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【高校編】分岐・鹿王院樹

捏造

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「そーなの、まぁ詳しくは言えないんだけど、その赤ちゃん帰っちゃってね」
「そーなんだ」
「久々にゆっくり寝たよ~」
「たしかに少し顔色いい」
「こ、っ、ち、の、話を! 聞きなさい設楽華っ!」

 私と大村さんの会話に、青花は踏ん反り返って入ってくる。

(あ、やっぱ気づかないフリは無理だったですね)

 思わずむーん、という顔つきになってしまう。横の大村さんも似たような顔で私を見ていた。いや、その、お気持ちは重々……。
 ヒマリちゃんがママである宮下さんのもとに帰って行った翌日。私は校門の前で大村さんに出会って、その話をしていた。と言っても、大伯父様の御行跡とかのお話はできませんのでね、ええ、簡単にあらましだけなんだけれど。
 そんな私たちを見かけて、青花は嬉々として近寄ってきた。

(あ、嫌な予感がする……)

 話を聞きたくない。関わりたくない。そう思って、気づかないフリでスルーしようとしたけれど、……無理でした。そりゃそうか……。

「ふふ、設楽華、今度こそ覚悟なさい」
「……はぁ」

 そう返事を返したけれど、青花は私を見てもいない。キョロキョロと辺りを窺う。

「あ、なんやまた絡まれとるんか華」

 ふとアキラくんが近くを通りかかって、私の腕を引いた。

「わ」
「おいコラさくらナンチャラ、華に絡むなやいい加減」

 私を自分の背中に隠してくれながら、アキラくんは言う。

「その妄想癖と虚言癖、どないかせんとさすがに人としてあかんで?」
「う、うふふ、いいところにアキラくんっ」
「下の名前で呼ぶなや」

 イラ、とした声でアキラくんは言う。私はあんまりそういうアキラくんの声を聞いたことがなかったから、少し物珍しくてアキラくんを見上げた。

「? どないしたん?」
「あー、そういう声出るんだって」

 アキラくんは軽く眉を寄せた。ち、と軽く舌打ちをして青花を睨む。

「アンタのせいで華怖がらせてしもうたやないか!」
「べ、別に怖くない、怖くないよ?」

 思わずアキラくんのシャツの裾を引く。

「そういう訳じゃなくて、ちょっと珍しかったから」
「んー? ほんま? ごめんな」

 アキラくんは眉を下げて笑って、それから青花に向き直る。でも青花は余裕そうだ。

「これを見て! あたしの机が荒らされたんだけど」

 青花が取り出したのはスマホ。動画の再生ボタンを押すと、……これ、私?
 やたらと「これは設楽華です」とアピールしたげな人物が、スマホの画面に映る。なぜアピールしたげって、高等部の制服にショートボブ、これくらいはたくさんいるけれど、腕につけた「風紀委員」の腕章。これをつけてる、同じ髪型の人はいない。顔はハッキリとは映っていないけれどーー思わず眉をひそめた。
 場所は教室で、日の入り方からして放課後だと思う。
 その人は迷わず青花の机(だと思われる)ところまで行って、そのまま教科書を取り出し、カッターで切り裂く。
 ノートもびりびりに。
 そしてそこで唐突に動画は終わった。

(ど、うしよう)

 もちろん、私は絶対に絶対にこんなことはしていない。だけれど、「私」だと思われる人物が青花の机を荒らしていたのは本当。

(青花の罠だとは思うけれど)

 ふと、思い出した。そういえば「証拠」がどうの、って言ってたこの子!
 変な汗が背中を伝う。どうしよう、どうしよう……? 証拠を捏造してくるだなんて。

「ホラ! みたでしょ? ね? アキラくん、これ、設楽華でしょ、あたし、この人に」
「これ、華ちゃうで」

 アキラくんは淡々と答えた。

「うん、設楽さんじゃない」

 大村さんも答える。

「ほえ?」

 変な声で答えたのは青花自身。私は驚いてたし、2人に否定されて安心したしで声も出なかった。

「ええか? あんな、まず」
「教えてやろうか桜澤」

 ひょい、とスマホを取り上げたのはいつのまにか後ろにいた樹くんで。
 そのまま、私は樹くんの腕の中に抱き寄せられたーーというか、閉じ込められた、って言いかたが合ってるかもしれない。

「あ、こらイイトコ取んなや単なる許婚ッ」
「単なる、とはなんだ単なるとは」
「単なるは単なるやっ」
「単なるだろうがなんだろうが、華は俺の許婚だ」
「わからんでー?」

 アキラくんは思いっきり樹くんを挑発するみたいに笑う。いつの間にこんなに仲良しになったんだろ、この人たち。

「あ、あのさ、それは置いといて」

 どうしてコレが「私じゃない」って断言できるのか知りたいよ!

「置いとかんといて華!」
「そうだぞ、こっちの方が大事だ」
「な、なんの話なのっ」

 青花が叫ぶように言う。

「あ、あたしが被害者なんですよっ!?」
「……いいか、桜澤」

 樹くんは眉を思い切りひそめて言った。

「ツッコミどころは数え上げればキリがないが、……そうだな。その動画、編集されているな?」
「へ、編集? そんなことっ」
「ならなぜ、その動画は唐突に切れた? どんな状態で撮影されたものだ?」
「え、ええっと。そ、そう、なんだかまた教科書とか狙われそうな気がしてっ、念のためちょっとの間、スマホを置いておいたんですっ」
「角度的に、教卓にだろう」
「あ、は、はいっ。そうですっ」

 青花はなぜか嬉しそうに頷く。

「それならば、お前は録画を停止するためにスマホを触るなりなんなりしたんだろう。そして、お前の言う通り編集もしていないなら、そこに映っている人物とお前は、同じ空間にいたことになる。しかも教卓と机という至近距離で」
「え、ええっと」
「なぜ止めなかった? 自分の机が荒らされて」
「だ、だって怖くて!」

 青花は自らの身体をかき抱く。小動物のような彼女がやると、なんだか本当に搔き消えそうな仕草で、それが逆にとても痛々しい。

「設楽さん、カッター持ってたし!」
「仮に華だとして、至近距離にいるお前に気がつかなかったと?」
「教科書切るのに熱中してかんじで!」

 なんだそりゃ。教科書切るのに熱中、って……。

「ふん、まぁ、百歩どころか3億800万歩ほど譲って、その話が事実だったとしよう。その人物が、その行為に熱中していて、お前に気がつかなかった、と」

 樹くんは相変わらずの冷たい目で青花を見ながら続ける。

「それでも、それが華ではないと俺は断言できる」
「な、なぜです?」

 必死な青花に、樹くんはほんの少し逡巡した。言うのを迷うような。ちらり、と私を見た。

「その、華。違うんだ。決してそういうところばかりを見ている訳では」
「?」
「あー、それ言うんや許婚クン、イヤやわー。ヘンタイ」
「む、いちばん分かりやすいかと」
「鹿王院君言いづらいなら、わたし言うよ」

 大村さんがスマホを樹くんから受け取り、にやりと笑って青花を見た。
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