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【高校編】分岐・黒田健

形(side健)

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 設楽をきっちり送り届けて帰宅すると、父親が「よう」とビールを飲みながら言った。ビール瓶の横には枝豆。
 リビングのテーブル、珍しく飯は出来合いっぽい。

「言えば作ったのに」
「いや何時になるか分からないじゃないか」

 せっかくの海デートだったんだろ、と親父は肩をすくめた。俺はそれには返事をせずに「味噌汁くらいなら作る」と言ってキッチンに入る。

「かーさんは」
「準夜だ今日は」
「そーだっけか」

 カレンダーに目をやる。確かにそう書いてあった。16時からの勤務。

「いやぁほんとにさ、疲れちゃったよおとうさんは~」
「そうかよ」

 冷蔵庫を開ける。卵と小松菜でいいか。ハサミで洗った小松菜を切った。

「順調だ順調だって言ってたじゃねーか」
「ところが行き詰まってさー。検事さんに怒られちゃうよ」
「勝手に怒られてろ」

 和風だしを入れた鍋に、小松菜と卵と入れる。

「タケルさあ~」
「なんだよ」
「ちょっとおいで、この人、知ってるな?」

 キッチンからリビングに出ると、1枚の名刺を渡される。

「……なんでこの人の名刺、アンタが持ってんだ」

 上田さんの名刺だ。設楽の母親を殺した人の息子。……色々と保留になってる、俺の中で。上田さんのことも、設楽の父親のことも。

(あんまりあいつに負担かけたくねー)

 けど、いつまでも黙ってるのもどうなんだ? とは思う。

「やっぱね~。息子さん、空手してますかって聞かれたから」
「まぁ……ちょっとした知り合い」
「あのさ、捜査に協力するようにお力添え願えませんかねタケルさん」
「なんだよその言い方」
「この人さえ折れたら、」

 父親は笑う。

「巨悪墜つ、って感じになるんだけどなー」

 俺は黙って親父をみつめた。
 なんだ、巨悪って。

「上田さん、そんな人じゃねーと思うけど」
「上田さんじゃなくて、その先にいる人たちなー。えーっと」

 親父は少し迷ってから、ぽつりと「その話」をした。俺は思い切り眉をひそめる。

「捜査情報じゃねーのか、それ」
「思い切りソーデスネ」
「んなもん俺に話していいのかよ」
「信用してるんだよ。つーか」

 めっちゃ悪そうな顔で親父は言う。

「できれば繋ぎ取ってほしい」
「悪い顔してんな」
「いやぁ」

 親父はニコニコと笑う。

「使えるものは何でも使う主義でして」
「……わーったよ」

 そう返事をしたのは、べつに親父のためになろうって訳じゃない。単に、……もしかしたら、これは設楽のためになるんじゃないかと思ったからだ。

(と、いうよりは)

 設楽のばーさん。……ほんとにカッコ悪いけど、もしかしたら多少は俺のことを認めてくれるんじゃねーかって。

(まずは、設楽のばーさんか)

 親父の話を総合すると、多分上田さんに最初から当たるより、一度そっちに話を聞いた方がいい。
 考える俺の顔を見て、親父は片肘をつきながら「刑事向きかもな、うん」と少し満足そうに言った。俺は少しだけ、眉をひそめた。なんか、……、手のひらで踊らされてる気がする。

 以前、なんかの時にもらった名刺片手に、俺は設楽のばーさんに会いに行った。都内のビル。なんでもエステ系の会社も経営してるらしく、電話するとそっちに来いと言われたのだ。
 部活が終わってからだから、もう19時を過ぎていた。夏休み中だから、多少終わるのも早いのだ。まぁ、その分一日中部活なんだけどな。
 きれーなオフィスっぽい受付で、俺が名乗るとものすごく不思議そうな顔をしながら「あちらのエレベーターからどうぞ」と手で示された。

(ま、変だとは思うよな)

 こぎれいなエステ会社の社長に、ムサイ男子高校生がなんの用事だ、とは。
 エレベーターを降りると「黒田様、どうぞ」とハハオヤくらいの年齢の人に案内されて恐縮する。

「あら本当に来た」
「お邪魔します」

 こういう時、お邪魔しますなんて言い方でいいのかは分からないが、とりあえずそう言った。

「ま、座って」
「失礼します」

 設楽のばーさんが座る応接セットのソファ、その反対側に遠慮なく座った。

「で、なんの話? 華と別れる気になった?」
「それはないです」
「即答するのね」
「即答できる内容なので」

 ふとシン、とお互い黙る。俺はじっとその目を見た。

「……単刀直入に言います」
「どうぞ」

 俺は父親から聞いた話をほとんどそのまま伝える。
 設楽のばーさんは、その綺麗な眉をものすごく寄せて、きつく目を閉じた。それからゆっくり、目を開けた。

「……話は分かりました。たしかにそれは、……あなたのお父様のおっしゃる通り、あたしにとって願ったり叶ったりの話」
「じゃあそのままこの話、持ってくんで」

 俺は立ち上がる。

「時間、ありがとうございました」
「待って」

 引きとめられて、振り返る。

「……あの子から、あたしのこと聞いてる?」
「?」

 あの子、というのは設楽だとは思うが。

「や、……仕事忙しそうだとか、そんな話しか」
「あたしが、実の祖母じゃなくて"おばあちゃんのイトコ"だってことにしてるのは?」

 俺は軽く眉を上げた。「ことにしてる」? ってことは、実際は「実の祖母」なんだろう。

「知らないっすけど、……そっくりだったんで、ふつうに本当のばー……おばあさんだと」
「似てる?」

 心底意外そうに聞き返してくる彼女に、俺は頷く。

「や、カオは違いますけど。耳の形、一緒なんで」
「……耳?」

 ふと、ばーさんは耳に手で触れた。

「……気がつかなかったわ。そうなの?」
「はぁ」

 気がつかないもんだろうか。曖昧に返事をすると、ばーさんは泣きそうな顔で、笑った。

「あなた、刑事向きなのかしら。それとも、」
「?」
「それだけ華のこと、見てるってことなのかしら」

 俺は黙る。……よく考えたら耳の形まで記憶してるって、なんていうか、少しヤバくないか、俺。

(……、本人には黙っておこう)

 なんとなくそう決めた。設楽のことだから、引いたりはしないと思うけれど。
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