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【高校編】分岐・山ノ内瑛

花筏

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 京都の哲学の道には桜が植えられている。琵琶湖疏水に、散った桜が浮かんでは流されて行く。

「花筏」
「なんそれ」
「こういう、水に浮いてる桜の花びらのこと? 多分」
「ほーん」

 アキラくんは私の横からそれを覗き込んで、それから私の手をつなぎ直した。

「風流な言葉があるもんやな」
「そうだねぇ」

 笑いながら見上げる。アキラくんはとっても普通に、私の手を引いて歩きだした。
 もう片方の手には、白いカーネーションの花束。

「早いけどな、明日、母の日に付き合ってくれへん?」

 そう言われたのは、昨日の放課後のことだ。
 帰宅しようとしてた私を、アキラくんはこっそり靴箱で待ち構えていた。

「母の日?」

 神戸に帰るってこと?
 首を傾げた私に、アキラくんは「京都なんやけど」と言った。

「お墓がな、あるらしいねん。急で悪いんやけど」

 私は頷いた。お墓。アキラくんを産んだひとのお墓なんだと思う。
 敦子さんは割と淡々と了承してくれた。

「遅くならないように」

 約束はそれだけ。少し拍子抜けした。
 新横浜で待ち合わせて久々の新幹線で京都に向かった。地下鉄を乗り継いで、南禅寺あたりから哲学の道を歩く。

「桜の時期らしいわ」

 アキラくんは歩きながら言った。

「俺を産んだ人が死んだん」
「そっか」
「事故やったんやろか。教えてくれんかった」
「お父さん?」
「ん」

 アキラくんは頷いた。

「代わりに、墓の場所聴きだしたんや」

 そう言って、カーネーションを掲げた。京都駅の駅ビルで買った白いカーネーション。死んだ母親に捧げるお花。
 お土産屋さんや、カフェなんかの並びに唐突にお墓が並ぶ一画が現れる。

「ええと、……あった、こっちや」

 あまり広くないせいで、すぐに場所が分かった。
 あまり手入れのされていない感じのお墓。

「もっと掃除の道具やら持ってきたったら良かったな」
「とりあえずできるだけ洗おう」

 無言でお墓を洗う。なんとなく綺麗になったくらいでアキラくんは「もうええやろ」と笑って、線香に火をつけた。
 ふんわり、と漂う線香のかおり。私はほんの少し、ノスタルジックな気分になった。なんでだろう……。
 それからお花をお供えして、屈んで両手を合わせる。私もその後ろから手を合わせた。

「……ありがとな」

 立ち上がったアキラくんは、振り返って言った。

「なんかスッキリしたわ」
「ほんと」
「華も紹介できたしな」

 うーん、と背伸びをしてアキラくんは笑う。それから、私の手を握った。

「さーて」

 満面の笑み。

「?」
「思いっきりデートや!」
「へ!?」
「だってなぁ」

 アキラくんはへにゃりと眉を下げた。

「あっちやと遊ばれへんからさー、外で」
「ん」

 ちゅ、とおでこにキスをされた。

「遊んで帰ろ」
「……そうしよっか」

 笑って見上げると、思い切り抱きしめられた。

「あー、華可愛っ」
「ちょ、アキラくん!」

 ちらちら、と哲学の道から桜が散って、お墓の灰色に降り注いだ。


「等間隔らしいんや」
「ほんとだねぇ……」

 四条大橋の橋の上から、鴨川の川辺で等間隔に並ぶカップルの観察をする。

「なんでだろ」
「さー」

 アキラくんは私の手を取って笑う。

「あとで来いひん?」
「ん? いいよ」
「けっこー憧れやったんや」

 等間隔カップル、とアキラくんは笑った。その瞬間に、ぐうと私のお腹がなる。

「……あは」
「昼飯やな!」

 アキラくんは「何食べたい?」と少しキョロキョロしながら言った。

「ええと」

 私は考える。めっちゃ考えます。だってせっかくの京都なんだもん、なにか京都的なもの……!

「京都といえば?」

 アキラくんに聞くと「ニシン蕎麦?」とハテナマーク付きで答えられた。

「なんでハテナなの」
「いや、華好きなんやろかと」
「んー、好きだけど」

 気分ではない気もする。

「あー、ばーちゃんに連れてかれた天丼屋が近いっちゃ近い」
「天丼かぁ」
「アナゴ」
「む」

 美味しそうだ。美味しそうだけど、ちょっと高そう。敦子さんから貰ったお小遣いが、新幹線のチケット代ギリギリだったから。
 というか、実のところアキラくんのお父さんが出してくれたのだ、チケット代。駅に着いた時にはすでに購入されちゃってた。

(でも、それは申し訳なさすぎるっ)

 なので、お金はお父さんにお返しする予定。だから、あんまり使えない……、予算が限られます。

「……あのな、俺のワガママやねんから」

 察したっぽいアキラくんがぽつりと言うけれど、私はそれを遮った。

「それとこれとは話が別なの」
「せやろか」
「そう!」

  ふと、私は通りの向こうにラーメン屋さんがあることに気がつく。

「京都ってラーメン屋さん多いよね」
「あー、結構あるな」
「じゃ、ラーメン」
「ええのラーメンで」
「ラーメンがいい」

 そう答えたときには、すでにラーメンの口になっていたのでした。じゅるり。
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