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【高校編】分岐・鹿王院樹
選挙の結果【三人称視点】
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樹はときどき思い出す。鍋島真に言われた言葉、「腹芸くらい使えなくてどうするの?」。
(俺には合わない)
ほとほと、そう思う。
樹は正面でニコニコ笑いながら自分を見上げるよく分からない存在に対して、冷たい視線を返した。それは一生懸命に自分に話しかけている。
(それでも、まぁ、やるしかないんだろう)
できるだけその視線が柔らかくなるように意識してーー樹は頷いた。それの話す内容に、何か情報は、ヒントはないか、探しながら。
(必ずコレはそのうちボロを出す)
コレーー桜澤青花。前世がどうの、ヒロインがどうの。感情をどうこじらせたのか、何があったのか、やたらと華に敵意むき出しのその女。
隙だらけなはずなのに、決定的な証拠は残していない。それが余計に頭にくる。
(だが、それも時間の問題だ)
その確信はあった。
だからこそ、こうして油断させるために樹は時折この桜澤青花と会話を交わしていた。
できるならば、自分の許婚に余計な負担をかけたくない。転校は最終手段だと思っている。
なぜなら、転校させたところで「変わらない」可能性が高いからだ。
(華が前回襲われたのは校外)
思い返すと、無意識に眉間が強く寄せられる。
(ならば、できるだけ手の届く範囲にいてもらうのが安全なのでは)
護衛である相良たちにとっても、慣れた場所の方が良いのではないか、そういった判断もある。
(いざとなれば国外か)
実のところ、自分もあまりもう日本にいる必要はないのだ。海外のクラブから(下部リーグではあるものの)オファーも来ていた。華さえ望むならば学校なんかいつでも辞めてやる、そう思っていたのに。
「……生徒会長?」
9月ももう終わろうとしていた、ある日のこと。朝練のあと教室で友人と話していると、ほとんど唐突に入ってきた選挙管理委員会に、そう告げられたのだ。
思い切りひそめた眉に、選挙管理委員会の先輩は少しだけ肩を引いた。慌てて樹は表情を改める。悪い癖だと思いながら。
「そうです」
先輩は肩をすくめた。
「異例中の異例ですがーー鹿王院くんがトップ当選です」
「……立候補すらしていないのですが?」
「我が校の選挙制度はご存知でしょう」
淡々と、先輩は続ける。
「他薦もあり。立候補せずとも可。まぁ例年、立候補者から選ばれるのが通例でしたが」
にこり、と先輩は微笑んだ。
「設楽華さんへの応援演説が良かったようですね」
「……応援演説?」
「ただでさえ君は目立つ存在でした」
そう言われて、樹は首を傾げた。目立つ?
「こんな明け透けな言い方は気を悪くするかもしれませんが」
「大丈夫です」
樹は先を促した。
「君は背が高い」
「……はぁ」
まぁそうだろう、と樹は思う。180後半という身長は、少なくとも日本国内では目立つ存在だという自覚はある。その特性ゆえに高身長が多いこの教室ーースポクラでさえ、樹の身長は一番高い。(もっとも男だから、と言うわけではなく2番目に高いのは女子バレー部のエース186センチだったりする)。
「それから顔がいい」
「?」
時々言われるその褒め言葉には未だに慣れない。鏡を見ても写真を見ても、無愛想そうな男が写っているだけだ。
「学業面でもスポーツ面でも突出してる」
「? それこそ分かりません」
樹は正直に答えた。
「このクラスだけでも、俺より結果を残している人物はいくらでもーー」
「サッカーと野球は特別目立つ、んだよ鹿王院くん」
先輩は困ったように笑った。
「テレビや新聞の扱いを見ても分かるだろう? まぁ一番扱いが大きくなるのは野球だけれど」
「はぁ」
「君はもうすこし自分が目立つ存在だと自覚したほうがいいねーーその上、鹿王院の後継だ」
「……それは」
正直なところ遠慮したい、と樹は思っている。叔父でも従兄弟ても、優秀な人物はいくらでもいる、と。
「まぁそんな訳で君はもともと注目人物だったんだ。その上で、設楽さんをあんな風に庇っただろ?」
「庇ったつもりでは」
「知ってるよ」
先輩は笑う。
「君が設楽さんをとても大事にしてることも、とても有名なことだからーーまぁその設楽さんにあそこまで露骨に敵意を示してきた彼らもある意味すごいけれどね」
苦笑いして、先輩は続けた。
「それで、……設楽さんが一部女子にカルト的人気を誇ってるのは知ってる?」
「カルト的?」
思わず聞き返す。そんなことは初耳だ。
「表に出てこない、ひそやかな人気というのかーー以前、彼女が水泳部の女子を庇っただろう」
「ああ」
「あの辺りからジワジワと支持者が出てきててね。表沙汰にはなっていなかったんだけれど、彼女を風紀委員長に推す声はあったんだ」
樹は頷いた。
「しかも彼女、綺麗だろう? なんか拗らせた感じの支持に繋がって」
「拗らせた?」
「どこか、救世の少女的な」
「……はぁ」
「ジャンヌダルクは処刑されるけれど」
樹は押し黙った。何が言いたい?
