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【高校編】分岐・黒田健
「ぶっ飛んでる」
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黒田くんの話を聞いて、私はさすがに無言になった。
黒田くんの後輩のお友達さんのお話によるとーー直接的な証拠はなくて、あくまで状況証拠だけ、らしいんだけれどーー。
中学一年生のある朝、普通の「いつも通り」だったはずの朝、お友達さんが学校へ行くと、隣のクラス……桜澤青花のクラスがやけにしん、としていた。
お友達さんは不思議に思って教室を覗き込むと、青花がひとり、席に座って外を眺めていたらしい。
「桜澤さん、おはよう」
お友達さんは、とりあえずそう声をかけた。青花はゆっくりと、あの小動物を思わせる可愛らしいカンバセを綻ばせて「おはよう」と答えた、とのことだ。
「みんなは? 移動クラス?」
青花は首を振る。そして、笑って続けた。
「多分ね、先生も来ないよ」
果たして、そうなった。とりあえずお友達さんのクラスの担任が青花を帰宅させーー翌日からは、別のクラスに編入したとのこと、だ。
青花のクラスで何が起きたのかは、誰にも分からない。誰もが口をつぐんでいるから。
それから新しいクラスでも、次々にイジメが巻き起こった。イジメと、人間関係のいざこざとーーけれど、表面的には青花は無関係だった。
だけれど、後から俯瞰するに、とお友達さんは言うらしい。
「全部の話を聞いてるとさ、なんか、ぼんやりだけど、桜澤さんが浮かびあがんだよ。もちろんハッキリじゃないんだけれど」
でも、すべてのトラブルの樹形図の行き着く先に「桜澤青花」の姿がある、らしいのだった。
(誰かを傷つける時だけがリアルだ、って言ってた)
私は通話が終わったあとのスマホを見つめながら、背中がヒンヤリするのを感じていた。
前世の記憶が戻ってすぐの、あの感覚ーーどこかヒトゴトのような。ひとつ膜が張ってるみたいな、そんな感覚。
(あれがずっと続くとすれば)
続いていたならば、私はーー果たして平静でいられただろうか?
"正常"で、いられただろうか?
破壊衝動、そんな感じのものに耐えられただろうか?
……自信は、ない。
(だとすれば)
私は思う。だとするならばーー青花の今の姿は、ありえたかもしれない、私の未来だ。
そんな話を、その翌日、黒田くんにする。
「だから、なんとなく、ヒトゴトじゃない」
「……あのさ設楽」
「なぁに?」
駅前のファーストフード店、なぜか黒田くんにぽいぽいとポテトを口に突っ込まれながら首をかしげる。
「設楽はな、もしそんな状態が続いてたとしても」
黒田くんは自分の口にもポテトを入れながら、少しだけ方頬をあげた。
「続いてたとしても?」
「桜澤みてーにはなんねぇよ」
私はきょとん、とポテトを咀嚼する。そうだろうか?
(あの感覚は)
味わった人にしか、分からないーー。
「設楽ならな、その衝動は自分に向くよ」
「……私?」
ん、と黒田くんは頷いた。
「傷つける対象は、……あんま想像したくねぇけど設楽自身だったはずだ」
自傷ってやつ、と黒田くんは言う。
「そ、かな?」
「他人を傷つけるよりは、自分が傷つくことを選ぶ人間だよ、お前は」
ポテトを食みながら、少し想像する。たしかにーー私が善良な人間だからって訳じゃなくって、単に誰かを傷つけてしまったならば、罪悪感で苦しすぎるだろうからーー仮に破壊衝動が湧いたとして、その矛先は自分自身になっていたのかも、しれなかぅた。
「……かも」
「同一視なんかすんな、設楽」
黒田くんは淡々と言う。
「あーいうのにはな、感情あんま寄せるな。飲み込まれるぞ」
「飲み込まれる?」
「ん。だから」
黒田くんは、真剣に私を見つめる。
「とにかく、関わるな」
「……はい」
「何かあったらソッコー言え。俺か鹿王院、それから相良」
「……せんせー?」
黒田くんは頷く。
「つうか誰でもいいや。とにかくアイツを目にしたら報告しろ」
「そんな大袈裟な、」
「大袈裟なんかじゃねーんだ設楽」
黒田くんはぽつりと言った。
「何年か前、公園で鳩の大量死があったろ」
「……あったねぇ」
餌に農薬が混ぜられてた、とかなんとか。
「そん時に補導されてんのが、桜澤だ」
「……え」
「勉強のストレスでどうのって話で、ほとんど無罪放免だったらしいんだけど」
「……うん」
「マジでなにすっかわかんねえから」
読めねえ、と黒田くんは眉間にシワを寄せた。
「……つうか、そろそろ送るわ」
窓の外をつい、と見る。たしかにもう真っ暗だ。
「あ、ごめん。ありがとう」
「毎日送迎してーんだけど」
「あは、大丈夫」
私は肩をすくめた。
「もうね、黒田くんいない時は島津さんに来てもらうことにする」
「そーしろ」
運転手の島津さん。黒田くんは少しだけ安心したように言った。
手を繋いで、暗い道を帰宅しているときーー公園に差し掛かって、私たちは無言で「それ」を見つめた。
さっきまで生きていたであろう、カラスーーその、死体。
「これ、って」
「……」
黒田くんは無言で手をぎゅうと握る。
一羽だけなら、まだ、分かる。けれど、数羽の群れが、皆、一様に地面に横たわり、どれもこれもクチバシから漏れた吐瀉物であろうなにかに塗れていた。
