上 下
558 / 702
【高校編】分岐・相良仁

釘(side戸田)

しおりを挟む
 好きな人がいる、っていうのは人生に張り合いがでる。そんなことを学んだのは、高校の入学式から少し経ってのことだった。

「落としたよ」

 移動教室の途中、ふと後ろから聞こえた声にオレはぎょっとした。オレのボールペン持って立ってたのが、あんまりにも綺麗なコだったから。キレイすぎて、少し冷たい印象を受けるようなーー。
 けれど、お礼を言って受け取って、そして向けられたあったかな笑顔にオレは一瞬で恋に落ちた。フォーリンラブってやつだ。いやホント、そんな事ある? って感じ。
 けれど、その恋が実るものではないことを、すぐにオレは知ることになる。

「ああ、設楽さん?」
「え、知ってんの」
「うん」

 同じクラスのヤツと、たまたま設楽さんの話になった時だ。たまたま、っていうか設楽さんのことが知りたくて、俺から話を向けたんだけど。曰く「隣のクラスにえらい美人さんがいるよな?」。

「オレ、ほら中学からの持ち上がりだから」
「? うん」

 設楽さんも中学からの持ち上がりなんだろうか?

「鹿王院樹って分かる」
「うん」

 いやでも目立つ。えらくイケメンの、背が高い、スポクラの。詳しくは知らないけど、ものすごく家柄もいいらしい。

「完璧男」
「その鹿王院の許婚」
「は?」
「だから、設楽さんが」
「……いまどき?」
「今時。でも普通に仲良いらしい、ほら」

 言われて廊下を見る。並んで歩く設楽さんと鹿王院。
 微笑む設楽さんは完全にリラックスした顔で、オレは恋して数日でこの恋が不毛なものだと知ったのだった。
 けれど、それから1年以上経った夏休み明けのその日、もしかしたらほんの一筋の光明が見えるのかもしれない出来事が起きた。

「……婚約解消?」
「し、声がデカイ」

 オレに昔、鹿王院と設楽さんについて教えてくれたヤツがそっとオレに囁いた。どうやらあの2人、許婚じゃなくなったらしい、ってこと。

「トップシークレットだからな。オレもお前だから教えるんだ」
「なんで、オレ?」
「だってお前、設楽さん好きじゃん」

 わざわざ昼休みっちゃー隣のクラスまで行ってさ、と笑われてオレは赤面した。そうか、バレバレだったのか。

「親父が、鹿王院関係の仕事してて。関係者でもほんの一握りだけしか知らないらしいんだけど」
「え、オレに教えていいの」
「口堅いだろ」
「なんでそんなこと、」
「不毛な片思いを一年以上黙ってたんだから」

 そう言われると、返す言葉もなかった。
 とはいえ、何ができるわけでもない。積極的にいけるなら、とっくの昔に行っている。
 どうするべきか、なんて考えてた実力テスト明けの日、設楽さんとたまたま話す機会があった。

「あれー、戸田くん。おつかれ」
「設楽さんも質問?」

 近代史、特に昭和に入ってからの動きがイマイチ理解できない。暗記科目と言われてしまえばそこまでなんだけれど……、と日本史の相良先生のとこに行ったら、まさかの設楽さんがいた。
 コーヒー出してもらって、テキスト開いて質問中みたいだ。

「そう」
「近代史ってわかんなくなるよな」

 開いてたのは、同じくらいのところ。

(設楽さんもこの辺苦手なんだ)

 勝手に親近感がわく。

「せんせー、この辺難しい」

 オレが教科書開きながら言うと、相良先生は苦笑いした。質問多いのかな、このへん。

「りょーかい。お前もコーヒー飲む?」
「お砂糖あります?」

 思わず聞いた。苦いだけのは、苦手だ。

「ブラックしかねーよ」
「じゃーいらないっす」

 先生の返しに即答するけれど。

「あは」

 設楽さんが少しだけ、楽しそうに笑った。「カワイイ」って顔してて、なんか同じ年に見えなかった……ていうか、設楽さん、ブラック飲めるんだ。

「……設楽さんはブラック平気なの?」
「うん」
「じゃあ!」

 コドモだと思われたくない。

「オレも飲みます」
「……そ?」

 先生はほんの少し、何か言いたげにしたあとコーヒーポットを手に取った。
 がたりと設楽さんは立ち上がる。しまわれるテキスト。

「あれ、設楽さん、いいの?」

 せっかくいっしょになったのに!

「うん、私、数学わかんないとこあって」
「あの、……オレ、教えようか?」

 オレとしては、かなり勇気を振り絞ったと思う。

「へ?」

 不思議そうな設楽さんに、オレは続けた。

「数学得意なんだ」
「あー」

 設楽さんの納得した顔。オレが数学得意なの、知っててくれたんだろう。じわじわと嬉しくなる。

「じゃあ、」
「戸田は先にこっちだろーが」

 先生にテキストを叩かれた。

「あ」
「あは、やっぱ私数字の先生とこ行くね。じゃあ相良先生、また」
「おー」

 先生はオレのテキストに目線を落としている。

(あ)

 オレは一瞬、息を飲んだ。設楽さんの淋しそうな目線。その目に浮かんだ、独特の熱に、言葉が詰まる。

「? 戸田くんもまたね」
「あ! うん、また」

 閉まった扉をしばらく見つめ、それから先生に聞いてみた。

「先生、ジョシコーセーに告られたらどうする?」
「断るよ」

 呆れたように言う先生に、オレはちょっと安心した。
 先生と目が合う。口は笑ってるけど、目は笑ってなかった。
 なんだか、……釘を刺された気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...