先輩は笑った。
「すまない深い意味は」
「……いえ」
「そこの支持層がキミを支持したし、投票を呼びかけたんだ。ちなみに、ほかの支持層からも安定的にキミは投票されてた」
「理解できません」
「理解できようと、できまいと」
先輩は目を細め、樹の机から離れる。
「君は今日から生徒会長です。正式な発表は午後に職員室前に掲示。ああ、それから、」
先輩は何気ないそぶりで振り向く。
「副会長には設楽華さんが当選されているので」
「……は?」
「風紀委員長とのダブル当選とは珍しいーーというか、本校初です。君がフォローしてあげるのが一番良いような?」
そう言ってその女子の先輩はニンマリと笑った。
(カルト的な、と言ったな……それも、水面下で人気だと)
樹は黙って先輩を見つめる。
「先輩もシンパなのですが」
「さて、なんの話だか」
先輩は踵を返して、まっすぐな足取りで去って行く。退路を断たれた気分になって、ただ樹はその背中を見つめていた。
(俺には合わない)
ほとほと、そう思う。
樹は正面でニコニコ笑いながら自分を見上げるよく分からない存在に対して、冷たい視線を返した。それは一生懸命に自分に話しかけている。
(それでも、まぁ、やるしかないんだろう)
できるだけその視線が柔らかくなるように意識してーー樹は頷いた。それの話す内容に、何か情報は、ヒントはないか、探しながら。
(必ずコレはそのうちボロを出す)
コレーー桜澤青花。前世がどうの、ヒロインがどうの。感情をどうこじらせたのか、何があったのか、やたらと華に敵意むき出しのその女。
隙だらけなはずなのに、決定的な証拠は残していない。それが余計に頭にくる。
(だが、それも時間の問題だ)
その確信はあった。
だからこそ、こうして油断させるために樹は時折この桜澤青花と会話を交わしていた。
できるならば、自分の許婚に余計な負担をかけたくない。転校は最終手段だと思っている。
なぜなら、転校させたところで「変わらない」可能性が高いからだ。
(華が前回襲われたのは校外)
思い返すと、無意識に眉間が強く寄せられる。
(ならば、できるだけ手の届く範囲にいてもらうのが安全なのでは)
護衛である相良たちにとっても、慣れた場所の方が良いのではないか、そういった判断もある。
(いざとなれば国外か)
実のところ、自分もあまりもう日本にいる必要はないのだ。海外のクラブから(下部リーグではあるものの)オファーも来ていた。華さえ望むならば学校なんかいつでも辞めてやる、そう思っていたのに。
「……生徒会長?」
9月ももう終わろうとしていた、ある日のこと。朝練のあと教室で友人と話していると、ほとんど唐突に入ってきた選挙管理委員会に、そう告げられたのだ。
思い切りひそめた眉に、選挙管理委員会の先輩は少しだけ肩を引いた。慌てて樹は表情を改める。悪い癖だと思いながら。
「そうです」
先輩は肩をすくめた。
「異例中の異例ですがーー鹿王院くんがトップ当選です」
「……立候補すらしていないのですが?」
「我が校の選挙制度はご存知でしょう」
淡々と、先輩は続ける。
「他薦もあり。立候補せずとも可。まぁ例年、立候補者から選ばれるのが通例でしたが」
にこり、と先輩は微笑んだ。
「設楽華さんへの応援演説が良かったようですね」
「……応援演説?」
「ただでさえ君は目立つ存在でした」
そう言われて、樹は首を傾げた。目立つ?
