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【高校編】分岐・山ノ内瑛
新しい日々
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唐突に抱きしめられたから、私は少し身を固くした。
大好きな友達なのに、変だよね?
「い、樹くん?」
「俺ではダメなのか」
「? なにが?」
「華の、そばにいることを」
樹くんは私から少し身体を離す。それから両手を、そっと私の頬に当てた。
「許してはもらえないのか」
「……ごめんね」
目を伏せた私の髪を、樹くんはさらりと梳いた。
「もうなんか、ずっと前から、私は」
大きな手で口を塞がれる。樹くんを見上げる。その表情はうまく読めない。
「……幸せに、華」
「樹くん」
とんとん、とノックの音がした。
「ハナ、迎えの車来たよ」
扉の向こうで圭くんに呼ばれて、私は少し目を伏せた。
「……行こうか」
樹くんの言葉に頷く。
今日、私たちは家に帰る。同時に、樹くんとの婚約は破棄される、ことになった。
と言っても、家と家のこともある。しばらく世間体的には「許婚」のまま、らしい。
(それは、申し訳ないし、苦しいけれど)
でも、私は……嬉しい。とても嫌な人間だと思う。樹くんは、真剣に私との未来を、たとえ勝手に決められた許婚だといってもきちんと考えてくれていたのに。
「樹くん」
名前を呼んだ。樹くんは振り返らない。
「ごめんね」
「謝られたくはない、華」
振り返らないまま、樹くんは言った。
「俺は、華が幸せならそれでいい」
私は黙って頭を下げる。そのすっかり大きくなった背中に向かって。
翌日からは普通に登校した。なんとなく、ひとに見られてる気もする。
「あ、おはよー設楽さん」
「おはよー」
大村さんやクラスの人は普通で、ホッと安心した。
「はいこれ、おやすみの間のノート」
「わ、すっごい助かるー! ありがと!」
受け取ってお礼を言う。一応特進クラスにいるから、授業はほんとに心配だったんだよ……!
大村さんとしばらく話していると、ふと教室のドアから名前を呼ばれる。
振り向くと、風紀委員の先輩だ!
「設楽さん、ごめん、放課後生徒会室来れるー?」
「あっはい!」
私は頭を下げた。
「すみません、急に長い間お休みして、……!」
「いいの、……お家の方大変だったでしょ? 無理はしないでね」
「ありがとうございます!」
ぺこり、と頭を下げた。
(私の周りの人は、なんかあったかいな)
家のこととか抜きで、ちゃんと私を見て接してくれてる。恵まれた環境にいるよなー。ありがたい話です。
放課後、生徒会室へ行くと、風紀委員長にぴらりと紙を渡された。
「休み明けに、ほんとうにごめんね? その、風紀違反者をいまリストアップしてて」
「へえ?」
ていうか、そこまでしなきゃなんだ? そう思いながら受け取った紙の一番上が、誰であろうアキラくんだった。
「来週から、また風紀月間に入るのよ。事前にケアできていれば、月間中のトラブルも減らせるし」
「あ、なるほどです」
私は頷く。
「バスケ部はね、監督さんがもともと外部の方だから結構自由で……」
困ったように委員長は言う。
「設楽さんには負担かけて申し訳ないんだけれど、山ノ内くんへの注意喚起、こまめに行ってもらっていいかしら」
「あ、はい」
むしろありがたいです。接触時間が増えます、なんて思いながらふと(もう消えてるけど)太もものキスマークを思い出して赤面しそうになる。
「いいわね、その厳しい表情! それで行けばもしかしたら少しは髪色落としてくれるかも!」
「へっ」
緩みそうな顔を引き締めた結果、余計に怖い顔になっていたらしい。委員長はサムズアップなんかしてくれちゃってる……え、そんなに怖いのかなぁ。
「というか、わたしも付いていこうか? あの子なかなか骨が折れそうだし」
「え!? や、いえいえ! ひとりで! いけます!」
「ま、設楽さんに言われて辞めないなら、誰が言っても一緒よね」
肩をすくめる委員長に、私は苦笑いした。やっぱり私、側から見てると怖い人なのでは……。
とはいえ、大義名分をゲットした私は意気揚々とバスケ部が練習してる体育館へ向かう。視察の名目で。いや、誰に聞かれるわけでもないんですけどね?
