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【高校編】分岐・鍋島真
【side真】花芯と管
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これは華には伝えないほうがいいな、と僕は思った。
目の前で眠るのは、痩せ細った女の子。
窓の外には、青空と、ちらりちらりと散る桜。
桜澤青花に「いじめ」を受けていた女の子は、いま、たくさんの管を身体につけて、ただ眠り続けている。
「飛び降り、でした」
その女の子と小学生の頃同級生だった、っていう男の子は小さく呟いた。いわゆる、幼馴染ーー。
「何があったかは、教えてくれませんでした」
男の子はぽつりぽつりと話す。
「中学、オレは私立に行って、離れてしまって」
黙って続きを待った。
「たまに会う時は、元気そうで」
桜は花芯に光を浴びて、きらきらしい。
「だから、こうなってから。なにがあったか。同級生に話聞いたり……調べて」
少年は唇を噛み締めて、耐えるように震えた。その女の子に何があったか……。
もし華がこの少女で、この少年が僕なら。
(僕は迷わず、あの女を殺す)
復讐からはなにも生まれない?
知るか。
だから、この少年は。
「……鍋島さん、でしたっけ」
「うん」
「ありがとうございました」
「うん」
「止めてもらえなかったら、オレは」
僕は少年を見た。少年はじっと女の子を見つめている。あらゆる方法で、機械的に生かされている女の子を。
「気持ちは分かるよ」
僕はぽつり、と言った。
この少年を見つけたのは、たまたまだった。尿路結石、じゃないや桜澤青花を調べていて、本当に、たまたま。
「殺しちゃダメだよ」
「それは」
少年の声が震える。
「ひととして、ですか?」
「いいや?」
僕は首を振る。
「そんなんじゃ、あの女は何も感じないからだよ。きっと後悔もしない。必要なのは」
じっと少年を見つめた。少年は僕と目を合わせる。
「恐怖」
「……恐怖?」
「そう」
僕は微笑んだ。できるだけ、ゆったり。少年は、再び眠る少女に目線を戻す。
この女の子は、桜澤青花から逃れるように転校した。
それでも、あの尿路結石ガールと離れてさえ、受けた傷が大きすぎた。耐えられないくらいに。
僕はほんの刹那、想像する。真夜中のマンションの5階、そのベランダから見る景色と、吹いていたであろう冬の風と、重力に身を任せた瞬間の彼女の感情についてーーせめて、それが安堵であればいいと僕は思う。
「彼女の自殺未遂の原因が、結局のところなんであったかは分からない」
「……遺書もありませんでした」
「ただ」
少年は僕を見る。
「その、いじめの主犯格、桜澤青花がいま狙ってるのが。僕の大事なひと」
少年は絶句した。
「……反省も、していないんですか」
僕は答えなかった。それどころか、多分尿路結石は彼女の飛び降り、それすらも知らない。興味がないのだろう。
「や、やっぱり、ゆるせ、ない」
静かな激昂で、声が震えた。瞳が落ち着かずに揺れる。
「落ち着いて」
僕は意識的に、穏やかな声を出した。この子を暴走させるつもりはない。
「ただ、この子になにがあったのか、僕は知りたいんだ」
「……こいつ、飛び降りる前から少し痩せ始めてて」
「うん」
「こいつの母親の話だと、急に食べるのを嫌がり始めたって」
しゅこー、しゅこー、と呼吸器の音が静かに聞こえる。
「口にものを入れるのが、嫌になったって」
僕は黙って聞いていた。口に、ものを。華も絶句してた、あの件以降だろうか。
