677 / 702
【高校編】分岐・鹿王院樹
【三人称視点】レールを外れて
しおりを挟む
目の前に樹が立った時、常盤耕一郎、御前と呼ばれる男、は軽く目線を上げただけだった。
「おお、鹿王院の。元気が有り余っておるみたいだな」
「……御前」
樹は冷たく耕一郎を見下ろした。しかしなお、耕一郎は傲然と椅子に深く座り、何の焦燥も浮かべず口を歪めた。
「余計なことをしてくれる。敦子の入れ知恵か」
「いえ、俺が決めて俺が主導しました」
耕一郎はほんの少しだけ、意外そうに樹を見上げた。
「ほう」
「……お力添えはいただきましたが」
「そうか」
耕一郎は立ち上がり、樹を見つめた。
「どうせこれだけではないのだろう」
「はい」
「どこを動かした」
樹は答えない。耕一郎は軽く鼻を鳴らした。
(どこを突いてくる気だ?)
弁護士と話し合わなくてはいけない。
目の前に立つ少年ーーもはやそうは呼ぶまい、男には若さがある、と耕一郎は思った。自分にもかつてあり、そして削るように失っていったエネルギー。
「老骨には堪える」
「申し訳ありません」
「ふん」
なお悠然とした態度を崩そうとせず、耕一郎は歩き出す。
「ひとつ」
ふと、立ち止まり耕一郎は振り返った。
「なぜ急に動こうと思った?」
「もともと準備はしていました」
「ほう」
楽しげに耕一郎は笑う。
「けれど、……あなたが華を傷つけようとしたから」
意外そうに耕一郎は笑った。
「女のためか!」
「いけませんか」
「いや」
楽しげに肩を揺らしながら、耕一郎は歩き出す。
「あいつの孫らしい、と思っただけだ。……鹿王院の」
「はい」
「早死にするなよ」
「……はい」
ぱたり、と扉が閉まって、樹は軽く、頭を下げた。
じきに合流した祖母と、その友人である常盤敦子と今後について話し合い、とっぷり日が暮れた頃に樹は立ち上がる。
「では、明日も朝練があるのでこれくらいで」
「……急に高校生らしさを出すのやめてくれる?」
敦子が笑うと、祖母の静子も楽しげに笑った。
「はぁ」
「でも、そうねぇ」
敦子は目を細めた。
「もう、少年だなんて言えないわね」
「?」
「ちゃんとオトコになったわねぇ、って。こないだまでオネショしてたのにね」
「してたしてた」
くすくすと笑う2人に、樹は肩をすくめる。本気で相手をすると余計に消耗するのは分かっていた。
「それより」
樹は、祖母に向き直る。
「約束は守っていただけるんでしょうね?」
「もちろんよ」
祖母は微笑んだ。
「さすがに、ここまでされちゃあねぇ」
「約束?」
敦子が首をかしげる。
「常盤を鹿王院の傘下にする、その突破口を開いたならば、好きに生きていい、と」
「まー」
敦子はカラカラと笑った。
「あなた、もしかして跡を継がない気なの?」
「言ってませんでしたか」
樹は不思議そうに言う。
「サッカー選手になりたい、と伝えたはずかと」
「言ってた! 言ってたわよ小学生の時に!」
「はぁ」
敦子は楽しげに言い放ち「華は知ってるの?」と首をかしげる。
「いえ、これから」
「どうするの? セレブな生活じゃなきゃイヤ! ちゃんと跡ついで! って言われたら」
樹は少し頬を緩め「華が?」と問い返す。敦子は「ないわね」と面白げに答えた。
「では、本当に。好きに生きていきます、これからは」
「そうなさい」
祖母がそう答え、樹は軽く背伸びをした。
「遠慮も、配慮も、もうしません」
「お好きになさい」
ひらひら、と手を振る祖母ふたりを残し、樹は退室した。残された2人は書類を手に取り、ああでもないこうでもない、と話し出す。
帰宅して、樹はふと自分の恋人に触れたくなった。ひと目顔を見るだけでもいい、と勝手に部屋に入る。
月明かりの下、華は眠っていた。規則的に上下する胸部、軽く閉じられた瞳。
さらりと髪を撫でた。
安堵が広がる。
(もうこれで、あの男が華に手を出すことはないはずだ)
守り切れた。
今度は、あの女からだ。桜澤青花。
(徹底的に)
きっちりと証拠を掴んで、二度と華に近づけない。
ふ、と華の睫毛が揺れた。現れた瞳に、樹は素直に綺麗な瞳だなと感じた。
「すまない、起こしてしまったか」
顔だけみたくて、と謝ると、華は笑った。すべて見通すような笑みだったから、樹は甘えたくなってしまう。
両手を伸ばして自分を見つめる華が愛おしくて、抱きしめて唇を重ねた。
カーテンの隙間から、空が白んでいるのが見えた。
「跡を継がないことにした」
ぽつり、と話す。腕の中の華はもぞりと身体を動かして、樹を見上げた。
アンフェアだっただろうか、と少しだけ思う。だけれど華は「そっかぁ」と言っただけで、甘えるように樹にすり寄る。
「良かったねぇ、サッカーに専念できるねぇ」
眠たげに言う華の口元は、優しげに緩んでいて。
樹はそっと華の髪を撫でて、その身体中にキスを落とす。
(かならず、守りきる)
