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【高校編】分岐・鹿王院樹

サッカーチームはやめておこ?

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「……そ、の顔を」

 青花は絞り出すような声で言った。

「その顔をやめなさい設楽華! その、勝ち誇ったような顔をッ!」

 私は困惑して眉をひそめた。

(そ、そんな顔してませんよっ)

 ちょっと安心して、気が抜けただけで……って!

「ね、樹クン、嘘だよね?」

 くるりと手のひらを返したような、甘えるような仕草と声で、青花は樹くんを見上げる。

「この女が、樹クンの赤ちゃんを」
「本当だ」

 樹くんは青花を見下ろすように言う。
 ざわ、と教室が色めきだった。

(急になに言い出すのー!?)

 私が口を開こうとした瞬間、樹くんは次の言葉を口にした。

「将来的にはサッカーチームを作ろうと」
「いやいやいやいや無理だからねっ!?」

 ウワサを本当だ、って肯定したことよりサッカーチームのほうが衝撃だった。え、11人っ!?

「無理!」
「華と俺をいれたら9人だ」
「いや9人も無理だからっ」

 抱きすくめられた腕の中で、私はもがく。

「今でさえ寝不足なのにっ!」

 ひとり赤ちゃんいるだけで、家中ワタワタしてるのに9人なんか絶対無理だって!

「……そ、そんなはず、ない。そんなシナリオじゃ、そんなはずは」

 ブツブツと爪を噛み始める青花は、ふらりと足をもつれさせるように教室を出て行った。

「ではそれは諦める。フットサルチームでいい。華と俺を合わせて5人だから、3人産んでくれ」
「……それなら、まぁ」

 9人よりは随分マシだ、と頷くと大村さんと目が合う。

「……産んだ?」
「でないっ」

 私は樹くんの腕から抜け出す。

「なに急にあんなウソっ」
「ウソではない。そのうち産んでもらうのだから」

 にやり、と樹くんは笑った。

「今はまだ、だがな」
「あー、まー、……うん」
「否定はしないのね~」

 からかうように、大村さんに言われるけど、抵抗する気力はもうなかった。……っていうか、まだ朝のホームルームも始まってないよ。ぐったり疲れたよ。

 疲れていても1日は動く。授業はたっぷりで、そのあとは委員会で……。

「あ、そっかここの選挙って他薦もオーケーなんですね」

 その日の委員会、私は先輩の話に頷く。
 夏休み明けには、生徒会選挙がある。
 新しい委員長の方針が分からないのが不安だ、って話をしてたら「設楽さんがなれば良くない?」という話になったのです。

(そこから、ここの選挙システムについての話になったんだけど)

 割と珍しいシステムな気がする。

「そうなの、立候補者に投票してもいいし、立候補してなくても、自分が生徒会長や委員長になって欲しい人に投票してもいいの」
「てことは、急に生徒会長に選ばれたりとかもあるんですか?」
「まぁ、滅多にないらしいけど」

 先輩は肩をすくめた。

「大抵は立候補者から選ばれるわ」
「そりゃそうですよね」

 うんうん、と頷く。そりゃー、わざわざ立候補もしてない人の名前は書きませんて。

「と、まぁそんな感じだから。もし設楽さんが改革進めていきたいなら、立候補はしておいた方がいいと思うわ」
「ですか、ねー」

 たしかに、自分が委員長になれば万事解決だ。

(でもなぁ)

 ゲームでは、もちろん華はそんなキャラじゃなかったし。というか、現実の今でも、当選する自信はあんまりない。

(だって変なウワサがぁ)

 二年生はともかく、他の学年では私の変なウワサ、すっごい広まってそう。特に一年生には、青花がいるし……。う、気が重い。

「ま、検討しておいて」

 その言葉を頭の中でぐるぐる回しながら、私は帰宅する。

(うーん、でもなぁ、ダメ元で出てみるのもアリなのかなぁ)

 そんな風に考えがまとまり始めた時、ふと玄関に見慣れない靴があることに気がつく。女性ものの、ヒールのないその靴。

「……あ、もしかして」

 私は呟いて、少し早足で広間へ向かう。そこには、ヒマリちゃんを抱っこして、敦子さんと静子さんに頭を下げてる若い女の人ーーヒマリちゃんのママだ!
 私に気づいたその人は、私にも頭を下げてくれた。慌ててぺこりと私も頭を下げる。

「あの、ヒマリ、ありがとうございました」
「いえいえいえいえっ」

 ママの腕の中で、スヤスヤ眠るヒマリちゃん。やっぱりママがいいよねぇ。ちょっとさみしいけど。
 敦子さんの横に座ると、ヒマリちゃんのママはにこりと微笑んでくれた。

「宮下です。ほんとうにお世話になりました」

 きれいな所作で、頭を下げる宮下さん。

(わ、きれいなヒトだぁ)

 なんでわざわざ、あんなクソジジイの愛人なんかに……と思うけど、人それぞれ事情はあるんだろうしなぁ。

「あの、あたし、実家に帰ることにしたんです」

 宮下さんは微笑んだまま、言った。

「それがいいわよ」

 敦子さんが即答する。

「あんな魑魅魍魎どもの中に入って行くことない」

 宮下さんは困ったように笑った。

「なんか、よく分からないウチにこんなことになっちゃって」
「まとまったものはいただけたの?」

 静子さんが言う。

「もらえるものはもらわなきゃよ!? しばらく働きもできないんだから」
「あ、それはほんとに、十分なくらいに」

 少し申し訳なさそうに宮下さんは言う。

「あたし、ほとんど家出みたいに家から出てきてキャバしてて。運が良かったのか、引き抜き引き抜きで去年から銀座のお店にいたんですけど、そこで知り合った社長さんから、ダァ紹介されて」
「ちょっとすみません、ダァて」
「? 耕一郎さん」

 私たちは顔を見合わせた。あのクソジジイをダァ……え、ダーリン?
 ぽかん、とする私たちに、宮下さんは快活に笑った。

「やだな、あたし、好きでもないオトコの子供産んだりなんかしませんよ」
「はぇー……」

 世の中いろんな人がいますねぇ。ふと敦子さんを見るとオデコを押さえていた。

「でも、まぁ、奥さんいる人に手ぇだしちゃダメですよね」
「出されたと思ってたんだけどねー……」

 むしろ、と静子さんは言う。うーん、男女の仲って色々です。

「奥さんからは色々言われたけど、結局お互い干渉しないってことで手打ち、って言うんですか? 弁護士さんにサインさせられました、お互い」
「ま、まぁ、あなたがそれでいいなら」
「はい、……あ、ごめんなさい。もう電車の時間」

 宮下さんは立ち上がる。

「このお礼は、必ず。また連絡します」
「いいのよー、まぁ一番頑張ったのは華かしら」
「え」
「夜のミルク係は華だったから」

 宮下さんは、また申し訳なさそうに頭を下げるから、私は慌てて手を振った。

「あの、ほんと、無理しないでくださいね」
「ありがとう」

 にこり、と笑う宮下さんの腕の中で、ヒマリちゃんはやっぱりスヤスヤ眠ってる。私はむにりとその頬を押した。また会えるといいんだけどなぁ。……お世話したのは2週間もないんだけれど、ちょっと、いやかなり、情が移っちゃってるみたいでした。
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