「鍋島さん」
「なに?」
「オレが知ってること、全てお話します」
「……うん」
「だから、だから」
少年は縋るように僕を見上げる。
「どうか、あの女に」
死よりも恐ろしいものを与えてやってください。
少年はそう言った。
ヒトはどこまでも残酷になれる。
大事なものを守るためなら。
大事なものを奪われたのなら。
病院を出て、僕は大学へ向かう。僕はこう見えて忙しい、理系に転学したせいで履修してない授業が恐ろしいくらいにたくさんあった。
「検事サンになっても良かったかも」
被害者のために法的に何かできるのは、恐らく彼らだけでーーと、僕は首を振る。なんだか僕らしくないなぁ。誰の影響だろ嫌になっちゃう。
すっかり暗くなってから、都内のマンションに帰宅すると電気が付いていた。
「あ、おかえりなさい」
制服の上にエプロンを着て、華が台所で笑っていた。
「そろそろご飯作り置きしておこうかなぁって」
「うん」
後ろから華を抱きしめる。
「邪魔ですよう」
くすぐったそうに、華は笑う。
「いいじゃん、新婚さんじゃん」
「そうですけど、私いまシチュー作ってて」
「何シチュー?」
「野菜」
お肉がいいよ、と僕は甘えるように、ていうか甘えて華の首筋に鼻を寄せる。
「もう冷凍しちゃってますけど、お肉は筑前煮が」
「ねえなんで健康メニューなの」
「尿路結石になりたくないからです」
「……今日は何もされてない?」
「へ? あ、はい。なんか教科書がどーのこーの言ってましたけど」
「教科書?」
「多分、ファミレスで話してたやつ」
教科書、華にぼろぼろにされたとか主張するとかいうやつだ。
「私、今日委員会で休み時間も誰かしらといたので、アリバイばっちり」
「なるほどね」
「というか、多分実行した時間が全校集会のときで。私、その時壇上にいたんで」
さすがに吹き出した。それは結石ちゃん、あまりに考え無しなんじゃない?
「まぁ、取り巻きがどーのとか言ってましたけど」
「大丈夫だよ華」
僕は耳元でそう告げる。
「明日からは結石ちゃん、少し大人しくなるからね」
「……何したんです?」
「まだなんにも?」
僕は微笑んだ。
「ねえところで華」
「なんですか」
「サイコホラーサスペンス、好き?」
「は? ……や、好きじゃないですけど」
「そ?」
桜澤は好きだといいね。
微笑んで、華の身体に優しく触れる。華の身体から力が抜けて、僕は思わずくすくす笑う。
「こんなとこで、」
「いいじゃん新婚さんなんだから」
エプロン着てるのが悪いよ、というと華は「どうしろと!」と小さく抵抗した。全く可愛いから仕方ない、僕の奥さんは。
目の前で眠るのは、痩せ細った女の子。
窓の外には、青空と、ちらりちらりと散る桜。
桜澤青花に「いじめ」を受けていた女の子は、いま、たくさんの管を身体につけて、ただ眠り続けている。
「飛び降り、でした」
その女の子と小学生の頃同級生だった、っていう男の子は小さく呟いた。いわゆる、幼馴染ーー。
「何があったかは、教えてくれませんでした」
男の子はぽつりぽつりと話す。
「中学、オレは私立に行って、離れてしまって」
黙って続きを待った。
「たまに会う時は、元気そうで」
桜は花芯に光を浴びて、きらきらしい。
「だから、こうなってから。なにがあったか。同級生に話聞いたり……調べて」
少年は唇を噛み締めて、耐えるように震えた。その女の子に何があったか……。
もし華がこの少女で、この少年が僕なら。
(僕は迷わず、あの女を殺す)
復讐からはなにも生まれない?
