303 / 702
【高校編】分岐・鍋島真
約束(side真)
しおりを挟む
「ちょっとだけって言ったじゃないですかっ」
ぷんすか怒る華は可愛らしい。僕が笑うと、華は時計を見て「敦子さんに怒られるっ!」と叫んでいる。その顔を見て、やっぱり僕は笑う。ほんとうに素っ頓狂なカオをしちゃう子だなぁ。
「華だって時間忘れてたくせに?」
「う」
そんな一言で真っ赤になって黙るこの子が愛おしい。
(名残惜しいけれど、)
僕は華のこめかみに唇を落とす。本当は、ひと晩でもふた晩でも、抱き潰してやりたいところだけれど。
(さすがに帰さないとなぁ)
無断外泊はダメでしょう。結婚前に敦子サンからの信用失いたくないしね。
「あ、そうだ」
僕は立ち上がり、本棚に置いておいた鍵を華に渡す。
「かぎ?」
「ここの合鍵。持っててね」
「あー、はい。……うわぁ」
華は鍵を見ながら、ほんの少し幸せそうに笑う。
「合鍵なんか、もらったの初めてです」
照れ臭そうに言うから、僕は嬉しいと同時に問い質したくなる。今までどんな恋愛してきたの? ……樹クン以外だよね? 樹クンだとすれば、華はもう真綿に包まれるように大事に大事にされていただろうから。僕が入る余裕なんか、ないくらいに。
(いや、)
僕は、すぐにそれを否定した。
それでも奪っていたと思う。見つけていたはずだ。僕にとっての唯一だって。誰のものであろうと、どこにいようと、姿かたちが違おうと。
……誰だろう?
(ハジメテだったくせにさ、)
華の身体はどこまでも真っ白なそれで、僕以外誰も知らないはずでーーそれは断言できる。
なのに、妙に「慣れて」いた。キスも、それから、その先の全ての行為そのものに。
胸の奥がちりりと痛む。熾り火のように。
「ま、ことさん?」
「もう少し」
「え、や、ほんと、帰らなきゃ」
僕は華を抱きしめて、ぺろりと首筋を舐めあげた。ぴくりと震える身体、甘い息と声。
(鎮めて欲しい)
この熾り火のような感情。だから、もう少し、僕といて。
「ほんとにほんとに、ちょっとだけって言ったじゃないですかっ」
「あは、ごめんねー?」
「もー、ほんとにっ」
「でも着信とかないよね?」
車の助手席でまだぷんすかしてる華に言うと「あ、ほんとだ」と不思議そうにスマホの画面に目をやる。
「まだお仕事なのかなぁ」
「……お忙しいねぇ?」
原因を作ったのは僕なのに、すっとぼけてそんな風に返す。
「そーなんですよ。最近特に忙しいみたいで」
心配げに寄せられた眉。僕は赤信号で停止したのをいいことに、その眉間をぐりぐりと親指で強めに押した。
「いたたたたたたっ!?」
「シワになるからやめなさい」
「な、なりませんよこれくらいで」
華は痛そうに眉間を撫でる。それから、ふと気がついたように窓越しに空を眺めた。
「なんか、さみしいですねぇ」
「何が?」
「さっきまで、花火で夜空が騒がしかったのに」
「ああ、」
僕もフロントガラスから軽く空を眺める。さっきまで赤だの青だの白だのと、騒がしかった夜空。
「ああ、でもほら、……見えるかな」
軽く指を指す。
「あれ、火星」
「へっ」
「少し上がアルタイル、……夏の大三角」
華はぽかんと空を見ている。もっと東側には秋の四辺形。
「もう少し暗いところへ行けば、星が綺麗だよ」
僕はついそんな話をしながら、同時にちょっと後悔していた。いきなり星の話するとかさあ、なんかキモくない? そう思うけれど。
「……きれい、なんでしょうねえ」
けれど、そんな心配は杞憂だった。
華は目を細めてガラス越しの空を見上げている。信号が青になって、僕はアクセルを踏んだ。
「そっか、あるんですよねぇ」
しみじみとした口調で、華は言った。
「見えてないだけで。花火みたいに、派手でないだけで」
「昼間だってあるよ。見えてないだけ」
「ですねぇ」
華は引くどころか、なんていうか、ちょっと感動した、みたいなカオをしてるから僕は笑う。
「……なんで笑うんですか」
「いや、普通ヒくでしょ?」
急に星の話なんて、と僕は言う。だから、他の人にはこんな話したことなかった。
「なんでですか? 全然知らないですけど、でも」
華は笑う。
「真さんから星の話聞くの、結構好きですよ? 私」
華は言う。
「……とてもひと晩では語り尽くせないから、っていうか一生華を軟禁しないとハナシ、おわんないかも」
「それはちょうど良かったです」
華はふふ、と笑った。
「真さん相手に結婚なんか、もうそんな感じになると勝手に思ってましたから、私」
「……そ?」
「あ、でも、軟禁はイヤです。軟禁は」
「監禁ならいいの」
「余計に! ダメです!」
やっぱり華はぷんすかと怒った。あはは、やっぱり素っ頓狂なカオだよねこの子。
華の家の横に車を停めた時、ちょうどオトートくん、というかまぁ親戚に当たる男の子が帰宅したところだった。
「あ、お帰り圭くん」
車の窓を開けて華が言う。圭クンは可愛らしく微笑んで(華がよく言う、ウチの弟は可愛いんだ天使だもはやこの世のものではない、と)「おかえりハナ」と華の髪を撫でる。
(へえ?)