そう誓いながら、樹は華を抱きしめなおす。柔らかな素肌が、とても暖かかった。
「おお、鹿王院の。元気が有り余っておるみたいだな」
「……御前」
樹は冷たく耕一郎を見下ろした。しかしなお、耕一郎は傲然と椅子に深く座り、何の焦燥も浮かべず口を歪めた。
「余計なことをしてくれる。敦子の入れ知恵か」
「いえ、俺が決めて俺が主導しました」
耕一郎はほんの少しだけ、意外そうに樹を見上げた。
「ほう」
「……お力添えはいただきましたが」
「そうか」
耕一郎は立ち上がり、樹を見つめた。
「どうせこれだけではないのだろう」
「はい」
「どこを動かした」
樹は答えない。耕一郎は軽く鼻を鳴らした。
(どこを突いてくる気だ?)
弁護士と話し合わなくてはいけない。
目の前に立つ少年ーーもはやそうは呼ぶまい、男には若さがある、と耕一郎は思った。自分にもかつてあり、そして削るように失っていったエネルギー。
「老骨には堪える」
「申し訳ありません」
「ふん」
なお悠然とした態度を崩そうとせず、耕一郎は歩き出す。
「ひとつ」
ふと、立ち止まり耕一郎は振り返った。
「なぜ急に動こうと思った?」
「もともと準備はしていました」
「ほう」
楽しげに耕一郎は笑う。
「けれど、……あなたが華を傷つけようとしたから」
意外そうに耕一郎は笑った。
「女のためか!」
「いけませんか」
「いや」
楽しげに肩を揺らしながら、耕一郎は歩き出す。
「あいつの孫らしい、と思っただけだ。……鹿王院の」
「はい」
「早死にするなよ」
「……はい」
ぱたり、と扉が閉まって、樹は軽く、頭を下げた。
じきに合流した祖母と、その友人である常盤敦子と今後について話し合い、とっぷり日が暮れた頃に樹は立ち上がる。
「では、明日も朝練があるのでこれくらいで」
「……急に高校生らしさを出すのやめてくれる?」
敦子が笑うと、祖母の静子も楽しげに笑った。
「はぁ」
「でも、そうねぇ」
敦子は目を細めた。
「もう、少年だなんて言えないわね」
「?」
「ちゃんとオトコになったわねぇ、って。こないだまでオネショしてたのにね」
「してたしてた」
くすくすと笑う2人に、樹は肩をすくめる。本気で相手をすると余計に消耗するのは分かっていた。
「それより」
樹は、祖母に向き直る。
「約束は守っていただけるんでしょうね?」
「もちろんよ」
祖母は微笑んだ。
「さすがに、ここまでされちゃあねぇ」
「約束?」
敦子が首をかしげる。
「常盤を鹿王院の傘下にする、その突破口を開いたならば、好きに生きていい、と」
「まー」
敦子はカラカラと笑った。
「あなた、もしかして跡を継がない気なの?」
「言ってませんでしたか」
樹は不思議そうに言う。
「サッカー選手になりたい、と伝えたはずかと」
「言ってた! 言ってたわよ小学生の時に!」
「はぁ」
敦子は楽しげに言い放ち「華は知ってるの?」と首をかしげる。
「いえ、これから」
「どうするの? セレブな生活じゃなきゃイヤ! ちゃんと跡ついで! って言われたら」
樹は少し頬を緩め「華が?」と問い返す。敦子は「ないわね」と面白げに答えた。
「では、本当に。好きに生きていきます、これからは」
「そうなさい」
祖母がそう答え、樹は軽く背伸びをした。
「遠慮も、配慮も、もうしません」
「お好きになさい」
ひらひら、と手を振る祖母ふたりを残し、樹は退室した。残された2人は書類を手に取り、ああでもないこうでもない、と話し出す。
帰宅して、樹はふと自分の恋人に触れたくなった。ひと目顔を見るだけでもいい、と勝手に部屋に入る。
月明かりの下、華は眠っていた。規則的に上下する胸部、軽く閉じられた瞳。
さらりと髪を撫でた。
安堵が広がる。
(もうこれで、あの男が華に手を出すことはないはずだ)
守り切れた。
今度は、あの女からだ。桜澤青花。
(徹底的に)
きっちりと証拠を掴んで、二度と華に近づけない。
ふ、と華の睫毛が揺れた。現れた瞳に、樹は素直に綺麗な瞳だなと感じた。
「すまない、起こしてしまったか」
顔だけみたくて、と謝ると、華は笑った。すべて見通すような笑みだったから、樹は甘えたくなってしまう。
両手を伸ばして自分を見つめる華が愛おしくて、抱きしめて唇を重ねた。
カーテンの隙間から、空が白んでいるのが見えた。
「跡を継がないことにした」
ぽつり、と話す。腕の中の華はもぞりと身体を動かして、樹を見上げた。
アンフェアだっただろうか、と少しだけ思う。だけれど華は「そっかぁ」と言っただけで、甘えるように樹にすり寄る。
「良かったねぇ、サッカーに専念できるねぇ」
眠たげに言う華の口元は、優しげに緩んでいて。
樹はそっと華の髪を撫でて、その身体中にキスを落とす。
(かならず、守りきる)
そう誓いながら、樹は華を抱きしめなおす。柔らかな素肌が、とても暖かかった。
0
お気に入りに追加
3,084
