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【高校編】分岐・山ノ内瑛
夜明け前
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夜明け前が、いちばん暗いのだ、と聞いたことがある。
あの日もそうだったのかもしれない。
ベランダから宙に投げ出されて、見上げた空は暗かった。真っ黒で、しんとしていて、吸い込まれそうで、そして天から降ってくるように雪が散っていた。私はそれをスローモーションみたいに眺める。雪の一粒一粒がはっきり見えた。
「おかあさん」
私は叫んだ。ううん、叫んでなかったのかもしれない。声に出ていたか、出ていなかったか、それすら分からない。
次の瞬間には頭がごわんと揺れて、鼻がつんとして、痛くて、目の前がほんとうに真っ黒になった。その瞬間まで、私は叫んでいた、叫んでいたつもりだった、助けて、だれか助けて、私のおかあさんをだれかたすけて。
「華っ」
呼ばれて、はっとして目がさめる。目の前にはこれでもかってくらいに心配気なアキラくんの顔、ごおおおって新幹線の走る音ーー。
「……えーと?」
「ものすごいうなされよったんや、……大丈夫なん?」
「あ、うん、ごめん、」
変な夢見てた、と私はおでこに手を当てた。その手がひどく冷たくて、私は思わず目を瞠る。
あの後ーー柚木くんのお姉さんのカフェを出てから、私たちは会話もまばらに京都駅までたどり着いた。予定通りの新幹線に乗って、なんだかウトウトしてしまって、眠った……までは良かったんだけれど。
そこで、妙な夢をみてしまったのだ。
(……これって、華の、私のお母さんの事件の時の記憶、だよね)
小学生のとき、事件の新聞記事を見てしまって以来、だ。
私は知らず、眉間を寄せた。冷たい汗をかいていて、少し気持ち悪い。
「ん」
「あ、ありがとう」
アキラくんはお水のペットボトルを差し出してくれた。ありがたくいただく。
喉を冷たい水が通って、少し落ち着いてきた。
「大丈夫」
アキラくんは、そっと私の手を握った。
「大丈夫やで、華」
「アキラくん」
「大丈夫」
にかっ、と笑って私を見るアキラくん。私はほっと息をついて、ほんの少し、笑った。
「うん」
「何があろうと、俺、華のそばにおるからな」
「ん」
アキラくんの肩に、頭を預けた。そうだ、私は1人なんかじゃない。
「……事件のことを、少し思い出したの」
「おかあさんの?」
「そう」
私は小さく言う。声が、新幹線の走行音にかき消されそう。
「私、雪が降る日にベランダから落ちたの」
「ベランダ?」
「そう。犯人がね、おかあさんと揉み合いになってて、私、助けを呼ばなきゃって思って」
「うん」
「ベランダに行ったんだけどーー玄関方面は、犯人がおったから」
「……うん」
「せやったし、ベランダから呼ぼう思ったんやけど、そん時に、犯人に追いつかれて、逃げようとしてもがいたら、気がついたらベランダから投げ出されよって」
「華」
アキラくんはほんとうに申し訳なさそうに、私を見る。
「ごめんな」
「なんで?」
ぽかん、とアキラくんを見つめた。
「クリスマスんとき」
「うん」
「俺、ベランダに座ったやん」
手すり、と言われて思い出す。
雪、ベランダ、ーー落ちる。
「……あ」
「それで華、あんななったんかなって」
「えっと、それは、アキラくんが落ちちゃうって思ったから、だけど、……でも」
私は思わず胸に手を当てた。たしかに、それだけじゃないくらいに、私は動揺していたかもしれない。
「ごめん、ごめんな華、ごめん」
アキラくんは今にも泣きそうな顔で繰り返す。
「ほんまにごめん」
「や、いいの、ほんとに、……知らなかったし、私も」
ね? と私はアキラくんの頭を撫でた。アキラくんはほんの少しだけ、頷いた。
「……ほんま、俺ガキやわ。嫌になる」
「けっこー大人なほうだと思いますけどね?」
相当シッカリしてるとおもう。
「んー、それはやな、華に頼られたいからやで」
「へ?」
「ほんまはワガママ放題のクソガキや。ほんまに嫌になる」
「あは」
私は首を傾げた。周りの乗客がこっちを見てないのを確認して、一瞬だけ、その唇に唇を重ねた。
「好き」
アキラくんはしばらく呆然、としたあと「俺はなぁ、華」と笑った。
「華が俺を好きでいてくれるんの100倍、華を好きやで」
「え、その言い方ずるい」
「ズルくてええねん、俺ガキやし、ワガママやもん」