二階の観覧席から、練習してるアキラくんを眺める。うん、控えめに言ってもカッコいい。
アキラくんがちらりと目線をよこして、ほんの少し頬を緩めるのがわかった。
アキラくんファンの女の子たちが、チラチラと見てくるけど、ま、もう慣れましたよこういうの……。ゴリゴリに敵視されております。
つい夢中で見てて、私はすっかり忘れていた。
「秋の日は釣瓶落とし」
言ってみても変わらない。体育館の外は真っ暗。校舎の明かりはあるし、歩ける程度には明るいけれど。
むむ、と体育館のエントランスで固まった。相変わらず、私は暗い屋外が苦手です。
ざわざわと声がして、更衣室方面から練習終わりのバスケ部の面々が出てきた。アキラくんも後ろの方にいる。
バスケ部の子たちは「あ」「女王様」なんて好き勝手言ってくれてる。いいけども。アキラくんと目が合う。アキラくんの隣を歩いてた男子が、なぜかニヤリと笑った。
(?)
首を傾げた。私の横をちょうど通りすぎたバスケ部の子が驚いたような顔をして私を見つめる。え、なに?
アキラくんは一瞬ちらりと外を見て、納得したように私を見た。それから「不敵」って感じで笑う。
「髪、注意しに来たん? 風紀委員サン」
「そ、そうです」
とりあえず乗った。
「ほーん」
アキラくんは頷いて、そして私の腕を掴む。
「ここやったら他の人らぁに迷惑かけるから、ちょっとこっち来てくれへん?」
「え、あ、ちょっと?」
私はアキラくんに引きずられるように、体育館を出た。暗い屋外に、一瞬足がすくむけれど、アキラくんの手の暖かさで、何とか足が動いた。
(てゆか、どこ行くんでしょね?)
大好きな友達なのに、変だよね?
「い、樹くん?」
「俺ではダメなのか」
「? なにが?」
「華の、そばにいることを」
樹くんは私から少し身体を離す。それから両手を、そっと私の頬に当てた。
「許してはもらえないのか」
「……ごめんね」
目を伏せた私の髪を、樹くんはさらりと梳いた。
「もうなんか、ずっと前から、私は」
大きな手で口を塞がれる。樹くんを見上げる。その表情はうまく読めない。
「……幸せに、華」
「樹くん」
とんとん、とノックの音がした。
「ハナ、迎えの車来たよ」
扉の向こうで圭くんに呼ばれて、私は少し目を伏せた。
「……行こうか」
樹くんの言葉に頷く。
今日、私たちは家に帰る。同時に、樹くんとの婚約は破棄される、ことになった。
と言っても、家と家のこともある。しばらく世間体的には「許婚」のまま、らしい。
(それは、申し訳ないし、苦しいけれど)
でも、私は……嬉しい。とても嫌な人間だと思う。樹くんは、真剣に私との未来を、たとえ勝手に決められた許婚だといってもきちんと考えてくれていたのに。
「樹くん」
名前を呼んだ。樹くんは振り返らない。
「ごめんね」
「謝られたくはない、華」
振り返らないまま、樹くんは言った。
「俺は、華が幸せならそれでいい」
私は黙って頭を下げる。そのすっかり大きくなった背中に向かって。
翌日からは普通に登校した。なんとなく、ひとに見られてる気もする。
「あ、おはよー設楽さん」
「おはよー」
大村さんやクラスの人は普通で、ホッと安心した。
「はいこれ、おやすみの間のノート」
「わ、すっごい助かるー! ありがと!」
受け取ってお礼を言う。一応特進クラスにいるから、授業はほんとに心配だったんだよ……!
大村さんとしばらく話していると、ふと教室のドアから名前を呼ばれる。
振り向くと、風紀委員の先輩だ!
