上 下
667 / 702
【高校編】分岐・鹿王院樹

ペンギン事情

しおりを挟む
「あ、可愛い」

 今度は「?」つけずにカワイイ! と言えるものに出会った。なにこれ!
 全体的に黒っぽい、丸いフォルムの水鳥で、クチバシがオレンジ色。水鳥なのか、水槽の中で気持ちよさそうに水中に潜ったり泳いだりしていた。

「エトピリカだな」

 樹くんが言う。

「アイヌ語で美しいクチバシ、という意味らしい」
「詳しいね」
「だろう、と言いたいところだが」

 樹くんは笑って水槽の前のプレートを指差す。

「書いてあった」
「なぁんだ」
「鳥類はよくわからん」

 樹くんは水槽の中を覗き込むようにして首をかしげる。

「横のウミガラスに至ってはペンギンとどう違うんだ」
「配色は似てるけど」

 ずいぶん違う気もする。ペンギンより鳥っぽいフォルム。

「飛ぶらしいぞ」
「へぇー」

 ペンギンは飛ばないのに。

「むしろ鵜に似ているな」
「鵜ねぇ」

 見たことないや。

「そういえば、ペンギンって北半球では日本にいちばんいるんだって」
「そうなのか?」
「本来は南半球にしかいないらしいよ」
「ペンギン事情に詳しいな、華」

 感心したように、樹くんは頷く。ペンギン事情ってなに、と私は笑った。

(なんていうか、)

 こーいう、意味のない、って言ってしまえば身もふたもないんだけれど、気の置けない、だらだらした雑談できる間柄の人がいるってこと、それも大好きな人とそんな関係でいられるってこと、結構スゴイことなのかもなあ。

「そういえばさ」

 私は樹くんを見上げた。

「今日ってどこ泊まるの?」

 言われて、一泊分の準備はしてきたけれど。樹くんは、私を見てにやりと笑った。

「どこだと思う?」
「?」

 私は首をかしげる。え、どこだろう……?

「温泉?」
「残念ながら。夕方、日帰り温泉には入りに行こう」
「ん?」
「泊まるところに風呂はないから。水はたくさんあるが」
「水はたくさん……?」

 私はやっぱり首をひねる。

「海の近くで、えーと、キャンプ?」

 といっても、キャンプ用の服装とかじゃないや。私だけじゃなくて、樹くんも。

(てことは、グランピングとか?)

 そういう系かなぁ。
 首をひねりながら樹くんを見上げると「お楽しみだ」と楽しげに言われた。

「というかだな、これももはや俺の趣味なんだ」
「ふーん?」
「嫌だったら宿を取るから遠慮なく言って欲しい」
「わかんないけど、いいよ」

 私は樹くんの手を取り歩き出す。

「なんだか分からないけど、樹くんが楽しいならいいや」

 私は笑った。樹くんは色々言うけど、私が楽しめるかどうか、も考えてくれてるの分かるし。

「変なとこじゃないんでしょ?」
「衛生面と安全面は確保してある」
「ならいーや」

 目の前の水槽で、アザラシがつうっと横切った。まんまるフォルムが可愛らしい。ぼうっと見ていると、樹くんの手に力が入った。ほんのすこし。

「?」

 私は樹くんを見上げた。樹くんは水槽のアザラシを見つめていて、私も視線をアザラシにもどす。力を入れるタイミング、たまたまだったのかな。

 水族館を堪能したあとは、お隣の観光客向けのさかな市場で魚介ざんまいです。

「焼きウニ……焼きウニ」
「ウニは美味いよなぁ」

 炭火で焼いてある焼きウニ。ほんとに美味しい……。ふと、市場の中のお店が目に入る。

「あっ樹くん、あっち海鮮丼だってっ」
「あちらは寿司に天ぷら付きらしいがどうする?」

 私は思わずキョロキョロしてしまう……! どっちも美味しそうだよ!
 結局お寿司に天ぷらにして、そのあと温泉旅館の方がよこしてくれたハイヤーで移動。

「わざわざ日帰り客のために?」
「あそこのオーナーとうちの祖母が同級らしい」

 てことはオーナーさんは青百合OGのひとなのか。
 着いた旅館は純和風な感じの落ち着いた雰囲気。いい感じ、と思ってみていると「ここに泊まるか?」と樹くんに聞かれた。

「ん?」
「もし、今日の宿泊先、気に入らなかったら」
「まだ言うの」

 そんなに言われる「今日の宿泊先」、一体どこなんだろう……?
 疑問に思いつつ、大浴場でのんびりさせてもらった。すこし滑り気のある暖かいお湯!

(東北は温泉だよなぁ……)

 大きな窓から外を見ながら考えた。夏の夕景。雲のすみっこに夕日が当たって、そこだけ鮮明なオレンジのグラデーションになっていた。
 お風呂上がりにコーヒー牛乳を買うべく温泉横の売店を覗くと、樹くんもいた。その手には瓶のコーヒー牛乳!

「お、分かってるね樹くん」
「華から教えてもらったからな」

 自慢げに樹くんはコーヒー牛乳の瓶を掲げた。ガラス張りの冷蔵庫からもう一本取り出して、レジに持って行ってくれる。遠慮するのも何なので(遠慮しない方が樹くんが喜ぶ)ありがたく奢ってもらった。

「おいしー」
「うむ」

 天井まである大きなガラス越しに日本庭園を眺めながら、私たちはコーヒー牛乳をゴクゴクと飲む。うん、やっぱ温泉といえばコーヒー牛乳、コーヒー牛乳といえば温泉なのですよ。

「さて」

 一息つい樹くんは、私を見てすこし笑う。

「では、向かうか。宿泊先」
「うん」

 ちょっとドキドキと返事をしつつ、けれどハイヤーが向かったのはさっきの水族館で。

「? 戻ってきちゃった」
「……というか、だな」

 樹くんは私の手を引きながら言う。

「ここだ」
「ここ?」

 少し、いたずらっぽく笑った。

「……え、水族館に泊まるの!?」

 私の素っ頓狂な声に、樹くんは楽しげに頷いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華
恋愛
テンプレ悪役令嬢であるセリーナは、乙女ゲームの舞台から穏便に退場する為、処女を散らそうと決意する。そのお相手に選んだのは能面執事のクラウスで…… ちょっとお馬鹿なお嬢様が、色気だだ漏れな狼執事や、ヤンデレなお義兄様に迫られあわあわするお話。 ※ギャグとシリアスとホラーの混じったラブコメです。寸止め。生殺し。 完結感謝。後日続編投稿予定です。 ※ちょっとえっちな表現を含みますので、苦手な方はお気をつけ下さい。 表紙は、綾切なお先生にいただきました!

処理中です...