「こんな明け透けな言い方は気を悪くするかもしれませんが」
「大丈夫です」
樹は先を促した。
「君は背が高い」
「……はぁ」
まぁそうだろう、と樹は思う。180後半という身長は、少なくとも日本国内では目立つ存在だという自覚はある。その特性ゆえに高身長が多いこの教室ーースポクラでさえ、樹の身長は一番高い。(もっとも男だから、と言うわけではなく2番目に高いのは女子バレー部のエース186センチだったりする)。
「それから顔がいい」
「?」
時々言われるその褒め言葉には未だに慣れない。鏡を見ても写真を見ても、無愛想そうな男が写っているだけだ。
「学業面でもスポーツ面でも突出してる」
「? それこそ分かりません」
樹は正直に答えた。
「このクラスだけでも、俺より結果を残している人物はいくらでもーー」
「サッカーと野球は特別目立つ、んだよ鹿王院くん」
先輩は困ったように笑った。
「テレビや新聞の扱いを見ても分かるだろう? まぁ一番扱いが大きくなるのは野球だけれど」
「はぁ」
「君はもうすこし自分が目立つ存在だと自覚したほうがいいねーーその上、鹿王院の後継だ」
「……それは」
正直なところ遠慮したい、と樹は思っている。叔父でも従兄弟ても、優秀な人物はいくらでもいる、と。
「まぁそんな訳で君はもともと注目人物だったんだ。その上で、設楽さんをあんな風に庇っただろ?」
「庇ったつもりでは」
「知ってるよ」
先輩は笑う。
「君が設楽さんをとても大事にしてることも、とても有名なことだからーーまぁその設楽さんにあそこまで露骨に敵意を示してきた彼らもある意味すごいけれどね」
苦笑いして、先輩は続けた。
「それで、……設楽さんが一部女子にカルト的人気を誇ってるのは知ってる?」
「カルト的?」
思わず聞き返す。そんなことは初耳だ。
「表に出てこない、ひそやかな人気というのかーー以前、彼女が水泳部の女子を庇っただろう」
「ああ」
「あの辺りからジワジワと支持者が出てきててね。表沙汰にはなっていなかったんだけれど、彼女を風紀委員長に推す声はあったんだ」
樹は頷いた。
「しかも彼女、綺麗だろう? なんか拗らせた感じの支持に繋がって」
「拗らせた?」
「どこか、救世の少女的な」
「……はぁ」
「ジャンヌダルクは処刑されるけれど」
樹は押し黙った。何が言いたい?
先輩は笑った。
「すまない深い意味は」
「……いえ」
「そこの支持層がキミを支持したし、投票を呼びかけたんだ。ちなみに、ほかの支持層からも安定的にキミは投票されてた」
「理解できません」
「理解できようと、できまいと」
先輩は目を細め、樹の机から離れる。
「君は今日から生徒会長です。正式な発表は午後に職員室前に掲示。ああ、それから、」
先輩は何気ないそぶりで振り向く。
「副会長には設楽華さんが当選されているので」
「……は?」
「風紀委員長とのダブル当選とは珍しいーーというか、本校初です。君がフォローしてあげるのが一番良いような?」
そう言ってその女子の先輩はニンマリと笑った。
(カルト的な、と言ったな……それも、水面下で人気だと)
樹は黙って先輩を見つめる。
「先輩もシンパなのですが」
「さて、なんの話だか」
先輩は踵を返して、まっすぐな足取りで去って行く。退路を断たれた気分になって、ただ樹はその背中を見つめていた。
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