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【高校編】分岐・鹿王院樹

【三人称視点】動き出す

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「あれ、この子知ってる」

 男がポツリと言って、桜澤青花は軽く目線を上げた。
 男は青花が「パパ活」の斡旋をしていて知り合った。青花はその男に関して「白井」という苗字しか知らず、職業は"自称"公務員。ただし、本当かどうか分かったものじゃない、と青花は思っていた。
 白井は、勝手に青花のスマホを覗き込んでマジマジと見ている。
 なに勝手にみてんのよ、と言いたいのを我慢して青花は首を傾げた。

「知ってるの? 白井さん」
「うん」

 都内のカラオケの一室。青花は「どーしても青花ちゃんと!」と粘る白井に根負けして、1時間だけという約束でわざわざ都内まで出てきたのだ。

(もう、面倒くさいったら)

 青花はため息をつく。だけれど白井は上客だし、交通費別でカラオケだけで1万円。まぁ損するわけじゃないし、と青花はここまで来ていたわけだが、ーーしかし思わぬ収穫かも、と彼女は笑った。

「ねえ、なんで知ってるの?」

 青花はもう一度、写真を画面に出した。青花の憎む女、設楽華の写真。
 青花にとって非常に忌々しいことに、華は学園の「校則の改革」を実現してしまった。
 知らず、舌打ちが出る。

(まったく、人気取りもいいところだわ)

 本当は嫌な性格の、高慢ちきな女なはずなのに、うまくそこを隠して人気者になろうとして……。
 そんな風に、青花は華を認識していた。
 その華が嬉しそうに微笑んでいる写真は、校内新聞をスマホで撮影したもの。

(校則改革記念号外? いちいち下らない)

 だけれどまぁ、と青花は思う。それに設楽華の写真がついていたので、まぁ使えるかなと撮影しておいたものだ。

(セフレ募集の掲示板とかに載せてもいいし?)

 そんな風に(嫌がらせとして)使う予定だったけれど、と青花はスマホを白井に渡した。白井はじっくり、と画面をみつめた。舐めるように。

「……うん、やっぱり知ってる」
「だから、なんで? って」

 少々イライラしながら青花は尋ねる。白井は少し得意げに答えた。

「あのさ、オレ、公務員だって言ったよね?」
「うん」
「警察官なんだあ」

 少し照れたように言う白井に、青花はほとほと呆れた。呆れたと同時に、これは望外の収穫だ、と頭を瞬時に動かす。うまいこと、設楽華を罠に嵌められるかもしれない。

(だって、樹くんがあたしに振り向いてくれないのは、そばにあの女がいるせいなんだもの)

 青花はいまや、鹿王院樹にターゲットを完全に絞っていた。というのも、彼は先輩枠であり、先に卒業してしまうから。まだ1年以上ある、とはいえ、やはり1番時間はないのだ。

(じゃあもう、障害は取り除くに限るわよね)

 そんな短絡的な考え方で、青花は設楽華を排除する、ことに決めたのだった。

「でさ、俺、何年か前に事件の聴取でこの子に当たったことあったよ」
「なんの?」
「なんだっけ、この子拐われかけたんだっけ」

 首をひねりながら、白井は言った。けれども、青花はそんな過去の話はどうでもよかった。大事なのは、使える駒が増えたということだ。

「……ねー、白井さん?」
「なに?」
「この子、どう思った?」
「どうって」

 白井は笑った。下卑た笑いだった。

「かわいいなぁ、って思ったよ」

 青花はにんまりと、笑った。

「どうやら利害が一致したみたいね、お巡りさん」


※※※


 自宅の客間で、樹は感動して華を見つめていた。

「綺麗だ」
「そ、そんなにストレートに言われると」

 照れるよう、と華は目線をうろうろさせて落ち着かない。
 華は真っ白なドレスを着ていた。マーメイドラインの、やや大人なイメージのそれは、ウェディングドレス。

「どうでしょうか」

 にこり、と微笑むのはスーツを着た女性。

「イメージ通りでしょうか?」

 華は何度も頷いた。

「バックスタイルはこだわりでしたものねぇ」

 女性の言葉に、華は照れたように頷いた。
 女性が大量の荷物を抱えたスタッフたちとともに鹿王院家を辞して、それから華はソファであたたかな紅茶を飲みながら小さく息をついた。

「疲れたか?」
「ううん」

 華は首をかしげる。

「汚さないようにって緊張してた」
「仮縫いだから大丈夫だろう?」
「それでもだよー!」

 苦笑いする華に、樹はスマホを差し出した。

「よく似合っていた」
「ありがとー……」

 面映い表情で、華はスマホを受け取る。大量に撮られた写真に苦笑しながら、スライドして写真を見ていく。

「この」

 樹が指差した写真は、後ろ姿を写したもの。
 バックスタイルは、上品なレースが大きく床に広がる。

「こだわっていたものなぁ」
「……お魚みたいにしてください、って言っちゃったんだよね」

 華は思い返すように笑った。

「確かにベタのようだな」
「でしょう?」

 華は首を傾げた。

「デザイナーさんは"人魚みたいに"って思ったみたいだけど」

 それでもこれ、イメージぴったりだったんだけど、と華は笑う。

「私これ、ショーベタのハーフムーンみたいに、って言おうとしてたの」

 くすくすと華は笑う。

「伝わらないよね?」
「かもな」

 華と樹は顔を寄せ合って笑い合った。

「もう、ずいぶん樹くんの魚バカ、うつっちゃったよ」
「まだまだだな」

 なぜか偉そうに言う樹に、華はとても嬉しそうに笑ってその手を握った。
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