僕はハンドルにもたれかかって、それを見つめた。……へー。なるほどね。
それから圭クンはちらりと僕を見て、ものすごく冷たい目で「こんばんは鍋島さん」と低く言った。
「なんだか、ハナがお世話になったみたいで?」
わざわざ過去形にしてくるところが、なかなか手強そう。
「これからもお世話し続けるんだよ、"オトート"くん?」
華は不思議そうに僕を見る。
「むしろお世話してるの私ですよね?」
ご飯作ってますし、と華が言う。その背後で圭クンはほとんど無表情で僕を見ていた。
……やだなー、この家に華を帰したくない。無理矢理どう、ってのはないと思うけれど、気分的に。
(やっぱ早く結婚しよ)
僕だけのものにしよう。うん、それがいいそれがいい。
そんな訳で僕は鎌倉の家に帰宅して、まっすぐオトーサマの書斎に向かった。山内検事との約束を果たさなきゃですからね。
ぷんすか怒る華は可愛らしい。僕が笑うと、華は時計を見て「敦子さんに怒られるっ!」と叫んでいる。その顔を見て、やっぱり僕は笑う。ほんとうに素っ頓狂なカオをしちゃう子だなぁ。
「華だって時間忘れてたくせに?」
「う」
そんな一言で真っ赤になって黙るこの子が愛おしい。
(名残惜しいけれど、)
僕は華のこめかみに唇を落とす。本当は、ひと晩でもふた晩でも、抱き潰してやりたいところだけれど。
(さすがに帰さないとなぁ)
無断外泊はダメでしょう。結婚前に敦子サンからの信用失いたくないしね。
「あ、そうだ」
僕は立ち上がり、本棚に置いておいた鍵を華に渡す。
「かぎ?」
「ここの合鍵。持っててね」
「あー、はい。……うわぁ」
華は鍵を見ながら、ほんの少し幸せそうに笑う。
「合鍵なんか、もらったの初めてです」
照れ臭そうに言うから、僕は嬉しいと同時に問い質したくなる。今までどんな恋愛してきたの? ……樹クン以外だよね? 樹クンだとすれば、華はもう真綿に包まれるように大事に大事にされていただろうから。僕が入る余裕なんか、ないくらいに。
(いや、)
僕は、すぐにそれを否定した。
それでも奪っていたと思う。見つけていたはずだ。僕にとっての唯一だって。誰のものであろうと、どこにいようと、姿かたちが違おうと。
……誰だろう?
