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【高校編】分岐・鍋島真
毒が回る
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「ちょっと華、あなたが好きな人、相当に腹黒なんだけど」
敦子さんがツカツカカツカツ、とヒール音も高らかに、秘書室の扉をばあんと大きく開けた。
形の良い眉が思い切りひそめられ、呆れたようにため息をつく。
「いつのまにか腹芸がお得意になったみたいねぇ」
「いやあはっはっは、そんな。まだまだ敦子さんほどでは」
真さんが楽しそうに後につづいて入ってくる。
「どの口で」
敦子さんはドカリと私の横に座り込む。
(……敦子さん、もしかして知らなかったのかなぁ)
もぐもぐと和菓子を食べながら、2人をみつめる。
(真さん、昔から腹黒クソ野郎なのに)
真さんと目が合う。大変優雅に笑った後に「ねぇ華、失礼なこと考えてる?」と聞かれたのでニコリと笑って首を振った。
「とりあえずコレは預かっておきます! いくらなんでも16では早すぎるわ」
結婚なんて、と敦子さんは言って婚姻届をヒラヒラと振った。
「法的にオーケーなのに?」
「なのにもクソもないわよ」
真さんと敦子さんはやいやい話してるけど、私は和菓子に夢中。
「あの……華さま?」
「はい?」
秘書さんに言われて顔を上げた。
「なんだかお話し合いされてますが、その、良いのですか?」
華さまのご将来のことでは? と控えめに言ってくれる秘書さんに、私は「はぁ」と生返事をする。
「まあ、もう無理なんで」
「なにがです?」
私は薄く笑う。私はもう真さんのものになってしまったのだ。手放してもらえるなんて思わない。
身体がどう、とかでなくて。
(というか、)
私は考え直す。
きっともう、ずいぶん昔から、とっくに私は真さんのものになっちゃってたのかもしれない。
ジワジワと毒が回るみたいに。
私が静かにお茶を飲んでいる間に、お話し合いは終わったらしい。
「分かった、分かりました。全部、アナタの言う通り上手くいった、なおかつ鹿王院との話も上手く行くなら……さーらーにー! その上で、華が良いというのなら、コレを提出することを許可しましょう。それでいいわね華!?」
真さんと話してた敦子さんが、急にこっちに話を振ってきた。
「え? すみません聞いてなかった」
「アナタのことよ!?」
「はぁ」
困ってしまう。私が今からどう足掻こうと、多分私は真さんがいないともうダメで、真さんは私がいないと更にダメだ。ダメダメだ。
(ダメダメだけど)
私は微笑む。
(なんだか幸せなんだから、仕方ない)
こうなったら腹をくくるしかないのだ。ダメダメなりに、幸せになるしかないのだ。
「まぁなるようになれって感じです~」
「そんな風に将来決めないで……!」
真さんがぽん、と敦子さんの肩に手を置いた。
「御心配なく、必ず幸せにしますから」
大変優雅な笑顔でらっしゃいますが、なんていうか……胡散臭いなぁほんと。
「やっぱり華、さっきから失礼なこと考えてるデショ?」
「ヒトの心を読まないでください」
そう答えると、真さんは本当に楽しそうに笑った。
「さて」
真さんは軽く伸びをして、踵を返した。
「じゃ、華、またね」
「?」
「僕今から樹クンとこ行くから」
「え、私も」
ソファから立ち上がりかけた私を、真さんは手で制した。
「華は明日以降に行って?」
「なんでですか? 私だって」
一緒に怒られなきゃいけない、と思う。かたちだけの許婚だったかもだけど、でも私たちは「婚約」してたのだ。
(何もなければ)
もしかしたら、ほんとに結婚だってしてたのかもしれない相手で。
「……君は男心が分かってないね」
ぴん、とおでこを弾かれた。
「痛ッ」
「樹くんのためにも、君は今日来るべきじゃない」
「?」
「あーあ、にぶにぶ。僕なんでこんな子好きになったんだろ」
「む、それはこちらのセリフですっ」
「それでも愛してるよ」
唐突に言われて、ぽかんと真さんを見上げる。
「好き。可愛い。愛してる。ばーか」
「最後のなんです!?」
あははは、と真さんは高笑いしながら部屋を出て行った。……私はなぜあの人が必要なんだろうか……。がくりと疲れた。
「いちゃついてるわね」
「いちゃついてましたね」
敦子さんと秘書さんの言葉に、私はじとりと2人を見た。あれ、いちゃついてるの範疇ではないと思う。
敦子さんは少し優しく微笑んだ。
「静子さんには連絡してあるわ」
静子さん、っていうのは樹くんのお祖母様。
「驚いてらしたけど、まぁ"手土産"が大きかったから」
「手土産?」
真さん、何か買ってたっけ?
首をかしげると、敦子さんは「こっちの話」と話をそらした。むう、また子供扱いですか!
「まぁそれは置いておいて。本当にあなた、結婚する気でいたの?」
「はぁ、まぁ」
答えながら、私は訂正する。
「結婚する気でいます」
「はやいわよ?」
「10歳に許婚決めちゃうよりは早くないと思いますけど?」
ぐっ、と敦子さんは言葉につまる。
「あれには事情がね……」
事情? 不思議そうな私を無視して、敦子さんは続けた。
「ま、いいわ。すぐに別れたって、別に。あたしもバツイチだし、ヒトのこと言えないわ」
バツ付くの前提!?
