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【高校編】分岐・鍋島真

婚前旅行

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 イベント事には、あんまりこだわらない主義なんですが。

「ごめんね華ちゃん、なんか、お兄様、ほんっと唐突で……」
「いーのいーの慣れてきたから」

 そんな会話を交わしてるのは、年の瀬も差し迫った12月の半ば。
 家の玄関、千晶ちゃんはものすごく申し訳なさそうな顔で見送ってくれている。私はトランクと一緒に、千晶ちゃんを見て微笑んだ。

(ていうか、……この家も人数増えたよなぁ)

 最初は私と敦子さん、時々八重子さんだったのに。

(圭くんが増えて、千晶ちゃんも一緒に暮らすようになって、)

 ……秋口にあった、真さんのよく分からない暗躍(?)によって、真さんと千晶ちゃんのオトーサマは逮捕されてしまった。
 千晶ちゃんはウチで避難してた流れでそのままウチに下宿、っていうか一緒に住むことに。
 真さんは都内のマンションで普段は過ごしてて、まあなんやかんやとウチに来ては騒いでる。主に圭くんと……。

(仲がいいんだか、悪いんだか)

 そして、その余波でなんか、芋づる式にウチの大伯父様まで逮捕されちゃったのだ。
 それで、それまで大伯父様がいたポジションを、まるっと敦子さんが頂いた感じ。

(なるほどねぇ)

 事がそこまで動いて、やっと私は理解した。真さんの「手土産」がなんだったかと、樹くんとの婚約破棄が公表されない理由も。

(まだ盤石じゃない、ってことなんだろうな)

 敦子さんの足元。「鹿王院との繋がり」があるから支持してる層もいるらしいし。
 そんなわけで、そのゴタゴタの渦中に真さんはとっても嬉しそうに「はい入籍しよ!」ってウチに来て満面の笑みだった。いや、いいけども。

「じゃあ今から提出行きますか」

 私の言葉に、敦子さんは嘆息して「あたしもバツイチだから」とつぶやき、千晶ちゃんは「マジなの!? 戸籍汚れるよ!?」って軽く叫んで、圭くんは「まぁバツイチでもいいんじゃない?」と謎のフォローを……。バツ付くの前提なのね皆さん。

「……ちょっと待って」

 真さんは皆を無視して、とても真剣な顔で言った。

「大事なこと忘れてた」
「何ですか?」
「婚前旅行」
「は?」
「婚前旅行というものに行きたいです」
「……はぁ」

 私は頷いた。まぁ行きたいというのならお付き合いしましょう、っていうか連れて行かれるんだろうなぁ、なんて思ってたのが数日前。
 で、昨日の夜ですよ。唐突にウチに来たと思ったら「はいチケット」って手渡された。

「は?」
「明日の午後発フランクフルト直行便、ごめんねビジネスクラスなんだけど」
「いや、は?」
「朝迎えに来るから。車で行こう」
「あのう」
「クリスマスマーケット、行ってみたかったんだよねぇ」
「あーのー?」
「暗いけどさ、ずっと手を繋いでるから」

 真さんはにっこり笑う。た、たしかにこのところ、……要はこのヒトとの婚約以降、なぜだか真さんと手を繋いでたら夜道もいけるようになってきましたよ? いけました、確かにいけました、けれども!

「いや、急すぎません?」
「思い立ったが吉日」

 にっこりと微笑まれて返された。えー
なにそれ、ずるい。そういうカオされると、何でか知らないけど、私、抵抗できないんだよなぁ……。

(パスポート、あって良かった)

 来年の修学旅行のために、高校入学してすぐとったのだけれど、まさかこんなことで役に立つとは。
 そんな回想を終了させたのは、鳴り響くインターフォンの音。

「あー、お兄様かな」
「いってきます」

 微笑んで、扉を開く。案の定というかなんというか、真さんが立っていた。
 コートにマフラー、ボトムスはチノパンっぽい。かっちりしてないのは、飛行機だから過ごしやすさ優先なんだろう。……旅慣れてるなぁ。
 てか、ふつーの格好なんだけど、この人が着るとなんか決まるからムカつく。

「忘れ物してない?」

 真さんは、私の荷物を車のトランクに詰め込みながら言った。

「どうですかね」

 昨日からバタバタと荷造りしたので、なにが入ってるんだか、入ってないんだか。

「ていうか、何泊なんですか」
「決めてない」

 あっけらかん、と真さんは答えた。

「へ!?」
「気が向いたら帰国しようね」

 にっこり、と笑われる。え、やっぱ、行くのやめようなあなんて思ってる内に、車の助手席に詰め込まれた。

「ほ、ホテルの予約とかっ」
「とりあえず抑えてるのが何か所かあるから心配しないで大丈夫」
「えぇ……」
「ふふ」

 運転席でシートベルトをかけながら、真さんはとっても上品な笑い方で言った。

「旅行中に赤ちゃんできちゃうかもね? ……いたたたた」
「避妊してくんないならしません」

 真さんの太ももをつねりながら軽く睨む。まったくもう、なにを言い出すんだか!

「ちぇー」
「ちぇー、じゃないです!」
「はいはい」
「ハイは1回!」
「でも華、」

 真さんは微笑む。とっても優雅に、閑雅に、気品たっぷり、って感じで。

「拒めないくせに?」
「う」
「とっても悪い子だからね、華は」

 む、って顔をして睨んで見せると、真さんは楽しげに笑った。

「じょーだん。まだまだ新婚楽しみたいからね、その辺は気をつけるよ」
「……まだ新婚でもないですけど?」
「気持ちの問題だよー!」

 帰国したらすぐ届け出そうね、大安吉日にしようね、なんて真さんは本気なんだか冗談なんだか分からないことを言って車を発進させた。

(まぁ大安吉日はともかく、婚姻届は出しちゃうんだろうなぁ)

 真さんがそうするから、とかじゃなくて、私もそうしたい。

(だってなんか、どっか行ったらヤダもん)

 なんだかフワフワしてる人だから、……繋ぎ止めておきたいんだ。
 膝の上の、私の左手、その薬指に光る指輪。まさか16で結婚するなんて、想像もしてなかった。

(けれどまぁ、幸せだし、まぁいっか)

 赤信号のたびに降ってくる大量のキスに若干辟易しながら、私はそう思ったのでした。
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