楽しげに含み笑いするアキラくんを見て、私の手先まで、やっと温まってきている感じがした。
あの日もそうだったのかもしれない。
ベランダから宙に投げ出されて、見上げた空は暗かった。真っ黒で、しんとしていて、吸い込まれそうで、そして天から降ってくるように雪が散っていた。私はそれをスローモーションみたいに眺める。雪の一粒一粒がはっきり見えた。
「おかあさん」
私は叫んだ。ううん、叫んでなかったのかもしれない。声に出ていたか、出ていなかったか、それすら分からない。
次の瞬間には頭がごわんと揺れて、鼻がつんとして、痛くて、目の前がほんとうに真っ黒になった。その瞬間まで、私は叫んでいた、叫んでいたつもりだった、助けて、だれか助けて、私のおかあさんをだれかたすけて。
「華っ」
呼ばれて、はっとして目がさめる。目の前にはこれでもかってくらいに心配気なアキラくんの顔、ごおおおって新幹線の走る音ーー。
「……えーと?」
「ものすごいうなされよったんや、……大丈夫なん?」
「あ、うん、ごめん、」
変な夢見てた、と私はおでこに手を当てた。その手がひどく冷たくて、私は思わず目を瞠る。
あの後ーー柚木くんのお姉さんのカフェを出てから、私たちは会話もまばらに京都駅までたどり着いた。予定通りの新幹線に乗って、なんだかウトウトしてしまって、眠った……までは良かったんだけれど。
そこで、妙な夢をみてしまったのだ。
(……これって、華の、私のお母さんの事件の時の記憶、だよね)
小学生のとき、事件の新聞記事を見てしまって以来、だ。
私は知らず、眉間を寄せた。冷たい汗をかいていて、少し気持ち悪い。
「ん」
「あ、ありがとう」
アキラくんはお水のペットボトルを差し出してくれた。ありがたくいただく。
喉を冷たい水が通って、少し落ち着いてきた。
「大丈夫」
アキラくんは、そっと私の手を握った。
「大丈夫やで、華」
「アキラくん」
「大丈夫」
にかっ、と笑って私を見るアキラくん。私はほっと息をついて、ほんの少し、笑った。
「うん」
「何があろうと、俺、華のそばにおるからな」
「ん」
アキラくんの肩に、頭を預けた。そうだ、私は1人なんかじゃない。
「……事件のことを、少し思い出したの」
「おかあさんの?」
「そう」
私は小さく言う。声が、新幹線の走行音にかき消されそう。
「私、雪が降る日にベランダから落ちたの」
「ベランダ?」
「そう。犯人がね、おかあさんと揉み合いになってて、私、助けを呼ばなきゃって思って」
「うん」
「ベランダに行ったんだけどーー玄関方面は、犯人がおったから」
「……うん」
「せやったし、ベランダから呼ぼう思ったんやけど、そん時に、犯人に追いつかれて、逃げようとしてもがいたら、気がついたらベランダから投げ出されよって」
「華」
アキラくんはほんとうに申し訳なさそうに、私を見る。
「ごめんな」
「なんで?」
ぽかん、とアキラくんを見つめた。
「クリスマスんとき」
「うん」
「俺、ベランダに座ったやん」
手すり、と言われて思い出す。
雪、ベランダ、ーー落ちる。
「……あ」
「それで華、あんななったんかなって」
「えっと、それは、アキラくんが落ちちゃうって思ったから、だけど、……でも」
私は思わず胸に手を当てた。たしかに、それだけじゃないくらいに、私は動揺していたかもしれない。
「ごめん、ごめんな華、ごめん」
アキラくんは今にも泣きそうな顔で繰り返す。
「ほんまにごめん」
「や、いいの、ほんとに、……知らなかったし、私も」
ね? と私はアキラくんの頭を撫でた。アキラくんはほんの少しだけ、頷いた。
「……ほんま、俺ガキやわ。嫌になる」
「けっこー大人なほうだと思いますけどね?」
相当シッカリしてるとおもう。
「んー、それはやな、華に頼られたいからやで」
「へ?」
「ほんまはワガママ放題のクソガキや。ほんまに嫌になる」
「あは」
私は首を傾げた。周りの乗客がこっちを見てないのを確認して、一瞬だけ、その唇に唇を重ねた。
「好き」
アキラくんはしばらく呆然、としたあと「俺はなぁ、華」と笑った。
「華が俺を好きでいてくれるんの100倍、華を好きやで」
「え、その言い方ずるい」
「ズルくてええねん、俺ガキやし、ワガママやもん」
楽しげに含み笑いするアキラくんを見て、私の手先まで、やっと温まってきている感じがした。
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