「設楽さん、ごめん、放課後生徒会室来れるー?」
「あっはい!」
私は頭を下げた。
「すみません、急に長い間お休みして、……!」
「いいの、……お家の方大変だったでしょ? 無理はしないでね」
「ありがとうございます!」
ぺこり、と頭を下げた。
(私の周りの人は、なんかあったかいな)
家のこととか抜きで、ちゃんと私を見て接してくれてる。恵まれた環境にいるよなー。ありがたい話です。
放課後、生徒会室へ行くと、風紀委員長にぴらりと紙を渡された。
「休み明けに、ほんとうにごめんね? その、風紀違反者をいまリストアップしてて」
「へえ?」
ていうか、そこまでしなきゃなんだ? そう思いながら受け取った紙の一番上が、誰であろうアキラくんだった。
「来週から、また風紀月間に入るのよ。事前にケアできていれば、月間中のトラブルも減らせるし」
「あ、なるほどです」
私は頷く。
「バスケ部はね、監督さんがもともと外部の方だから結構自由で……」
困ったように委員長は言う。
「設楽さんには負担かけて申し訳ないんだけれど、山ノ内くんへの注意喚起、こまめに行ってもらっていいかしら」
「あ、はい」
むしろありがたいです。接触時間が増えます、なんて思いながらふと(もう消えてるけど)太もものキスマークを思い出して赤面しそうになる。
「いいわね、その厳しい表情! それで行けばもしかしたら少しは髪色落としてくれるかも!」
「へっ」
緩みそうな顔を引き締めた結果、余計に怖い顔になっていたらしい。委員長はサムズアップなんかしてくれちゃってる……え、そんなに怖いのかなぁ。
「というか、わたしも付いていこうか? あの子なかなか骨が折れそうだし」
「え!? や、いえいえ! ひとりで! いけます!」
「ま、設楽さんに言われて辞めないなら、誰が言っても一緒よね」
肩をすくめる委員長に、私は苦笑いした。やっぱり私、側から見てると怖い人なのでは……。
とはいえ、大義名分をゲットした私は意気揚々とバスケ部が練習してる体育館へ向かう。視察の名目で。いや、誰に聞かれるわけでもないんですけどね?
二階の観覧席から、練習してるアキラくんを眺める。うん、控えめに言ってもカッコいい。
アキラくんがちらりと目線をよこして、ほんの少し頬を緩めるのがわかった。
アキラくんファンの女の子たちが、チラチラと見てくるけど、ま、もう慣れましたよこういうの……。ゴリゴリに敵視されております。
つい夢中で見てて、私はすっかり忘れていた。
「秋の日は釣瓶落とし」
言ってみても変わらない。体育館の外は真っ暗。校舎の明かりはあるし、歩ける程度には明るいけれど。
むむ、と体育館のエントランスで固まった。相変わらず、私は暗い屋外が苦手です。
ざわざわと声がして、更衣室方面から練習終わりのバスケ部の面々が出てきた。アキラくんも後ろの方にいる。
バスケ部の子たちは「あ」「女王様」なんて好き勝手言ってくれてる。いいけども。アキラくんと目が合う。アキラくんの隣を歩いてた男子が、なぜかニヤリと笑った。
(?)
首を傾げた。私の横をちょうど通りすぎたバスケ部の子が驚いたような顔をして私を見つめる。え、なに?
アキラくんは一瞬ちらりと外を見て、納得したように私を見た。それから「不敵」って感じで笑う。
「髪、注意しに来たん? 風紀委員サン」
「そ、そうです」
とりあえず乗った。
「ほーん」
アキラくんは頷いて、そして私の腕を掴む。
「ここやったら他の人らぁに迷惑かけるから、ちょっとこっち来てくれへん?」
「え、あ、ちょっと?」
私はアキラくんに引きずられるように、体育館を出た。暗い屋外に、一瞬足がすくむけれど、アキラくんの手の暖かさで、何とか足が動いた。
(てゆか、どこ行くんでしょね?)
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