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【高校編】分岐・鹿王院樹

ペンギン事情

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「あ、可愛い」

 今度は「?」つけずにカワイイ! と言えるものに出会った。なにこれ!
 全体的に黒っぽい、丸いフォルムの水鳥で、クチバシがオレンジ色。水鳥なのか、水槽の中で気持ちよさそうに水中に潜ったり泳いだりしていた。

「エトピリカだな」

 樹くんが言う。

「アイヌ語で美しいクチバシ、という意味らしい」
「詳しいね」
「だろう、と言いたいところだが」

 樹くんは笑って水槽の前のプレートを指差す。

「書いてあった」
「なぁんだ」
「鳥類はよくわからん」

 樹くんは水槽の中を覗き込むようにして首をかしげる。

「横のウミガラスに至ってはペンギンとどう違うんだ」
「配色は似てるけど」

 ずいぶん違う気もする。ペンギンより鳥っぽいフォルム。

「飛ぶらしいぞ」
「へぇー」

 ペンギンは飛ばないのに。

「むしろ鵜に似ているな」
「鵜ねぇ」

 見たことないや。

「そういえば、ペンギンって北半球では日本にいちばんいるんだって」
「そうなのか?」
「本来は南半球にしかいないらしいよ」
「ペンギン事情に詳しいな、華」

 感心したように、樹くんは頷く。ペンギン事情ってなに、と私は笑った。

(なんていうか、)

 こーいう、意味のない、って言ってしまえば身もふたもないんだけれど、気の置けない、だらだらした雑談できる間柄の人がいるってこと、それも大好きな人とそんな関係でいられるってこと、結構スゴイことなのかもなあ。

「そういえばさ」

 私は樹くんを見上げた。

「今日ってどこ泊まるの?」

 言われて、一泊分の準備はしてきたけれど。樹くんは、私を見てにやりと笑った。

「どこだと思う?」
「?」

 私は首をかしげる。え、どこだろう……?

「温泉?」
「残念ながら。夕方、日帰り温泉には入りに行こう」
「ん?」
「泊まるところに風呂はないから。水はたくさんあるが」
「水はたくさん……?」

 私はやっぱり首をひねる。

「海の近くで、えーと、キャンプ?」

 といっても、キャンプ用の服装とかじゃないや。私だけじゃなくて、樹くんも。

(てことは、グランピングとか?)

 そういう系かなぁ。
 首をひねりながら樹くんを見上げると「お楽しみだ」と楽しげに言われた。

「というかだな、これももはや俺の趣味なんだ」
「ふーん?」
「嫌だったら宿を取るから遠慮なく言って欲しい」
「わかんないけど、いいよ」

 私は樹くんの手を取り歩き出す。

「なんだか分からないけど、樹くんが楽しいならいいや」

 私は笑った。樹くんは色々言うけど、私が楽しめるかどうか、も考えてくれてるの分かるし。

「変なとこじゃないんでしょ?」
「衛生面と安全面は確保してある」
「ならいーや」

 目の前の水槽で、アザラシがつうっと横切った。まんまるフォルムが可愛らしい。ぼうっと見ていると、樹くんの手に力が入った。ほんのすこし。

「?」

 私は樹くんを見上げた。樹くんは水槽のアザラシを見つめていて、私も視線をアザラシにもどす。力を入れるタイミング、たまたまだったのかな。

 水族館を堪能したあとは、お隣の観光客向けのさかな市場で魚介ざんまいです。

「焼きウニ……焼きウニ」
「ウニは美味いよなぁ」

 炭火で焼いてある焼きウニ。ほんとに美味しい……。ふと、市場の中のお店が目に入る。

「あっ樹くん、あっち海鮮丼だってっ」
「あちらは寿司に天ぷら付きらしいがどうする?」

 私は思わずキョロキョロしてしまう……! どっちも美味しそうだよ!
 結局お寿司に天ぷらにして、そのあと温泉旅館の方がよこしてくれたハイヤーで移動。

「わざわざ日帰り客のために?」
「あそこのオーナーとうちの祖母が同級らしい」

 てことはオーナーさんは青百合OGのひとなのか。
 着いた旅館は純和風な感じの落ち着いた雰囲気。いい感じ、と思ってみていると「ここに泊まるか?」と樹くんに聞かれた。

「ん?」
「もし、今日の宿泊先、気に入らなかったら」
「まだ言うの」

 そんなに言われる「今日の宿泊先」、一体どこなんだろう……?
 疑問に思いつつ、大浴場でのんびりさせてもらった。すこし滑り気のある暖かいお湯!

(東北は温泉だよなぁ……)

 大きな窓から外を見ながら考えた。夏の夕景。雲のすみっこに夕日が当たって、そこだけ鮮明なオレンジのグラデーションになっていた。
 お風呂上がりにコーヒー牛乳を買うべく温泉横の売店を覗くと、樹くんもいた。その手には瓶のコーヒー牛乳!

「お、分かってるね樹くん」
「華から教えてもらったからな」

 自慢げに樹くんはコーヒー牛乳の瓶を掲げた。ガラス張りの冷蔵庫からもう一本取り出して、レジに持って行ってくれる。遠慮するのも何なので(遠慮しない方が樹くんが喜ぶ)ありがたく奢ってもらった。

「おいしー」
「うむ」

 天井まである大きなガラス越しに日本庭園を眺めながら、私たちはコーヒー牛乳をゴクゴクと飲む。うん、やっぱ温泉といえばコーヒー牛乳、コーヒー牛乳といえば温泉なのですよ。

「さて」

 一息つい樹くんは、私を見てすこし笑う。

「では、向かうか。宿泊先」
「うん」

 ちょっとドキドキと返事をしつつ、けれどハイヤーが向かったのはさっきの水族館で。

「? 戻ってきちゃった」
「……というか、だな」

 樹くんは私の手を引きながら言う。

「ここだ」
「ここ?」

 少し、いたずらっぽく笑った。

「……え、水族館に泊まるの!?」

 私の素っ頓狂な声に、樹くんは楽しげに頷いたのだった。
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