上 下
551 / 702
【高校編】分岐・相良仁

泣き虫(side仁)

しおりを挟む
 「彼女っぽいことする」って華が言うから、あーこいつ俺の彼女なんだ、って思ってなんかヤバイくらい幸せになる。なんだこれ……。
 おかげで、華がすうすう眠ってる道中、ほんとに一瞬だった。夢見心地? まぁ安全運転安全運転、こんなとこで死んだら元も子もねー。観光地近くの駐車場に車を停めた。

「起きた? おねんねオジョーサマ」
「……せめて眠り姫とかさ」

 寝ぼけ眼で苦情を呈してくる華は可愛い。本気で可愛い。可愛いからキスしてしまう。

「んー!?」
「眠り姫ならこうしなきゃだろ?」
「ね、眠り姫撤回」
「ダメだね」

 撤回撤回、と口では抵抗する華だけど、身体は全然そんなことなくて、ついいじめたくなる。
 ひょい、と助手席にいた華を自分の膝の上に乗せる。
 唇を重ねながら、熱い口腔を、柔らかな舌を味わいながら華の身体に触れた。

「ふ、あ、仁、やめ」
「やーめない」

 とろんとした目も、蕩けそうなカラダも、全部俺のだって思うとクるものがある。だって「彼女」なんだもんな? 華の耳を噛む。びくりと揺れる身体。……ほんとに、耳、弱いよな。
 甘い声が漏れて、それから「ずるいよ」と華は小さく言う。

「こんなにしても、抱いてくれないくせに」
「……傷つけそうで怖い」
「なにを?」

 不思議そうに言う華を抱きしめる。

「ねえ、私、もう17だよ」

 18と変わんないよ、と言う華の手に、俺はそっと触れる。

「なぁ、まだ気づかない?」
「なにが?」

 きょとんとした顔。
 その返答に思わず笑ってしまう。いや、気づくだろフツー。
 少し身体を離して、華をニヤニヤと見た。
 楽しげな俺を見て、不思議そうに自分の手に目をやった華が「あ」と少し間抜けな声を出した。

「え、あ、これ」
「よくあるパターンのやつ」

 照れ隠しで、あえて明るく言う。いや、照れるな、こういうの。

「……」

 華はじっと自分の左手薬指にはめられてる、ダイヤの指輪を見つめている。

「……起きないかドキドキした」

 華の顔が見れなくて、外の様子、あー晴れてんなぁ、とか、横の車に人が帰ってきたなぁ(キス見られなくて良かったけど、膝に乗せてるから気まずそうな顔された、すみませんねイチャついてて)とか、そんなことを考えていた。
 すぐに出て行く車の後ろ姿をぼけっと眺める。
 けれど、黙りこくる華にふと不安になって華を見た。

「……華」

 華は静かに泣いていた。せっかく化粧してんのにボロボロだ。

「華、」

 もう一度名前を呼んで抱きしめた。

(そんなに、)

 そんなに嬉しいと思ってくれてるのか。

「華、結婚しよう?」

 しゃくりあげながら、何度も頷いてくれる華に、俺まで泣きそうになる。

(大事にしよう)

 改めて思う。何度でも思う。
 かつて、前世で。苦しいくらいに、「俺だったら大事にするのに」って何度も思った。俺がそう思ってる横で、華は別の男に何度も傷つけられて軽んじられて、挙げ句の果てに、ーー殺されて。

(だから、そのぶん、幸せにする)

 幸せで幸せで、華がとろけそうになるくらいに、幸せにする。
 華が笑うことが、俺の幸せだから。ほかになにも要らないから。

「高校出たら、すぐにでも」

 こくり、と頷く華はぎゅうぎゅうと俺にしがみついて離れそうにない。

「まぁそんなわけで、17歳おめでと」
「……あ、そ、だった。今日だった」

 間抜けな華の顔。……忘れてたのか。もう17だなんだと言っていたくせに。俺は笑う。

「なんだ、誕生日だからデート行きたいのかと思ってた」
「や、違う、違って」

 華は俺を見上げる。

「仁のこと知りたくて」
「俺のこと?」
「どんな風に育ったの?」

 俺は首を傾げた。

「家族はどんなひと、好きな音楽は昔と変わらないの? 友達とはどんな風に遊んでたの、とか……なんか、そんな、普通のこと」

 華は静かに続ける。

「私、仁のことが知りたいの。知らないことあって、当たり前なんだけど、それでも知りたい」
「……なんでも話すよ」

 もはや隠し事なんかないんだ。俺がそう答えると、華はふんわりと笑った。


 化粧をちょっと直した華と、手を繋いで土産物屋やらなんやら続く道を歩く。華はサングラスをかけて、少し大人びた服装で、まあ年の差があるのは分かるだろうけれど、いっしょにいてそこまで悪目立ちはしていないっぽい。
 こないだの向日葵畑の時も思ったけど、元から綺麗な顔立ちだから、少し年上に見られるんだよな、こいつ。
 途中から「お腹が空いた」以外の言葉を発しなくなった華のために、てきとうな店に入る。湯葉丼と大きく出ていた、古民家をリフォームしたっぽい感じの店。

「ちょっとまって、湯葉御膳も美味しそう。なにこれ刺身湯葉? なにそれ?」

 座卓の上にメニューを広げて、華は至って真剣だ。俺は悩む華を眺めながらとっても幸せ。

「食べたいもん全部食べたら? 誕生日だし」
「ううっ、でもなぁ、うーんうーん」

 ……心なしか、さっきプロポーズした時より真剣な顔してないか? 俺、湯葉に負けたの? そんなことないよな?

「決めた、湯葉御膳にしよう。仁は?」
「じゃあそっちの魚のほう」
「……少し交換しようね?」

 華は「お願い」って顔で俺を見上げる。「気が向いたらな」なんてニヤニヤ笑って答えるけど、そんな可愛い顔されて言うこと聞かないわけがない。
 料理を持ってきてくれた、60くらいの着物を着た女性は俺たちを見て少し不思議そうにしたあと、華の指輪を見て笑った。

「あら、ご婚約されてるんですか」
「えへ、さっきもらったんです」

 嬉しそうな華に俺は顔が少し緩んじゃうし、その女性も「あらあらおめでとうございます」と笑った。

「ずいぶんお若い奥さまもらわれるのね」
「はぁ」

 曖昧に頷いた。

「どちらで出会われたの?」
「あー、職場で?」

 まぁ嘘じゃない。華の護衛は俺の仕事だし。前世はまぁ、置いといて。

「よっぽど大事にされなきゃ逃げられちゃうわよ」

 からかうように言われて、俺はやっぱり苦笑いした。ふと華が口を開く。

「あの、すっごい大事にされてるので大丈夫です」

 その言葉に俺と女性はきょとん、としたあと俺はちょっと泣きそうになる。なんだこれ。
 女性は「まぁまあ、ご馳走さま」と嬉しそうに笑った。

「ラブラブなのねぇ」

 照れたように笑う華を見てると、ちょっと本格的に涙腺が緩む。

「あらら。ごめんなさい、旦那さん、泣き虫なのねぇ」

 まだ旦那ではないですよ、と言う華の声が、何だか信じられないくらいに幸せそうだから、結局俺は泣いてしまった。ちょっと涙腺がどうにかしている、としか思えない。
 だって、たったこれくらいで泣いてしまうだなんて。
 たったこれくらいで、泣いてしまうくらいに幸せだなんて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華
恋愛
テンプレ悪役令嬢であるセリーナは、乙女ゲームの舞台から穏便に退場する為、処女を散らそうと決意する。そのお相手に選んだのは能面執事のクラウスで…… ちょっとお馬鹿なお嬢様が、色気だだ漏れな狼執事や、ヤンデレなお義兄様に迫られあわあわするお話。 ※ギャグとシリアスとホラーの混じったラブコメです。寸止め。生殺し。 完結感謝。後日続編投稿予定です。 ※ちょっとえっちな表現を含みますので、苦手な方はお気をつけ下さい。 表紙は、綾切なお先生にいただきました!

処理中です...