知るか。
だから、この少年は。
「……鍋島さん、でしたっけ」
「うん」
「ありがとうございました」
「うん」
「止めてもらえなかったら、オレは」
僕は少年を見た。少年はじっと女の子を見つめている。あらゆる方法で、機械的に生かされている女の子を。
「気持ちは分かるよ」
僕はぽつり、と言った。
この少年を見つけたのは、たまたまだった。尿路結石、じゃないや桜澤青花を調べていて、本当に、たまたま。
「殺しちゃダメだよ」
「それは」
少年の声が震える。
「ひととして、ですか?」
「いいや?」
僕は首を振る。
「そんなんじゃ、あの女は何も感じないからだよ。きっと後悔もしない。必要なのは」
じっと少年を見つめた。少年は僕と目を合わせる。
「恐怖」
「……恐怖?」
「そう」
僕は微笑んだ。できるだけ、ゆったり。少年は、再び眠る少女に目線を戻す。
この女の子は、桜澤青花から逃れるように転校した。
それでも、あの尿路結石ガールと離れてさえ、受けた傷が大きすぎた。耐えられないくらいに。
僕はほんの刹那、想像する。真夜中のマンションの5階、そのベランダから見る景色と、吹いていたであろう冬の風と、重力に身を任せた瞬間の彼女の感情についてーーせめて、それが安堵であればいいと僕は思う。
「彼女の自殺未遂の原因が、結局のところなんであったかは分からない」
「……遺書もありませんでした」
「ただ」
少年は僕を見る。
「その、いじめの主犯格、桜澤青花がいま狙ってるのが。僕の大事なひと」
少年は絶句した。
「……反省も、していないんですか」
僕は答えなかった。それどころか、多分尿路結石は彼女の飛び降り、それすらも知らない。興味がないのだろう。
「や、やっぱり、ゆるせ、ない」
静かな激昂で、声が震えた。瞳が落ち着かずに揺れる。
「落ち着いて」
僕は意識的に、穏やかな声を出した。この子を暴走させるつもりはない。
「ただ、この子になにがあったのか、僕は知りたいんだ」
「……こいつ、飛び降りる前から少し痩せ始めてて」
「うん」
「こいつの母親の話だと、急に食べるのを嫌がり始めたって」
しゅこー、しゅこー、と呼吸器の音が静かに聞こえる。
「口にものを入れるのが、嫌になったって」
僕は黙って聞いていた。口に、ものを。華も絶句してた、あの件以降だろうか。
「鍋島さん」
「なに?」
「オレが知ってること、全てお話します」
「……うん」
「だから、だから」
少年は縋るように僕を見上げる。
「どうか、あの女に」
死よりも恐ろしいものを与えてやってください。
少年はそう言った。
ヒトはどこまでも残酷になれる。
大事なものを守るためなら。
大事なものを奪われたのなら。
病院を出て、僕は大学へ向かう。僕はこう見えて忙しい、理系に転学したせいで履修してない授業が恐ろしいくらいにたくさんあった。
「検事サンになっても良かったかも」
被害者のために法的に何かできるのは、恐らく彼らだけでーーと、僕は首を振る。なんだか僕らしくないなぁ。誰の影響だろ嫌になっちゃう。
すっかり暗くなってから、都内のマンションに帰宅すると電気が付いていた。
「あ、おかえりなさい」
制服の上にエプロンを着て、華が台所で笑っていた。
「そろそろご飯作り置きしておこうかなぁって」
「うん」
後ろから華を抱きしめる。
「邪魔ですよう」
くすぐったそうに、華は笑う。
「いいじゃん、新婚さんじゃん」
「そうですけど、私いまシチュー作ってて」
「何シチュー?」
「野菜」
お肉がいいよ、と僕は甘えるように、ていうか甘えて華の首筋に鼻を寄せる。
「もう冷凍しちゃってますけど、お肉は筑前煮が」
「ねえなんで健康メニューなの」
「尿路結石になりたくないからです」
「……今日は何もされてない?」
「へ? あ、はい。なんか教科書がどーのこーの言ってましたけど」
「教科書?」
「多分、ファミレスで話してたやつ」
教科書、華にぼろぼろにされたとか主張するとかいうやつだ。
「私、今日委員会で休み時間も誰かしらといたので、アリバイばっちり」
「なるほどね」
「というか、多分実行した時間が全校集会のときで。私、その時壇上にいたんで」
さすがに吹き出した。それは結石ちゃん、あまりに考え無しなんじゃない?
「まぁ、取り巻きがどーのとか言ってましたけど」
「大丈夫だよ華」
僕は耳元でそう告げる。
「明日からは結石ちゃん、少し大人しくなるからね」
「……何したんです?」
「まだなんにも?」
僕は微笑んだ。
「ねえところで華」
「なんですか」
「サイコホラーサスペンス、好き?」
「は? ……や、好きじゃないですけど」
「そ?」
桜澤は好きだといいね。
微笑んで、華の身体に優しく触れる。華の身体から力が抜けて、僕は思わずくすくす笑う。
「こんなとこで、」
「いいじゃん新婚さんなんだから」
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