上 下
457 / 702
【高校編】分岐・黒田健

良心の発露(side健)

しおりを挟む
「それから」

 設楽のばーさんは続ける。

「樹くんとの、ことも」

 俺はぴくりと反応した。設楽の許婚、鹿王院樹。

「これはね、……単なる政略結婚ってわけじゃないの」

 俺はじっと話を聞く。

「あの子を、華を守るためなのよ」

 淡々と続ける設楽のばーさん。

「もし、あたしが先に死んだら。あの子はウチの、それこそあのクソジジイに引き取られるはずよ」
「耕一郎サンっすか」
「そう。あたしの兄、あの子の大伯父」

 俺の目をじっと見つめる。

「あのクソジジイはね、華を鍋島さんとこに嫁がせようとしてたの」
「鍋島……?」

 鍋島千晶、設楽の友達。……ってことは、兄の方か。いつぞやの体育祭で、世話になったことがある、が。

(条件的には、鹿王院と差はないんじゃないか)

 そりゃぁ、設楽と鍋島いわく「あのヒトは女たらし」らしい(イトコのひよりも一時期お熱だった)とは聞いているけれど。

「真さんではないわ」
「ほかに兄弟が?」
「……父親の方」

 さすがに、絶句した。友達の父親?

「そんなヒトだし、そんな家なのよ。ウチは。……だから、変えたくて、華を守りたくて、あたしはここまで来てるんだけれど」

 無言の俺に、彼女は試すような目線をよこす。

「……そうね、今回の話がうまくいくことを祈ってるわ」

 俺は頷いて、それから今度こそ部屋を出た。

(クソややこしーな)

 俺はあんまり、小難しく物事を考えることは向いていないと思う。単純にややこしいと思うし、それより何より、腹が立つ。
 設楽を、そんな風に扱おうとしてる奴がこの世にいることが。

(ブッ潰す)

 俺の力で、じゃないけれどーーつか、そんなんムリだけど。結果的に設楽を守れたら、手段はなんだっていい。
 そのためになるなら、俺はなんだってする。
 設楽のばーさんの会社を出てすぐ、俺は上田さんの名刺を取り出した。その、080で始まる番号に電話をかける。

(出るかな)

 ちらりと空を見上げる。すっかり暗い。もう帰宅してるだろうか?

『もしもし』

 ふとコール音が途切れて、聞こえてきたその声に一瞬だけ息を飲んで、それから俺は要件を告げた。

 待ち合わせをしたのは、市ヶ谷の駅。すぐ近くのコーヒーチェーン店で、上田さんは軽く手を挙げる。

「なに飲む?」

 カウンターの前でそう聞かれて、俺は自分のサイフを取り出した。

「や、自分で買うっす」
「いいよ、学生なんだから」

 遠慮しないで、と微笑まれて、俺は素直にサイフをしまう。あんまり遠慮すんのも失礼かもしんねーから。

(しかしなぁ)

 正直、なんでもいい。種類がありすぎんだよなー。

(設楽といたら、)

 設楽は大抵どれにしようか迷うから、俺の分も設楽が飲みたいやつにすればいい。そうしたら設楽が両方飲めるし、俺は設楽が嬉しそうな顔をするのが見れてWIN-WINだ。
 そんなわけで何でもよかったから、適当にブレンドを選んだ。

「遠慮しなくていいんだよ? ほらこのフラペチーノ美味しそうだよ」
「……それはいらねーんで、そんならそのホットサンド頼んでいいっすか」
「もちろん」

 正直、少し腹が減っていた。ありがたく奢ってもらう。
 コーヒーとホットサンドが揃って、やたらと小さくて高いテーブルに向かい合って座る。

「くそおやじがお世話になってるみたいで」

 俺はホットサンドを数口で食べ終わると、いきなりそう言った。

「……うん。やっぱりあのひと、君のお父さんだったんだ」
「あんま似てねーっすか?」
「や、そっくり。……特に、目が」
「そーっすかね」
「うん……で、ね。例の話。僕としては、」

 上田さんは迷った目つきで、辺りを見回す。

「……正直な、心情としては。全て話してしまっていいと思ってる。少なくとも、今のままでいいとは僕も思っていない」
「なら」
「でも、それは……あの子の、華さんの、大伯父さんを」

 苦しそうに、上田さんは言う。

「僕は、あの子からこれ以上なにかを奪いたくない。失わせたくないんだ」
「それについて、なんすけど」

 俺はコーヒーを一口飲みながら言う。あちぃ。アイスコーヒーにして貰えばよかった。

「その大伯父サンっすけど、クソヤローなんで思う様してもらっていいっすよ」
「……どういうこと?」

 俺は上田さんに、設楽のばーさんから聞いた話をかいつまんで話す。要は、設楽にとってその大伯父は庇う価値もない存在だってこと。

「……というか、その大伯父サン、蹴落とした方があいつのためにはなるんす」
「そ、うなのか」

 少し呆然、と上田さんは言った。

「……設楽のために、黙ってようと決めてたんすか。例の件」

 この人は結構正義感が強い人だと思う。少なくとも、自分の目の前で不正が行われてて、それを黙って見過ごすことができないくらいには。

(それでも)

 ずっと沈黙していたのは、……設楽のためか。

「まぁ、……ね」
「俺、まだ上田さんのこと、伝えられてねーんす。設楽に」

 すんません、と俺は頭を下げた。

「や、いやいや、そんなことない。こんなこと、……言えないよ。母親を殺した男の息子が会いたがってる、なんて」
「上田さんが殺したわけじゃねーっすし」
「それでも、だよ。……、今回のことが、少しでも華さんのためになるのなら」

 上田さんは顔を上げた。

「協力は惜しみません。……お父上にも、そう伝えてもらって大丈夫です」

 上田さんはまっすぐな目線で言う。俺は黙って頭を下げた。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」  祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。  こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。  あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。   ※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

嫌われ者の悪役令嬢の私ですが、殿下の心の声には愛されているみたいです。

深月カナメ
恋愛
婚約者のオルフレット殿下とメアリスさんが 抱き合う姿を目撃して倒れた後から。 私ことロレッテは殿下の心の声が聞こえる様になりました。 のんびり更新。

処理中です...