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【高校編】分岐・鍋島真
どろりどろり
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あの状況から逆転するとは思わなかった。
「ほえー」
「僅差だけどね」
微笑む真さんに、圭くんはめちゃくちゃ悔しそう。
「……もう一回!」
「やだ、めんどくさい」
む、って顔をする圭くんはほんとに可愛い……。
真さんは大人気ないけど、この表情を引き出してくれたことは感謝しよう。写真撮りたいけど、撮ったら怒られるよな……。
「ところで」
千晶ちゃんが言う。
「いつまでこちらにお邪魔してたら良いのです?」
「んーと、しばらく」
「しばらくっていつです」
「とりあえずあのオッサンが小菅に行くまで」
「オッサンとはお父様のことですか? というか、小菅? どちらですかそれは」
「ふっふ」
真さんはとても優雅に目を細めると、やっぱり麗しく足を組む。
「千晶、僕の可愛い妹チャン」
「な、なんですか気色の悪い……」
「僕と二人暮らしするのと、この家に下宿するのとどっちがいい?」
「え、それはこちらで下宿させていただいたほうが……」
千晶ちゃんは即答して、真さんは笑った。
「じゃー僕もここで暮らそうっと。いいよね華?」
「いえ、ここ敦子さんちなんで……」
「お兄様はマンションあるでしょう?」
「あっれー、僕の最愛の奥さんからも妹からも塩対応だぞ」
「奥さんじゃないデショ!」
奥さん呼ばわりに怒ったのは圭くん。まあどうせそうなるから、私はいいんだけど。
(ていうか、一体何が?)
首をかしげると、真さんと目が合う。とっても優雅に微笑まれて、私は目を逸らした。
だって、……なんだかドロリとした何かが、身体の中から湧いてくるんだもの。この人の目を見ていると。
甘くて熱くて苦くて、……私は未だにこの感情に名前が付けられずにいる。
夕食どきになっても敦子さんは帰ってこなくて、お手伝いさんの八重子さんが夕食を手早く作っていく。
私と圭くんはそのお手伝い。人数多いし。千晶ちゃんはお皿を並べてくれていた。
「悪いわね、お手伝いのお手伝いなんかさせちゃって」
「八重子さんはお友達枠だから~」
そもそも敦子さんの友達なのだ。敦子さんの壊滅的家事能力にしびれを切らせて、押しかけ家政婦になったというのが真相らしい。
「今日は天丼ですよ~」
「わーい!」
えび、いか、ししとう、いんげん、かぼちゃ、それからアナゴ!
「ちょう豪華」
私はじゅるりとヨダレを垂らしそうになりながら呟く。じゅわじゅわ揚がっていく天ぷらたち……!
「ハナ、お味噌汁のお茄子切って」
「はいはい」
圭くんに言われて、私は茄子を切る。今日のお味噌汁は、圭くんの大好物の茄子とミョウガのお味噌汁だ。圭くんはお出汁をとっていた。
色味を考えて、茄子の皮を剥く。
そしてその様子を、うろちょろしながら真さんは興味深げに観察していた。見ていた、とかじゃなくてもはや観察だった。
「……鍋島サン、少し手伝ってもらえます?」
「ん、いいよ」
私は圭くんの勇気ある申し出に驚愕した。……まぁ、真さんの生活能力の皆無っぷりを知らないからなあ、圭くんは。
「じゃあサラダ用のキャベツを」
「うんいいよー」
「……っ、待っ!? 包丁持ったことないんですか!?」
「ないよ?」
キョトンとして言う真さんに、圭くんは頭を抱えていた。
「だからってその持ち方は……!」
「ダメなの?」
「ダメっていうか、怪我します」
そのままお料理教室が始まって、私と八重子さんはちょっと微笑ましくそれを見守る。
「兄弟みたいねぇ」
八重子さんの言葉に頷く。真さんも圭くんも実に美しいカンバセなので、血の繋がりがあると言われたら素直に信じてしまうだろう。
「さっきもオセロで2人してはしゃいでて」
「はしゃいでない!」
圭くんは、キッとこちらを見た。
「この人と兄弟だと言われるくらいなら、まだカマドウマと親戚と言われた方がマシだよ……!」
「ちょっと待ってカマドウマ以下なのかい僕は」
あはは、と楽しげな真さん。カマドウマってよく知ってたな、圭くん。
イギリスにもカマドウマいるのかな。私はちょっと……ううんとっても、苦手なんですけど、あの虫は。
料理がすっかり出来上がった頃には、真さんのキレイな指先に何枚か絆創膏が巻かれていた。
「刃物って切れるねぇ」
「……部活に支障ないですか?」
ちょっと心配になって聞く。真さん、剣道部だから。竹刀とかちゃんと握れるかな。
「ん、浅い傷だし全然大丈夫」
真さんは笑った。
「ていうか、……心配してけれたの、華。ありがと、愛してる」
「あーはいはい見せつけないでいただけますお兄様!? わたしまだ少し不安なのです!」
「ハナ、こんなやつ心配する価値ないよ」
千晶ちゃんと圭くんがほぼ同時に口を開く。私は笑いながら、心臓がどきどきしちゃってしょうがなかった。
(だ、だってあんなカオで笑うからっ)
愛してる、って言ったとき。ほんとに嬉しそうで、幸せそうで、満ち足りてて、って感じの顔。それみてたら私も胸もいっぱいになってしまってーーやっぱりあの、どろりとした感情が私を襲った。
「む」
「どしたの華ちゃん」
不思議そうな千晶ちゃんに微笑む。なんだか胸が、とても痛くて。
圭くんがじっと私を見てるのが、少し不思議だった。
「ほえー」
「僅差だけどね」
微笑む真さんに、圭くんはめちゃくちゃ悔しそう。
「……もう一回!」
「やだ、めんどくさい」
む、って顔をする圭くんはほんとに可愛い……。
真さんは大人気ないけど、この表情を引き出してくれたことは感謝しよう。写真撮りたいけど、撮ったら怒られるよな……。
「ところで」
千晶ちゃんが言う。
「いつまでこちらにお邪魔してたら良いのです?」
「んーと、しばらく」
「しばらくっていつです」
「とりあえずあのオッサンが小菅に行くまで」
「オッサンとはお父様のことですか? というか、小菅? どちらですかそれは」
「ふっふ」
真さんはとても優雅に目を細めると、やっぱり麗しく足を組む。
「千晶、僕の可愛い妹チャン」
「な、なんですか気色の悪い……」
「僕と二人暮らしするのと、この家に下宿するのとどっちがいい?」
「え、それはこちらで下宿させていただいたほうが……」
千晶ちゃんは即答して、真さんは笑った。
「じゃー僕もここで暮らそうっと。いいよね華?」
「いえ、ここ敦子さんちなんで……」
「お兄様はマンションあるでしょう?」
「あっれー、僕の最愛の奥さんからも妹からも塩対応だぞ」
「奥さんじゃないデショ!」
奥さん呼ばわりに怒ったのは圭くん。まあどうせそうなるから、私はいいんだけど。
(ていうか、一体何が?)
