前日に、私はキッチンに立っていた。
「ガトーショコラをつくります」
「お手伝いいたします」
鹿王院家のお手伝いさん、吉田さんの尽力で、なんとか私はガトーショコラを完成させる。
「良かった~」
「樹さまもお喜びになりますわ」
「吉田さんのお陰です」
ありがとうございます、と笑うと、ニコリと笑い返された。ありがたいことです。
「味見致しましょうか」
「ですね、ですです」
もはやこれのために頑張った、と言っても過言では……いやいや、樹くんへの日頃の感謝の何かアレですけれども!? 味見くらいはねぇ、えへへ、と口に入れた瞬間、なんだか妙な吐き気が私を襲う。
「げほっ」
シンクで少し吐いた私の背中を、慌てて吉田さんは撫でてくれた。
「華さま、どうされましたか」
「い、いえなんか、急に……それ、大丈夫ですよね?」
それ、と指差したガトーショコラを、吉田さんもぱくり。
「……いたって普通のガトーショコラでございます」
「んー、なんなんだろ」
口に、あの甘ったるいものが入った瞬間に、胃がきゅっと縮んだように感じたのでした。
大村さんにそう言われて、ああそういう理由になってたっけ、と私は頷いた。
「はい、これノートのコピー」
「わ、いいの?」
「うん」
大村さん、わざわざ私が休んでる間のノート、コピーしてたらしい。
「助かるよ~」
「いーのいーの」
大村さんはカラカラと笑う。
「それよりさ」
「? うん」
「あのー、まぁ、そのうち耳に入るだろうから先に言っておくとさ」
私はびくりと、ほんの少しだけ、身体を硬らせた。
(白井にされたこと、)
あの事件。まさか、噂になってる?
(報道はされていないはず)
どうしても嫌だ、ニュースにしないでほしい、と敦子さんに頼み込んだ。……それこそ、お嬢様特権だ。
敦子さんは「お願い」って形で各報道機関にやんわり圧力をかけてくれて、常盤みたいな大手スポンサーの言うことはスルリと通る。
(でも、もしかして、どこからか……)
不安になって、ちらりと大村さんを見ると不思議そうに首を傾げてきた。
「もしかして、もう聞いてる?」
「え、な、なにがっ!?」
「設楽さんのあだ名」
「……あだ名?」
「そう」
大村さんは苦笑いして続ける。
「女王陛下、だってさ」
ぶっ、と飲んでいたお茶を吹き出す。そ、それって「ゲーム」で「華」についてたあだ名ではっ!?
「ほら、設楽さんあんま評判良くないじゃない。基本」
「う、傷つくことを……」
誤解が誤解を生んで、靴箱に生ゴミ入れられたことがあるくらいだからなぁ。
「しかもさ、結構ガッツリ改革したでしょ校則。まぁ概ね好意的だけどさ、でも元々ワガママだとか噂あったから。設楽さん」
「うん」
「自分が好き勝手したいがために改革したんじゃないか、とか一部で」
「ちがうのにー!」
違うにっ!
(……いーけどさっ)
別に私がどう思われてようと、後輩さんたちが苦労しなけりゃ、それでさ。
(ちょっと寂しいけどねっ)
ほんの少し不服そうな顔をした私を、大村さんはヨシヨシと撫でる。
「大半の人は、ちゃんと分かってるからねー?」
「うん……」
「ま、そんなで。好きなように学園を牛耳る権力者、ってことで? 女王陛下とか揶揄してるみたい」
「んー」
なんとなく、そのあだ名の発信源も予想はつくけれど。
(……近寄らないのがいちばんだ)
背中に怖気が走る。もう、あんな目に遭いたくない。白井の息遣いは、時折耳元でフラッシュバックして、苦しくて仕方なくなる。
(だから、……けれど、でも)
戦うべきなのだと、思う。
負けたらそれまでなのだと、思う。
(だからといって、手は浮かばない)
そういう話を、樹くんにする。
「華」
「うん」
「華の、そういう芯が強い部分は素晴らしいと思うし尊敬している」
「え、えへへ」
思わず照れる。
「だが」
「うん」
「少し、任せて欲しい」
「……うん」
私はきゅ、と樹くんの服をつかむ。
「なにするか、教えてはもらえないの?」
「……あの男について、だったりするから」
あの男、っていうのは、多分、白井のこと。
「できれば、言いたくない」
「……ん」
私は引き下がった。私もまだ、冷静に聞ける自信がなかったから。
それからしばらく、校内で青花は少し大人しくなっていた。なんでかは、分からないけれど……樹くんが青花と話をしてるのをたまに見かける。
(……イラついてるなぁ)
明らかに不機嫌顔な樹くんと、頬を上気させて嬉しげに樹くんを見上げる青花。
「あれ、気がつかないのかな」
横にいた大村さんが、呆れたように言う。
「明らかに鹿王院くん、イラついてるじゃん。いまにも平手打ちくらいはしそうだよ」
「や、さすがに女子にそんなことは」
しないけど、でも、雰囲気的にはもうそんな感じだった。
(多分、探ってるんだと思うけれど)
青花の動向。……でも、正直ムリしないでほしい。
(ストレスで胃潰瘍とかになっちゃいそう……)
照れた時とはまた違う、深い深い眉間の皺。
ふと、青花と目が合う。勝ち誇った顔でこちらを見ている。
お腹の奥が波打つ。イラ、として……でも相手にすることもないか、と深呼吸して目をそらした。
(平常心、平常心)
そーだそーだ、いちいち相手にしてあげることもない。
踵を返して、やっと気がつく。なんで青花が大人しいのか。
(……樹くんが、相手してるから)
それで機嫌が良くて、私に突っかかってこないんだ……。
納得すると同時に、胸が痛んだ。樹くんに、私、守られすぎだよ。
せめてお返しがしたい、と数日後。バレンタイン前日に、私はキッチンに立っていた。
「ガトーショコラをつくります」
「お手伝いいたします」
鹿王院家のお手伝いさん、吉田さんの尽力で、なんとか私はガトーショコラを完成させる。
「良かった~」
「樹さまもお喜びになりますわ」
「吉田さんのお陰です」
ありがとうございます、と笑うと、ニコリと笑い返された。ありがたいことです。
「味見致しましょうか」
「ですね、ですです」
もはやこれのために頑張った、と言っても過言では……いやいや、樹くんへの日頃の感謝の何かアレですけれども!? 味見くらいはねぇ、えへへ、と口に入れた瞬間、なんだか妙な吐き気が私を襲う。
「げほっ」
シンクで少し吐いた私の背中を、慌てて吉田さんは撫でてくれた。
「華さま、どうされましたか」
「い、いえなんか、急に……それ、大丈夫ですよね?」
それ、と指差したガトーショコラを、吉田さんもぱくり。
「……いたって普通のガトーショコラでございます」
「んー、なんなんだろ」
口に、あの甘ったるいものが入った瞬間に、胃がきゅっと縮んだように感じたのでした。
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