(ハジメテだったくせにさ、)
華の身体はどこまでも真っ白なそれで、僕以外誰も知らないはずでーーそれは断言できる。
なのに、妙に「慣れて」いた。キスも、それから、その先の全ての行為そのものに。
胸の奥がちりりと痛む。熾り火のように。
「ま、ことさん?」
「もう少し」
「え、や、ほんと、帰らなきゃ」
僕は華を抱きしめて、ぺろりと首筋を舐めあげた。ぴくりと震える身体、甘い息と声。
(鎮めて欲しい)
この熾り火のような感情。だから、もう少し、僕といて。
「ほんとにほんとに、ちょっとだけって言ったじゃないですかっ」
「あは、ごめんねー?」
「もー、ほんとにっ」
「でも着信とかないよね?」
車の助手席でまだぷんすかしてる華に言うと「あ、ほんとだ」と不思議そうにスマホの画面に目をやる。
「まだお仕事なのかなぁ」
「……お忙しいねぇ?」
原因を作ったのは僕なのに、すっとぼけてそんな風に返す。
「そーなんですよ。最近特に忙しいみたいで」
心配げに寄せられた眉。僕は赤信号で停止したのをいいことに、その眉間をぐりぐりと親指で強めに押した。
「いたたたたたたっ!?」
「シワになるからやめなさい」
「な、なりませんよこれくらいで」
華は痛そうに眉間を撫でる。それから、ふと気がついたように窓越しに空を眺めた。
「なんか、さみしいですねぇ」
「何が?」
「さっきまで、花火で夜空が騒がしかったのに」
「ああ、」
僕もフロントガラスから軽く空を眺める。さっきまで赤だの青だの白だのと、騒がしかった夜空。
「ああ、でもほら、……見えるかな」
軽く指を指す。
「あれ、火星」
「へっ」
「少し上がアルタイル、……夏の大三角」
華はぽかんと空を見ている。もっと東側には秋の四辺形。
「もう少し暗いところへ行けば、星が綺麗だよ」
僕はついそんな話をしながら、同時にちょっと後悔していた。いきなり星の話するとかさあ、なんかキモくない? そう思うけれど。
「……きれい、なんでしょうねえ」
けれど、そんな心配は杞憂だった。
華は目を細めてガラス越しの空を見上げている。信号が青になって、僕はアクセルを踏んだ。
「そっか、あるんですよねぇ」
しみじみとした口調で、華は言った。
「見えてないだけで。花火みたいに、派手でないだけで」
「昼間だってあるよ。見えてないだけ」
「ですねぇ」
華は引くどころか、なんていうか、ちょっと感動した、みたいなカオをしてるから僕は笑う。
「……なんで笑うんですか」
「いや、普通ヒくでしょ?」
急に星の話なんて、と僕は言う。だから、他の人にはこんな話したことなかった。
「なんでですか? 全然知らないですけど、でも」
華は笑う。
「真さんから星の話聞くの、結構好きですよ? 私」
華は言う。
「……とてもひと晩では語り尽くせないから、っていうか一生華を軟禁しないとハナシ、おわんないかも」
「それはちょうど良かったです」
華はふふ、と笑った。
「真さん相手に結婚なんか、もうそんな感じになると勝手に思ってましたから、私」
「……そ?」
「あ、でも、軟禁はイヤです。軟禁は」
「監禁ならいいの」
「余計に! ダメです!」
やっぱり華はぷんすかと怒った。あはは、やっぱり素っ頓狂なカオだよねこの子。
華の家の横に車を停めた時、ちょうどオトートくん、というかまぁ親戚に当たる男の子が帰宅したところだった。
「あ、お帰り圭くん」
車の窓を開けて華が言う。圭クンは可愛らしく微笑んで(華がよく言う、ウチの弟は可愛いんだ天使だもはやこの世のものではない、と)「おかえりハナ」と華の髪を撫でる。
(へえ?)
僕はハンドルにもたれかかって、それを見つめた。……へー。なるほどね。
それから圭クンはちらりと僕を見て、ものすごく冷たい目で「こんばんは鍋島さん」と低く言った。
「なんだか、ハナがお世話になったみたいで?」
わざわざ過去形にしてくるところが、なかなか手強そう。
「これからもお世話し続けるんだよ、"オトート"くん?」
華は不思議そうに僕を見る。
「むしろお世話してるの私ですよね?」
ご飯作ってますし、と華が言う。その背後で圭クンはほとんど無表情で僕を見ていた。
……やだなー、この家に華を帰したくない。無理矢理どう、ってのはないと思うけれど、気分的に。
(やっぱ早く結婚しよ)
僕だけのものにしよう。うん、それがいいそれがいい。
そんな訳で僕は鎌倉の家に帰宅して、まっすぐオトーサマの書斎に向かった。山内検事との約束を果たさなきゃですからね。
0
お気に入りに追加
3,084
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?
tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」
「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」
子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる