上 下
321 / 702
【高校編】分岐・鍋島真

【side真】花曇りと月の散乱反射

しおりを挟む
「真さん、は」

 僕の目を華はじっと見つめた。カーテンも引かれてない窓の外は暗いのに少し明るくて、街で咲き散らしてる桜が、厚い雲に散乱反射しているように思えた。このところ、花曇りだからーーと考えて、そうだ華とお花見に行こうと思う。

「知っていたのですか」
「なにを?」

 僕の思考はまるっと無視して、華は続ける。知っていた? そうだね、僕は知っていた。
 ソファに座り込む華の前、その床に座り込んで僕は華を見上げた。

「……樹くんが」
「うん」
「私を好きでいてくれたことを」
「なんで気がついたの?」

 僕は首を傾げた。

「告られた?」
「違います、ただ」

 華はうなだれた。

「ただ……」
「ふうん」

 暗い部屋だから、そんな風に俯かれると華の表情は見えない。泣いているようにも見えるし、いつも通りな気もした。

「知ってたよ」

 ガバリと顔を上げる華。

「知ってたなら、どうして」
「それでも君が欲しかったから」

 僕は手を伸ばす。華の頬に触れる。そうか君は泣いていたのか。

「教えてあげなかったのは、そのせい。君が樹クンにとられたら僕」

 首を傾げた。

「世界なんかどうでも良くなっちゃうかもしれなかったから」

 華はなにも言わずに、僕を見ていた。

「僕を悪者にしていいよ、華」

 さらり、とその髪に触れる。いいかおり。華のにおい。

「華は被害者だよ」
「……真さん」
「僕に拐われた、可愛そうなお姫様」
「……私は」

 華がはっきりと口にする。

「私は、私が、私の意思で、真さんを選びました」
「うん」
「だから、……これに罪があるとすれば、同罪です」
「でもね」

 ふふ、と僕は笑った。

「樹クンはそんな考え方は嫌がるよ」
「でも」
「すっげー腹立つけど、樹クンってそういう奴じゃんムカつく」
「そういう?」
「好きな子には」

 僕は華から手を離した。

「幸せでいてほしいって」

 僕には理解できない。自分の手の中にいない誰かを愛するなんて、理解できない。
 華は泣きながら僕にしがみついてくる。僕は華を抱きしめる。僕のでいて。口に出せないけど、僕は叫びたい。なんで今更気がついたの? 君がどこかへいってしまうなんて、想像しただけで僕は気が狂いそうになるのに。

「大丈夫」
「華」
「分かってます、樹くんに対してこんな感情を抱くのは、樹くんに対してすごく失礼なことなんだって」
「そうだね」
「だから、今日だけ」

 そのまま、華は泣いていた。なんで泣いてるのかは分からないけれど、泣いていた。ごめんね、と言いそうになってやめる。それこそ樹クンにも、華本人にも、失礼なことだと思ったから。
 しばらくして華は泣くことに満足したのか「さて」と立ち上がった。

「ご飯食べましょうか」

 スタスタ歩いて、電気をつける。

「切り替え早いね」

 僕も立ち上がって、カーテンを閉めた。雲の隙間から、月がぼんやり覗いている。星の観察には向かないけれど、まぁこういう空模様もなかなか風流なんじゃないかな。

「何をしててもお腹は空くんです」

 華はキッチンに向かいながら言った。

「ふうん?」
「世界の終わりが近づこうと、隕石が降り注ごうと、お腹が減るから炊飯器のスイッチは押さなきゃいけないんです」
「わーお」

 思わず吹き出した。華ってさ、生命力がつよいよなぁ。

「食欲なくなること、ないの?」
「記憶にある限り、食欲がなくなったことはありません」

 言い切ったあと、華は首を傾げて「あ」と呟いた。

「一度だけあります」
「なぁに? いつ」

 少し興味を惹かれて聞き返す。華は苦笑いした。ほんとうに、しょうがない、って顔で笑った。

「あなたに恋してると気がついたとき」

 僕は何も言えなかった。ぼんやりと心の中があったかくなって、ただ僕はやっぱりこの子がいなきゃ生きていけないとはっきり思った。この子に出会う前、僕はどうやって息をしていたか、心臓を動かしていたのか、思い出せないくらいに。

「あー、もう、やっぱり何もないじゃないですか」

 華は台所を見てブーブー言ってる。

「私が買ってきてたレトルトのカレーは?」
「昨日食べた」
「もう、ちゃんとサラダとか足しました?」
「足してない」
「もう」

 華は笑った。

「何か買いに行かなきゃ、何も作れませんよ」

 カレーでいいかと思ったんですけど、と冷凍庫を覗き込む。華が買い込んだ色々が入ってたり、僕が食べちゃってたり。

「何が食べたいですかー?」
「華」
「……それなしで」

 華は半目だ。ガチで空腹らしい。ちぇ。

「なんでもいーよー」

 君が作ってくれるものなら。

「なんでもいい、がいちばん困るんですよねぇ」

 むう、と華は首を傾げた。

「もうお外行きますか」
「えー」
「ファミレスいきましょ、ファミレス」

 華は作る気をなくしてしまったのか、僕のそばまで来て、僕を見上げた。軽く首を傾げる様が、子猫みたいでいちいち可愛い。

「そのまま送ってください」
「……じゃあ華食べらんないじゃん」
「お預けです」

 そんな会話のあとでたどり着いたファミレスで、華は固まって身を潜めた。

「……なにしてるの?」

 目線だけで、華は「あっち!」と示す。その方向には、ふうん。こないだ僕と華に「自分はヒロインだ」とか言い放った激痛アイタタタ女子が不機嫌そうに茶髪の男とペペロンチーノを食べていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華
恋愛
テンプレ悪役令嬢であるセリーナは、乙女ゲームの舞台から穏便に退場する為、処女を散らそうと決意する。そのお相手に選んだのは能面執事のクラウスで…… ちょっとお馬鹿なお嬢様が、色気だだ漏れな狼執事や、ヤンデレなお義兄様に迫られあわあわするお話。 ※ギャグとシリアスとホラーの混じったラブコメです。寸止め。生殺し。 完結感謝。後日続編投稿予定です。 ※ちょっとえっちな表現を含みますので、苦手な方はお気をつけ下さい。 表紙は、綾切なお先生にいただきました!

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

長女は悪役、三女はヒロイン、次女の私はただのモブ

藤白
恋愛
前世は吉原美琴。普通の女子大生で日本人。 そんな私が転生したのは三人姉妹の侯爵家次女…なんと『Cage~あなたの腕の中で~』って言うヤンデレ系乙女ゲームの世界でした! どうにかしてこの目で乙女ゲームを見届け…って、このゲーム確か悪役令嬢とヒロインは異母姉妹で…私のお姉様と妹では!? えっ、ちょっと待った!それって、私が死んだ確執から姉妹仲が悪くなるんだよね…? 死にたくない!けど乙女ゲームは見たい! どうしよう! ◯閑話はちょいちょい挟みます ◯書きながらストーリーを考えているのでおかしいところがあれば教えてください! ◯11/20 名前の表記を少し変更 ◯11/24 [13] 罵りの言葉を少し変更

その悪役令嬢、復讐を愛す~悪魔を愛する少女は不幸と言う名の幸福に溺れる~

のがみさんちのはろさん
恋愛
 ディゼルが死の間際に思い出したのは前世の記憶。  異世界で普通の少女として生きていた彼女の記憶の中に自分とよく似た少女が登場する物語が存在した。  その物語でのディゼルは悪魔に体を乗っ取られ、悪役令嬢としてヒロインである妹、トワを困らせるキャラクターだった。  その記憶を思い出したディゼルは悪魔と共にトワを苦しめるため、悪魔の願いのために世界を不幸にするための旅に出る。  これは悪魔を愛した少女が、不幸と復讐のために生きる物語である。 ※カクヨム・小説家になろう・エブリスタ・pixiv・ノベルアップでも連載してます。 ※ノベルピアで最終回まで先行公開しています。※ https://novelpia.jp/novel/693

処理中です...