「……でかくなってんな」
黒田くんが小さく言った。その意味は、分からなかった。
黒田くんの後輩のお友達さんのお話によるとーー直接的な証拠はなくて、あくまで状況証拠だけ、らしいんだけれどーー。
中学一年生のある朝、普通の「いつも通り」だったはずの朝、お友達さんが学校へ行くと、隣のクラス……桜澤青花のクラスがやけにしん、としていた。
お友達さんは不思議に思って教室を覗き込むと、青花がひとり、席に座って外を眺めていたらしい。
「桜澤さん、おはよう」
お友達さんは、とりあえずそう声をかけた。青花はゆっくりと、あの小動物を思わせる可愛らしいカンバセを綻ばせて「おはよう」と答えた、とのことだ。
「みんなは? 移動クラス?」
青花は首を振る。そして、笑って続けた。
「多分ね、先生も来ないよ」
果たして、そうなった。とりあえずお友達さんのクラスの担任が青花を帰宅させーー翌日からは、別のクラスに編入したとのこと、だ。
青花のクラスで何が起きたのかは、誰にも分からない。誰もが口をつぐんでいるから。
それから新しいクラスでも、次々にイジメが巻き起こった。イジメと、人間関係のいざこざとーーけれど、表面的には青花は無関係だった。
だけれど、後から俯瞰するに、とお友達さんは言うらしい。
「全部の話を聞いてるとさ、なんか、ぼんやりだけど、桜澤さんが浮かびあがんだよ。もちろんハッキリじゃないんだけれど」
でも、すべてのトラブルの樹形図の行き着く先に「桜澤青花」の姿がある、らしいのだった。
(誰かを傷つける時だけがリアルだ、って言ってた)
私は通話が終わったあとのスマホを見つめながら、背中がヒンヤリするのを感じていた。
前世の記憶が戻ってすぐの、あの感覚ーーどこかヒトゴトのような。ひとつ膜が張ってるみたいな、そんな感覚。
(あれがずっと続くとすれば)
続いていたならば、私はーー果たして平静でいられただろうか?
"正常"で、いられただろうか?
破壊衝動、そんな感じのものに耐えられただろうか?
……自信は、ない。
(だとすれば)
私は思う。だとするならばーー青花の今の姿は、ありえたかもしれない、私の未来だ。
そんな話を、その翌日、黒田くんにする。
「だから、なんとなく、ヒトゴトじゃない」
「……あのさ設楽」
「なぁに?」
駅前のファーストフード店、なぜか黒田くんにぽいぽいとポテトを口に突っ込まれながら首をかしげる。
「設楽はな、もしそんな状態が続いてたとしても」
黒田くんは自分の口にもポテトを入れながら、少しだけ方頬をあげた。
「続いてたとしても?」
「桜澤みてーにはなんねぇよ」
私はきょとん、とポテトを咀嚼する。そうだろうか?
(あの感覚は)
味わった人にしか、分からないーー。
「設楽ならな、その衝動は自分に向くよ」
「……私?」
ん、と黒田くんは頷いた。
「傷つける対象は、……あんま想像したくねぇけど設楽自身だったはずだ」
自傷ってやつ、と黒田くんは言う。
「そ、かな?」
「他人を傷つけるよりは、自分が傷つくことを選ぶ人間だよ、お前は」
ポテトを食みながら、少し想像する。たしかにーー私が善良な人間だからって訳じゃなくって、単に誰かを傷つけてしまったならば、罪悪感で苦しすぎるだろうからーー仮に破壊衝動が湧いたとして、その矛先は自分自身になっていたのかも、しれなかぅた。
「……かも」
「同一視なんかすんな、設楽」
黒田くんは淡々と言う。
「あーいうのにはな、感情あんま寄せるな。飲み込まれるぞ」
「飲み込まれる?」
「ん。だから」
黒田くんは、真剣に私を見つめる。
「とにかく、関わるな」
「……はい」
「何かあったらソッコー言え。俺か鹿王院、それから相良」
「……せんせー?」
黒田くんは頷く。
「つうか誰でもいいや。とにかくアイツを目にしたら報告しろ」
「そんな大袈裟な、」
「大袈裟なんかじゃねーんだ設楽」
黒田くんはぽつりと言った。
「何年か前、公園で鳩の大量死があったろ」
「……あったねぇ」
餌に農薬が混ぜられてた、とかなんとか。
「そん時に補導されてんのが、桜澤だ」
「……え」
「勉強のストレスでどうのって話で、ほとんど無罪放免だったらしいんだけど」
「……うん」
「マジでなにすっかわかんねえから」
読めねえ、と黒田くんは眉間にシワを寄せた。
「……つうか、そろそろ送るわ」
窓の外をつい、と見る。たしかにもう真っ暗だ。
「あ、ごめん。ありがとう」
「毎日送迎してーんだけど」
「あは、大丈夫」
私は肩をすくめた。
「もうね、黒田くんいない時は島津さんに来てもらうことにする」
「そーしろ」
運転手の島津さん。黒田くんは少しだけ安心したように言った。
手を繋いで、暗い道を帰宅しているときーー公園に差し掛かって、私たちは無言で「それ」を見つめた。
さっきまで生きていたであろう、カラスーーその、死体。
「これ、って」
「……」
黒田くんは無言で手をぎゅうと握る。
一羽だけなら、まだ、分かる。けれど、数羽の群れが、皆、一様に地面に横たわり、どれもこれもクチバシから漏れた吐瀉物であろうなにかに塗れていた。
「……でかくなってんな」
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