首をかしげると、真さんと目が合う。とっても優雅に微笑まれて、私は目を逸らした。
だって、……なんだかドロリとした何かが、身体の中から湧いてくるんだもの。この人の目を見ていると。
甘くて熱くて苦くて、……私は未だにこの感情に名前が付けられずにいる。
夕食どきになっても敦子さんは帰ってこなくて、お手伝いさんの八重子さんが夕食を手早く作っていく。
私と圭くんはそのお手伝い。人数多いし。千晶ちゃんはお皿を並べてくれていた。
「悪いわね、お手伝いのお手伝いなんかさせちゃって」
「八重子さんはお友達枠だから~」
そもそも敦子さんの友達なのだ。敦子さんの壊滅的家事能力にしびれを切らせて、押しかけ家政婦になったというのが真相らしい。
「今日は天丼ですよ~」
「わーい!」
えび、いか、ししとう、いんげん、かぼちゃ、それからアナゴ!
「ちょう豪華」
私はじゅるりとヨダレを垂らしそうになりながら呟く。じゅわじゅわ揚がっていく天ぷらたち……!
「ハナ、お味噌汁のお茄子切って」
「はいはい」
圭くんに言われて、私は茄子を切る。今日のお味噌汁は、圭くんの大好物の茄子とミョウガのお味噌汁だ。圭くんはお出汁をとっていた。
色味を考えて、茄子の皮を剥く。
そしてその様子を、うろちょろしながら真さんは興味深げに観察していた。見ていた、とかじゃなくてもはや観察だった。
「……鍋島サン、少し手伝ってもらえます?」
「ん、いいよ」
私は圭くんの勇気ある申し出に驚愕した。……まぁ、真さんの生活能力の皆無っぷりを知らないからなあ、圭くんは。
「じゃあサラダ用のキャベツを」
「うんいいよー」
「……っ、待っ!? 包丁持ったことないんですか!?」
「ないよ?」
キョトンとして言う真さんに、圭くんは頭を抱えていた。
「だからってその持ち方は……!」
「ダメなの?」
「ダメっていうか、怪我します」
そのままお料理教室が始まって、私と八重子さんはちょっと微笑ましくそれを見守る。
「兄弟みたいねぇ」
八重子さんの言葉に頷く。真さんも圭くんも実に美しいカンバセなので、血の繋がりがあると言われたら素直に信じてしまうだろう。
「さっきもオセロで2人してはしゃいでて」
「はしゃいでない!」
圭くんは、キッとこちらを見た。
「この人と兄弟だと言われるくらいなら、まだカマドウマと親戚と言われた方がマシだよ……!」
「ちょっと待ってカマドウマ以下なのかい僕は」
あはは、と楽しげな真さん。カマドウマってよく知ってたな、圭くん。
イギリスにもカマドウマいるのかな。私はちょっと……ううんとっても、苦手なんですけど、あの虫は。
料理がすっかり出来上がった頃には、真さんのキレイな指先に何枚か絆創膏が巻かれていた。
「刃物って切れるねぇ」
「……部活に支障ないですか?」
ちょっと心配になって聞く。真さん、剣道部だから。竹刀とかちゃんと握れるかな。
「ん、浅い傷だし全然大丈夫」
真さんは笑った。
「ていうか、……心配してけれたの、華。ありがと、愛してる」
「あーはいはい見せつけないでいただけますお兄様!? わたしまだ少し不安なのです!」
「ハナ、こんなやつ心配する価値ないよ」
千晶ちゃんと圭くんがほぼ同時に口を開く。私は笑いながら、心臓がどきどきしちゃってしょうがなかった。
(だ、だってあんなカオで笑うからっ)
愛してる、って言ったとき。ほんとに嬉しそうで、幸せそうで、満ち足りてて、って感じの顔。それみてたら私も胸もいっぱいになってしまってーーやっぱりあの、どろりとした感情が私を襲った。
「む」
「どしたの華ちゃん」
不思議そうな千晶ちゃんに微笑む。なんだか胸が、とても痛くて。
圭くんがじっと私を見てるのが、少し不思議だった。
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