私は笑ってしまった。
(どんなに離れたくなったって、もう離してなんかもらえないのに)
敦子さんがツカツカカツカツ、とヒール音も高らかに、秘書室の扉をばあんと大きく開けた。
形の良い眉が思い切りひそめられ、呆れたようにため息をつく。
「いつのまにか腹芸がお得意になったみたいねぇ」
「いやあはっはっは、そんな。まだまだ敦子さんほどでは」
真さんが楽しそうに後につづいて入ってくる。
「どの口で」
敦子さんはドカリと私の横に座り込む。
(……敦子さん、もしかして知らなかったのかなぁ)
もぐもぐと和菓子を食べながら、2人をみつめる。
(真さん、昔から腹黒クソ野郎なのに)
真さんと目が合う。大変優雅に笑った後に「ねぇ華、失礼なこと考えてる?」と聞かれたのでニコリと笑って首を振った。
「とりあえずコレは預かっておきます! いくらなんでも16では早すぎるわ」
結婚なんて、と敦子さんは言って婚姻届をヒラヒラと振った。
「法的にオーケーなのに?」
「なのにもクソもないわよ」
真さんと敦子さんはやいやい話してるけど、私は和菓子に夢中。
「あの……華さま?」
「はい?」
秘書さんに言われて顔を上げた。
「なんだかお話し合いされてますが、その、良いのですか?」
華さまのご将来のことでは? と控えめに言ってくれる秘書さんに、私は「はぁ」と生返事をする。
「まあ、もう無理なんで」
「なにがです?」
私は薄く笑う。私はもう真さんのものになってしまったのだ。手放してもらえるなんて思わない。
身体がどう、とかでなくて。
(というか、)
私は考え直す。
きっともう、ずいぶん昔から、とっくに私は真さんのものになっちゃってたのかもしれない。
ジワジワと毒が回るみたいに。
私が静かにお茶を飲んでいる間に、お話し合いは終わったらしい。
「分かった、分かりました。全部、アナタの言う通り上手くいった、なおかつ鹿王院との話も上手く行くなら……さーらーにー! その上で、華が良いというのなら、コレを提出することを許可しましょう。それでいいわね華!?」
真さんと話してた敦子さんが、急にこっちに話を振ってきた。
「え? すみません聞いてなかった」
「アナタのことよ!?」
「はぁ」
困ってしまう。私が今からどう足掻こうと、多分私は真さんがいないともうダメで、真さんは私がいないと更にダメだ。ダメダメだ。
(ダメダメだけど)
私は微笑む。
(なんだか幸せなんだから、仕方ない)
こうなったら腹をくくるしかないのだ。ダメダメなりに、幸せになるしかないのだ。
「まぁなるようになれって感じです~」
「そんな風に将来決めないで……!」
真さんがぽん、と敦子さんの肩に手を置いた。
「御心配なく、必ず幸せにしますから」
大変優雅な笑顔でらっしゃいますが、なんていうか……胡散臭いなぁほんと。
「やっぱり華、さっきから失礼なこと考えてるデショ?」
「ヒトの心を読まないでください」
そう答えると、真さんは本当に楽しそうに笑った。
「さて」
真さんは軽く伸びをして、踵を返した。
「じゃ、華、またね」
「?」
「僕今から樹クンとこ行くから」
「え、私も」
ソファから立ち上がりかけた私を、真さんは手で制した。
「華は明日以降に行って?」
「なんでですか? 私だって」
一緒に怒られなきゃいけない、と思う。かたちだけの許婚だったかもだけど、でも私たちは「婚約」してたのだ。
(何もなければ)
もしかしたら、ほんとに結婚だってしてたのかもしれない相手で。
「……君は男心が分かってないね」
ぴん、とおでこを弾かれた。
「痛ッ」
「樹くんのためにも、君は今日来るべきじゃない」
「?」
「あーあ、にぶにぶ。僕なんでこんな子好きになったんだろ」
「む、それはこちらのセリフですっ」
「それでも愛してるよ」
唐突に言われて、ぽかんと真さんを見上げる。
「好き。可愛い。愛してる。ばーか」
「最後のなんです!?」
あははは、と真さんは高笑いしながら部屋を出て行った。……私はなぜあの人が必要なんだろうか……。がくりと疲れた。
「いちゃついてるわね」
「いちゃついてましたね」
敦子さんと秘書さんの言葉に、私はじとりと2人を見た。あれ、いちゃついてるの範疇ではないと思う。
敦子さんは少し優しく微笑んだ。
「静子さんには連絡してあるわ」
静子さん、っていうのは樹くんのお祖母様。
「驚いてらしたけど、まぁ"手土産"が大きかったから」
「手土産?」
真さん、何か買ってたっけ?
首をかしげると、敦子さんは「こっちの話」と話をそらした。むう、また子供扱いですか!
「まぁそれは置いておいて。本当にあなた、結婚する気でいたの?」
「はぁ、まぁ」
答えながら、私は訂正する。
「結婚する気でいます」
「はやいわよ?」
「10歳に許婚決めちゃうよりは早くないと思いますけど?」
ぐっ、と敦子さんは言葉につまる。
「あれには事情がね……」
事情? 不思議そうな私を無視して、敦子さんは続けた。
「ま、いいわ。すぐに別れたって、別に。あたしもバツイチだし、ヒトのこと言えないわ」
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