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【高校編】分岐・鍋島真

邂逅

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「実感わかないなー」

 帰国して、しばらくしてーー。
 春の日差しが掃き出し窓からほかほかと降り注いで、少し眠気に襲われる。
 そんな感じでボンヤリしながら、私は作り直したパスポートをまじまじと見つめて呟いた。鍋島華になった、私の名前。

「まぁ、しばらくは旧姓なんでしょ?」

 千晶ちゃんが雑誌から顔を上げて言った。
 ローテーブルを挟んだ、向かい合わせのソファ。私たちは2人でダラダラしていた。

「んー、まぁ……対外的には、私、まだ樹くんの許婚なんだもの」

 というか、住む場所も変わらない。

(心配性なんだよなぁ)

 都内から学校に通うの、電車で行くと言ったら「痴漢に遭うから絶対ダメ」とのお達しで、私はこの鎌倉の家で卒業までを過ごすことになった。

(千晶ちゃん1人にできないしなぁ)

 気を使うだろうし……まぁ、かなり馴染んでくれてるけれど。

「正直、さっさと樹くんの婚約者に戻るほうをオススメしちゃうな、わたし」
「あは、なんかみんな私たちが別れると思ってるのなんで」
「それはお兄様がお兄様だから」

 千晶ちゃんはシブい顔で言った。私は思わず笑ってしまう。

「なに?」
「今の千晶ちゃん、チベットスナギツネみたいだった」
「なにそれぇ……」

 やっぱりシブい顔の千晶ちゃん。そんな顔でも可愛い。

「でもね千晶ちゃん」

 私はにこ、と笑う。

「私、真さんのこと好きだよ」
「……洗脳されてない?」
「洗脳されてても、別にいいかも」
「洗脳されてるよそれっ」

 ひゃぁ、って顔で千晶ちゃんは言う。もう、大げさだなー。

「それくらい好きなんだよ。……全然会えてないけど」
「まーね」

 千晶ちゃんはヨシヨシ、と私の頭を撫でてくれた。

「ていうか、好きなんだ?」
「好きだよ」

 年末まで気がついてなかったけど。

「正直」

 ふ、と微笑む。

「他の女と会話することすら許せない」
「えええ……」

 千晶ちゃんがドン引きしてる。私は笑った。

「思ったより私、束縛強いみたい」
「……じゃあ、今の状態はかなり我慢してるんだ?」
「してるよっ」

 もうまる1週間、会ってない。

(しょーがない)

 分かってる。

(だってそうなるように勧めたのは私なんだもんなぁ)

 やっぱダメダメでグズグズな関係のほうが良かったかなぁ。ちぇ。
 真さんは結局、学部を変更することに決めた。理学部の、物理学科……文系の私からしたら、頭が痛くなりそうな名前なんだけれど。
 そもそも、真さんの通ってる大学は、三年生からの学部を選択することができる。
 本当は、二年生の四月から選抜は始まっていたんだけれど……真さんは「特例中の特例」として(理学部の教授から推薦文を出させたらしい……なにやったんだろ)認められた、そうだ。

「マンションのほうに会いにいけばいいのに」
「……邪魔になるから」

 せっかく「自分のやりたいこと」で将来を決めはじめた真さんを、邪魔したくない。会ったら絶対にグズグズにしたくなっちゃうもん。

「でも、そろそろ」

 千晶ちゃんは苦笑いした。

「食料、尽きてるかもよ」
「んー」

 それは思っていたのだ。たしかに、そろそろあのマンションに作り置きしといたゴハン類、消えてそう。あの人細身なのに食べるからなぁ。

「……しょーがない、行こうかな」
「はいはい、しょうがないもんね」

 ニヤニヤと笑う千晶ちゃんに見送られ、私は家を出た。しょうがないんですよ。食べてるか心配だから、仕方なしなんですよ。
 家を出ると、ぽかぽかの3月末の陽気。

(もうすぐ四月かぁ)

 四月からは二年生だ。イベント目白押しだし、なにかと忙しくなりそうです。

(というか、ヒロインちゃん入学してきますね?)

 むう、と考える。いい子だといいんだけれど、過去2人が2人だったからなぁ……。

(でもまぁ)

 ふ、と肩の力をぬいた。

(私、完全にシナリオから外れてるもんね)

 ゲームの悪役令嬢、設楽華はもういない。まぁ、対外的には「設楽華」なんだけど、本名はもう「鍋島華」になっちゃってるんだもん。まさか悪役令嬢が既婚者ってことはないでしょう。
 そんなことを考えつつ、ボケーっと駅まで歩いていると、すうっと横に車が止まった。

「?」
「そこのオネーサン、僕とお茶しない?」

 車窓から腕を出して微笑んでいたのは、真さんで。
 私は思わず笑った。相変わらずよく分からないナンパしてくる人ですね。

「奢ってくれるなら」
「わーいやったぁ」

 くすくす、と真さんは笑った。ていうか、こっち来るなら来るって言ってくれてないと!
 私がそう言おうと口を開いた瞬間、背後から大きな声が聞こえた。

「そのオンナはやめておいたほうがいいですよっ、鍋島さんっ」

 私は振り向く。振り向いて、固まる。

(……ヒロイン、だ)

 私は呆然と固まる。真さんの雰囲気が、少しぴりっとしたものに変わった。

「誰?」

 私が口を開くより早く、真さんはそう言って私を車内に引きずり込む。

「わ!?」

 ばたん、と閉まる扉。窓越しに、ヒロインちゃんの強い視線とかち合う。

「鍋島さんが女性好きで、ナンパやらなんやらしまくってるのは存じ上げてますけれど、でもそのオンナはやめておいた方がいいです」
「ねえそんな質問してないよね僕は」

 真さんは低い声で尋ねた。

「誰、って聞いたの。君は誰」
「あたしは」

 堂々と、ヒロインちゃんは答えた。

「あたしはヒロインです、この世界の」
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