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【高校編】分岐・鹿王院樹

いつ産んだの?

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「設楽さんクマやばくない?」
「クマ……?」

 放課後、今から委員会行かなきゃって時そんな風に大村さんに言われて、私は下まぶたに手をやる。え、クマ……?

「……パック買って帰る」
「テスト前でもないのに、寝不足? 大丈夫?」

 心配してくれてる大村さんに、笑って「大丈夫大丈夫」と答えて私は教室を出た。うう、そうか、クマか……。寝不足だもんなぁ。
 昼間は敦子さんと静子さんがヒマリちゃんのお世話をしてる。圭くんと樹くんは部活があるし、やっぱり夜は寝てほしい! と思って夜中のお世話は買って出たけれど。出てみたけれど。

(眠いよおおおお)

 ていうか、赤ちゃんって死なせないようにするだけで大仕事じゃない?

(世の中のおかーさんおとーさんは大変だぁ……)

 そのあと風紀委員会で、どうやら「女子の校則改正」に関してはなんとか目処が立ってきた。問題はOG会の反対で、っていうかぶっちゃけ、はっきりとは先生たちも言わないけど「OG会の寄付金」がネックみたいだった。

(うーん、そればっかりはなぁ……)

 私個人でどうこうできるものではないし。

(代替わりも近いからなぁ)

 もう少しで三年生は役職から身を引く。これで、新たな生徒会長やらが「改正反対」の立場なんか取られたら、またイチからやりなおしだ。それは避けたい。
 悩みつつ廊下を歩いていると「華」と声をかけられた。

「あ、樹くん」
「帰りか」

 部活中のはずの樹くんは、なぜかもうカバンを持っていた。

「あれ? どしたの?」

 まさかケガ、なんて思って少し青くなる。樹くんはさらりと私の髪を撫でて「今日は全員、早めに上がったんだ」と笑う。

「照明の調子が悪いみたいでな、暗くなるとグラウンドが使えない」
「あ、そーなの?」

 もう七月だし、まだ暗くはないけれど、日が暮れてしまっては練習になないだろう。

「今から点検らしい。一緒に帰ろう」

 少し嬉しそうに樹くんは言う。私も笑って頷いた。
 学園のエントランス前に来るとすうっと運転手さんの佐賀さんの車が来てくれて(……いつもどこに待機してるんだろ)私は樹くんとそれに乗り込んだ。

「お疲れ様です」

 ぺこり、と運転席に頭を下げると、佐賀さんはにこりと微笑んだ。

「……寝不足か?」

 樹くんが私の頬に手を当てて、その親指で優しく目の下を撫でた。やっぱ、クマ目立つかー! やだなぁ。ムダに色白だからこういうの、目立つんだよなぁ。

「手伝おうか」
「いやぁ、もう少しだし」

 私は手を振った。ヒマリちゃんのママももうすぐ退院なのだ!

(もうちょっとだー)

 ヒマリちゃんはめちゃくちゃ可愛いけど、とにかく眠い。ひたすら眠い。細切れ睡眠辛い。

「そうか? 無理はするな」

 あれだけ人数がいるんだし、という樹くんに、私は謝る。

「なんかウチのことで巻き込んでごめんねー」

 申し訳なくて眉を下げて言うと、樹くんに頭を撫でられた。

「華のことならいつでも巻き込んで欲しい」
「うう、ありがと」
「それから」

 樹くんは少し真剣そうに、私に向き合う。

「今回のことは、あまり手伝えなくて申し訳ないのだが」
「いや、ほんとウチのゴタゴタに巻き込んでるだけだからね」

 樹くんたち関係ないからなぁ。静子さんにもかなりお世話になってるし、これ以上手伝ってもらうのはほんとに申し訳ない……。

「華が子供を産んだときは、きちんと手伝う」
「え、」
「違うな、手伝うという考え方自体が違う気がするな」

 樹くんは真剣に頷く。

「俺の子供なんだから、世話して当然だ」
「い、樹くん」

 当たり前のように樹くんは言った。私はひとりで真っ赤になる。

(あ、赤ちゃんかぁ)

 いつくらいになるのかな、なんて想像する。私と、樹くんと、赤ちゃん。

「だから、」

 樹くんは続けた。

「早めに子供の世話に慣れたいから、ヒマリのこと、もう少し手伝わせてもらえないか?」

 ぽかんと樹くんを見上げる。そんな私の顔をみて、樹くんは慌てたように付け足した。

「あ、いや、別にヒマリを練習台にしようというわけでは」

 少し慌てたように言う樹くんに、私は吹き出す。

「うん」

 くすくす、と笑いながら私は続ける。

「じゃー、お願いしようかな」
「うむ」

 樹くんは満足そうに頷いた。

「あー、じゃあ、申し訳ないんですけどドラッグストアとか寄ってもらっていいですか?」
「はい」

 佐賀さんが頷く。

「何か買うのか?」
「オムツ足りないのー」

 まだ少し余裕はあったけど、オムツの消費量すごい。

「あとミルク見る」
「了解だ」

 ドラッグストアの駐車場に止めてもらって、店内にはいる。オムツはかさばるから後回し。先にミルク売り場に行って、私は叫んだ。

「液体ミルクなんてあるの……!?」
「どうした?」
「樹くん! これ、ほら、最初からミルクだよっ」
「?」
「いつも粉じゃん!」
「たしかに」
「お湯沸かして溶かして冷ましての工程がなくなるよっ」
「うむ」

 樹くんは頷く。

「だが、飲むだろうか?」
「……たしかに」

 液体ミルクの缶を、とりあえず三本だけカゴにいれた。

「飲ませてみて、飲むようならこれにする」

 少し割高だけど、敦子さんマネーだから頼らせてもらう!
 せめて夜だけでもこれにしたいよー。眠いよー。

(ん?)

 ふと目線を感じて通路側に目をやると、慌てて目をそらした男子がいた。私服だけど、私たちと同じくらいの年齢?

(まぁ、確かに高校生がこんな買い物してたら見るかな?)

 私は苦笑いして、それからオムツを買い足して帰宅した。帰宅してから、パックを買い忘れたことに気がついた。うー、クマ、消えるかなぁ。
 その翌日、教室に入るやいなや、大村さんに袖を引かれた。

「ねえ設楽さん」
「なに?」
「わたし、言って欲しかった」
「なにを?」

 首をかしげる。

「たしかに、お腹目立たない人もいるらしいから、気づかなかったのかもだけど」
「は? へ?」

 なんの話? どんな展開?

「まぁ設楽さんの場合、少々お腹がポッコリしてても、食べ過ぎかなぁって」
「ちょ、ちょっと待って大村さん、なんの話……?」

 戸惑う私に、大村さんは言った。

「赤ちゃん産んだんなら、言って欲しかった」

 私はぽかんと口を開いて、大村さんを見つめた。
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