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【高校編】分岐・鍋島真

重力

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 真さんが爆笑してるのでなにかと思ってスマホを覗き込むと、なにやら英文のサイトを読んでいた。

「……何ですか?」

 ええと、gravity……重力?
 なんの話を読んでいるのかと思いきや真さんはとっても楽しそうに私を撫でた。

「映画とかでさ、地球に小惑星が衝突しますみたいなのあるじゃん」
「はぁ」
「そういうのってさ、なんかミサイルで爆破するとか宇宙飛行士が特攻するとかで地球守られるじゃん?」
「はぁ、まぁ」

 そういう映画ではお約束の展開だ。

「でもさあ、小惑星って木っ端微塵にしても重力でまた元に戻るんだってさ、しかも数時間だよ、ぷすぷすぷす」
「なにが楽しいんですか」

 そして最後の笑い方は何なんですか初めてみましたよ……。

「えっ」

 真さんはものすごく心外そうな顔をした。

「面白くない?」
「面白くはありません」

 そう言うと、真さんはやっぱり優雅ににこりと笑うと私を抱きしめ直したーー直した、っていうのはここがベッドだから。
 あのあと、真さんのお母さんを送り届けて真さんが落ち着くまで抱きしめて。ふう、と憑き物が落ちたかのように元の表情に戻った真さんは、私に何の許可も取らずに都内の真さんのマンションまで私を連れてきた。べつに良いんだけど。

「ねえお腹すいた」
「だから途中で買い物行こうって言ったじゃないですかぁ」

 この家、相変わらず何もない。

「だって早く華抱きたかったんだもん」
「だってじゃないですよ」

 ぺしん、とやたらと形のいい頭を叩く。真さんは少し嬉しそうにした。このヒト、ドSなんだかドMなんだかイマイチ分からないんだよなぁ。

「ちぇー」
「……どこ触ってるんですか」
「ん? 華チャンが恥ずかしくて口に出せないトコロ?」

 真さんは笑う。そういう笑顔を向けられると、頭の芯がぽうっとなって、なんだか逆らえなくなるから……ずるい。本当にずるい、と私は思う。

「ずいぶん、前に」

 何度も重ねられる唇の、その合間に私はなんとかそう呟いた。

「んー?」

 真さんは目を細める。

「なんだかヨユーだね華チャン」

 余裕、ってわけじゃないんですけど、って言葉は口に出せなかった。蕩ける頭で思い返す。
 昔、真さんとブラックホールの話になったことがある。中学生の時に。
 その圧倒的な重力で、全てを飲み込んでしまうブラックホール。

(このひと、そんな感じかも、)

 だから、みんな最終的にはこのヒトの言いなりになってしまうんだ。

(抵抗なんかできない)

 飲み込まれて、咀嚼されて、ぐちゃぐちゃにされて……それが、幸せだと。

 ぱっと目を開けると、まさかの朝だった。カーテンの隙間から入る朝陽。

「……ええええええ!?」

 私はガバリと起き上がる。

(無断外泊っ)

 さ、さすがにマズイ!
 慌てて、機種変が面倒で相変わらず敦子さんが契約してくれた機種のまま、なお子様スマホ(でも使用料は真さんが払ってくれるようになった)を見る。

「あれ?」

 着信ナシ。
 スマホの画面を見つめながら首を傾げていると、真さんが寝室に入ってきた。

「わーいお早うマイハニー、いい朝だねぇ」

 手には2つ、マグカップ。美味しそうなコーヒーのかおり……最近、コーヒーメーカーを買ったのだ。結構いいやつ。

「え、あれ、はい、おはようございます?」

 混乱しつつ、マグカップを受け取った。……うん、美味しい。

「ああ、心配しなくていいよ」

 真さんは私がスマホを見つめているのを見て、ゆったりと笑った。

「連絡、僕からしてあるから」

 ね、と微笑まれる。……まぁ、結婚して以降土日は泊まったりもしてましたけど……何て伝えたんだろう。
 なんか気恥ずかしいのですが……。

「明日から新学期デショ、華」
「はぁ」

 ぎくり、とする。

(あのヒロインちゃん、も、入学だよねぇ)

 ヒロインちゃんは1つ下なので、ちょうど入学だ。……正直、気が思い。

「僕もねぇ、なにやら忙しくなるみたいだから」

 軽く肩をすくめる。

「今日は一日、イチャイチャしてようね?」
「……なにやら嫌な予感がするのですが」
「イヤ?」

 くちびるだけで笑った真さんが、ベッドに乗ってくる。ぎしり、とベッドが軽く軋む。私はマグカップをベッド脇の棚に置いた。

「華チャン」
「……なんですか」
「可愛い可愛い華チャン」
「だから、むぐう」

 唐突なキス!
 変な声が出た。真さんは肩を揺らして笑う。

「あー、ほんとに素っ頓狂」
「もう、そればっかり」
「ねえねえ華チャン」

 ほんの少し、声のトーンが変わった。甘い声で、触れ方で、抱きしめられる。

「赤ちゃん欲しい」
「……真さん」
「誤解がないように言っておくけど」

 さらり、と髪を一房、真さんは持ち上げる。それに軽くキスをして、真さんは優しげに笑う。

「べつに、僕が家族に恵まれなかったから、その代替品として華と赤ちゃんを欲してるわけじゃない」

 私はそっと頷いた。

「千晶がいたしーー千晶がいれば、それで良かったし」

 おでこに、こめかみに、鼻の頭に、啄ばむようにキスが降ってくる。

「でも、……キミに出会ったから」

 頬を優しく撫でる指先。

「愛してるから、僕のものにしたくなった。それだけで満足すべきなのに」

 その唇は、今度は首筋に触れる。私の身体がびくりと跳ねた。

「ワガママかなぁ」
「……真さんのワガママには、慣れてきましたよ」

 私はそっと真さんを抱きしめ返す。

「高校卒業したら」
「約束だよ」
「はい」

 頷きながら、私は気づいていた。
 頭の中、新皮質に包まれた本能は、とっくの昔にこのヒトの子供を孕みたがっている。ただ、僅かばかり残った理性がまだ早いと、そう告げているだけなのだった。
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