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!
神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう.......
だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!?
全8話完結 完結保証!!
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!
青星 みづ
恋愛
【第Ⅰ章完結】『イケメン達と乙女ゲームの様な甘くてせつない恋模様を描く。少しシリアスな悪役令嬢の物語』
なんで今、前世を思い出したかな?!ルクレツィアは顔を真っ青に染めた。目の前には前世の押しである超絶イケメンのクレイが憎悪の表情でこちらを睨んでいた。
それもそのはず、ルクレツィアは固い扇子を振りかざして目の前のクレイの頬を引っぱたこうとしていたのだから。でもそれはクレイの手によって阻まれていた。
そしてその瞬間に前世を思い出した。
この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢だという事を。
や、やばい……。
何故なら既にゲームは開始されている。
そのゲームでは悪役令嬢である私はどのルートでも必ず死を迎えてしまう末路だった!
しかもそれはヒロインを虐めても虐めなくても全く関係ない死に方だし!
どうしよう、どうしよう……。
どうやったら生き延びる事ができる?!
何とか生き延びる為に頑張ります!
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後
有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。
だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。
それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。
王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!?
けれど、そこには……。
※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
うしろめたいお兄様へ。
希猫 ゆうみ
恋愛
婚約者ウォルトンから結婚後に愛人を囲うと宣言された伯爵令嬢フランシスカ。
両親に婚約破棄を訴えたが相手にされなかった。
父親であるマスグレイヴ伯爵にはかつて正妻と二人の愛人がいたらしい。
一人の愛人が去り正妻が病死した後、もう一人の愛人が後妻となった。それがフランシスカの母親。
だから「大騒ぎするな」と呆れられてしまったのだ。
両親の倫理観も自身の結婚も断固として受け入れられないフランシスカ。
教会に相談すると贖罪の為の寄付か修道院に入るよう言われてしまった。
この身が罪で穢れているなら……
汚らわしい血しか流れていない体なら……
シスターになると決意したフランシスカに父親は猛反対し過酷な選択を突き付ける。
大人しくウォルトンと結婚するか、死人として隠れて一生を地下牢で暮らすか。
「そんな……酷い……!」
しかし絶望したフランシスカに意外な代替案が示された。
「お前の腹違いの兄を連れて来い。そうすれば兄妹でマスグレイヴ伯爵家を継げるようにしてやろう」
非道な提案だったがフランシスカは不遇な兄を助けられるならと奮い立つ。
なぜならその腹違いの兄バレットという男は今、出自のせいで監獄に閉じ込められているというのだから……
完 あの、なんのことでしょうか。
水鳥楓椛
恋愛
私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。
よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。
それなのに………、
「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」
王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。
「あの………、なんのことでしょうか?」
あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。
「私、彼と婚約していたの?」
私の疑問に、従者は首を横に振った。
(うぅー、胃がいたい)
前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。
(だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる