上 下
548 / 702
【高校編】分岐・相良仁

(side仁)

しおりを挟む
「バッカじゃないの」

 低い声と平手打ち。ばしん、と思い切り頬が打たれた音が辺りに響く。……結構痛い。

「ほんと、……バカじゃないの」

 ぎゅう、と抱きしめられた。

「仁の気持ちは分からないよ。ごめんね、そんなに重い経験したことないから」
「いや、ごめん、華」
「なんで謝るの」

 華は眉を寄せて俺を睨む。

「でも側にいたい。ていうか、いて。汚いとも怖いとも思わない。でも、」

 華は俺を抱きしめてた腕を少し緩める。それから俺の頬に触れた。

「半分背負わせてくれないかな」
「なにを?」
「仁のいろんな気持ちとか、そういうの」

 華は少し目を伏せた。

「頼りない? 私。一緒にいて、半分こにできたりしない?」
「……お釣りがくるよ」

 言いながら、抱きしめた。頭がごちゃごちゃしてる。……言えば、嫌われると思った。華は優しいから、ひとごろしなんか好きでいてくれないと思ったんだ。

(でも、)

 背負ってもらおうとは思わない。

(これは俺が背負うべきものだから)

 銃口の先にいたのは、いつだって生きてる人間だった。奪ったのは俺だ。
 けれど、背負ってくれると言ってくれるひとがいるだけで、こんなに力が湧くなんて。

「ごめんね、痛かった?」
「痛かった」
「ごめん」

 華は微笑む。

「あのさ、華」
「なに? まだなんかあるの」
「俺、これ黙ってたよ。言うつもりなかった。華に黙ったまま、一生やり過ごそうとしてた」

 俺の声は少しだけ震える。

「ずるい人間だよ。それでもいいの」
「ひとりで抱えていく気だったの」

 華の声はひどく優しい。

「仁は優しいね」
「優しくない」

 華の肩口に顔を埋める。

「ずるいだけ」
「優しいよ」

 後頭部をよしよし、と撫でられた。

「私は知ってる」
「華」
「顔上げて」

 言われた通りにすると、ふっと吹き出された。

「情けないカオ!」
「……しょーがねーだろ」

 ふい、と俺は顔を逸らす。

「お前にもう触れられないかと」
「そんなんで不安になるの?」
「なるよ」

 当たり前じゃん、と言うと華は笑った。なんていうか、透明な、月の光みたいな微笑み方だった。
 唇が重なったのは覚えてるんだけど、それが俺からだったのか、華からだったのかは、後から考えると、正直なところ、イマイチ判然としない。


 華を送り届けた頃には、時計の針はとっくに明日に変わっていた。
 助手席の華はバスタオルを身体にかけて、少し眠そうにしていた。

「今から課題して寝ると寝不足なんじゃねーの」
「まぁね~」

 華は少しげっそりとした表情で言った。

「けどまぁ、なんとかなるでしょ」
「無理すんなよ」
「ん」
「つうか風邪引くなよ」

 着替えなんかないし、バスタオルだけ頭から被せてここまで来た。

「仁こそ」
「俺って丈夫なの」

 玄関に入るまできっちり送り届ける。と、廊下の奥からパタパタとスリッパを履いた足音がする。

(あ、常盤朱里)

 華のツンデレな親戚だ。父親が去年逮捕されて裁判中ってことで、この家に引き取られたのだ。しかしまぁ、ツンデレ美少女って存在するんだなぁ……。

「ちょっと華、あんたこんな夜になにしてーーってびしょ濡れじゃない!? なにしてたの!?」
「学校にテキスト取りに行ってたらプールに落ちちゃって~、相良さんに助けてもらったの」

 あはは、と笑う華を少し呆れてみやる。なにが落ちちゃってだ。自分でダイブしたくせに。

「ばっかじゃないの!?」

 ふ、と俺に向けられた視線に軽く目礼する。朱里は一瞬、ほんの一瞬だけ俺に酷く憎憎しげな表情をみせた。すぐに元のツンデレ顔に戻って「風呂! 風呂!」と華を急かせる。

「え、あ、うん。じーー相良さん、また」
「はい」

 にこり、と笑って玄関から出る。車に戻ってエンジンをかけようとすると、がん、と窓ガラスを叩く音。窓を開ける。

「……朱里様、どうなさいました?」
「そのピアス」

 朱里は今度は憎憎しげな視線を隠すことなく、俺を見つめる。

「誰にもらったの?」
「自分で買いましたよ」

 淡々と答えた。

(……バレてんじゃん)

 華のあんぽんたん、買い物履歴くらい消せよ!

(や、)

 すぐに思い返す。俺が油断してたんだ。

「ふーん。そ」

 朱里はすっと車から離れる。

「あたし」

 見下すように腕を組み、少し離れた距離から朱里は俺を見る。

「あの子が幸せになれる相手じゃないと、認めないわ」
「……どんな権利がおありで?」

 思わず聞き返す。

「ないわよ。あの子に関して、あたしが持ってる権利なんか、なに1つない。ないけれど」

 朱里はいっそ堂々と言った。

「ないけれど、それでも許せない。バンドマンじゃなくて安心したけど、もっと厄介だったわ」
「バンドマン……?」

 なんだ、なにそれなんの話なんだ。

「というか、僕、なんの関係もないですよ?」

 にっこりと微笑む。

「ただのボディーガードと対象者で、教師と生徒で、ただそれだけです」
「……あ、そー」

 朱里はくるりと踵を返す。

「覚えておきなさいロリ野郎」
「ろ、ろり」
「あたしはアンタを認めない」

 カオは見えない。けれど、とても硬い声。

「樹さまや圭と恋をしたほうが、華は幸せになれるの」
「なぁ常盤の元お嬢さん」
「元ってなによ元、って」

 くるりと振り向いたその顔に向かって俺は言う。

「そんなに華のことが好きなんですか」
「な、なに言って、そんな、好きなんかじゃっ」
「顔に書いてありますけど?」

 窓から手を伸ばし、朱里を指差す。

「恋してますって」
「う、うるさい、事故れ、命に別状がないくらいのアレで事故れっ」

 そのまま家の中に飛び込んで行かれてしまった。……しかしなんなんだ、その微妙な優しさは。これがツンデレか。ツンデレなのか。
 無事故無違反で帰宅しつつ、俺はそう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「華がない」と婚約破棄された私が、王家主催の舞踏会で人気です。

百谷シカ
恋愛
「君には『華』というものがない。そんな妻は必要ない」 いるんだかいないんだかわからない、存在感のない私。 ニネヴィー伯爵令嬢ローズマリー・ボイスは婚約を破棄された。 「無難な妻を選んだつもりが、こうも無能な娘を生むとは」 父も私を見放し、母は意気消沈。 唯一の望みは、年末に控えた王家主催の舞踏会。 第1王子フランシス殿下と第2王子ピーター殿下の花嫁選びが行われる。 高望みはしない。 でも多くの貴族が集う舞踏会にはチャンスがある……はず。 「これで結果を出せなければお前を修道院に入れて離婚する」 父は無慈悲で母は絶望。 そんな私の推薦人となったのは、ゼント伯爵ジョシュア・ロス卿だった。 「ローズマリー、君は可愛い。君は君であれば完璧なんだ」 メルー侯爵令息でもありピーター殿下の親友でもあるゼント伯爵。 彼は私に勇気をくれた。希望をくれた。 初めて私自身を見て、褒めてくれる人だった。 3ヶ月の準備期間を経て迎える王家主催の舞踏会。 華がないという理由で婚約破棄された私は、私のままだった。 でも最有力候補と噂されたレーテルカルノ伯爵令嬢と共に注目の的。 そして親友が推薦した花嫁候補にピーター殿下はとても好意的だった。 でも、私の心は…… =================== (他「エブリスタ」様に投稿)

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

その悪役令嬢、復讐を愛す~悪魔を愛する少女は不幸と言う名の幸福に溺れる~

のがみさんちのはろさん
恋愛
 ディゼルが死の間際に思い出したのは前世の記憶。  異世界で普通の少女として生きていた彼女の記憶の中に自分とよく似た少女が登場する物語が存在した。  その物語でのディゼルは悪魔に体を乗っ取られ、悪役令嬢としてヒロインである妹、トワを困らせるキャラクターだった。  その記憶を思い出したディゼルは悪魔と共にトワを苦しめるため、悪魔の願いのために世界を不幸にするための旅に出る。  これは悪魔を愛した少女が、不幸と復讐のために生きる物語である。 ※カクヨム・小説家になろう・エブリスタ・pixiv・ノベルアップでも連載してます。 ※ノベルピアで最終回まで先行公開しています。※ https://novelpia.jp/novel/693

婚約者が、私の妹と愛の文通をしていることを知ったので、懲らしめてやろうと思います。

冬吹せいら
恋愛
令嬢のジュベリア・マーセルは、令息のアイロ・マスカーレと婚約していた。 しかしある日、婚約者のアイロと、妹のカミーナが、ひっそりと文通していることを知る。 ジュベリアは、それに気が付かないフリをして、カミーナの手紙をこっそり自分の書いたものと入れ替えることで、アイロを懲らしめてやることに決めた。

ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!

青星 みづ
恋愛
【第Ⅰ章完結】『イケメン達と乙女ゲームの様な甘くてせつない恋模様を描く。少しシリアスな悪役令嬢の物語』 なんで今、前世を思い出したかな?!ルクレツィアは顔を真っ青に染めた。目の前には前世の押しである超絶イケメンのクレイが憎悪の表情でこちらを睨んでいた。 それもそのはず、ルクレツィアは固い扇子を振りかざして目の前のクレイの頬を引っぱたこうとしていたのだから。でもそれはクレイの手によって阻まれていた。 そしてその瞬間に前世を思い出した。 この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢だという事を。 や、やばい……。 何故なら既にゲームは開始されている。 そのゲームでは悪役令嬢である私はどのルートでも必ず死を迎えてしまう末路だった! しかもそれはヒロインを虐めても虐めなくても全く関係ない死に方だし! どうしよう、どうしよう……。 どうやったら生き延びる事ができる?! 何とか生き延びる為に頑張ります!

処理中です...