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【高校編】分岐・山ノ内瑛
もしあるとすれば(side瑛父)
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なんや因果な商売やな、とは思う。
中華レストランの個室、丸いテーブルには料理が並んでいるけれど、お互い箸をつけようとはしない。
「単刀直入に申し上げますと、あなたのお兄さんに背任容疑がかかっています」
「そんなこと口に出していいの」
あたしに、と常盤さんは言った。その目があの人に瓜二つで、オレは懐かしく思う。夫を喪ったときでさえ、凛としたあの眼差しを。
「大丈夫だと踏んでいます。耕一郎氏さえいなくなればーー常盤は貴女の天下だ」
「その言い方は気にくわないわね」
常盤さんは眉を上げた。
「あたしが兄に反抗してるのは、華を守るため。それから、若い世代があのクソジジイに毒される前にあのクソジジイの腐ったケツをあの椅子から引き摺り下ろすためよ」
あたしが天下獲ろうなんて気はないわ、と言い放つ。
(ああ、)
オレは微笑む。
やっぱりあの人の母親なんだなぁ、この人は。
「であれば尚」
オレは畳み掛ける。
「悪い話ではありません」
分厚い書類をカバンから取り出す。
常盤さんは藤色の薄いフレームの眼鏡をかけて、ふと目を細めてそれを手に取った。
オレは黙ってそれを見つめる。
十数分、経っただろうか。
「……あの子の」
オレは眉を上げた。あの子? 華さん?
「エミの」
ほんの少し、息を飲む。このひとの娘で、アキラの命の恩人の奥さんで、華さんの母親。設楽笑さん。
「裁判の際は、尽力してくださって」
常盤さんはオレをじっと見る。
「ありがとう」
「いえ。……仕事、ですので」
素直に答えた。常盤さんは苦笑する。
ご遺族の辛さはオレには分からない。この国が法治国家であり、仇討ちも報復も禁じている以上、法律はあくまで法律で、復讐では、ない。
だけれど、……少しは力になれたのだろうか。
「分かりました」
「と、言いますと」
「この話、乗りましょう」
常盤さんは眼鏡を外す。
「いつ頃なのかしら、あなた方が動くのは」
「断定はできませんがーー近々には」
「ではそれまでに、取締役会を開こうと思います」
「ありがとうございます」
オレは頭を下げた。
「……子煩悩なのね」
「は?」
「別に、この話にあの子達を絡める必要性はないのではなくて?」
「しかし、結果として華さんは婚約を解消しても構わなくなるでしょう?」
「どこまでご存知なの?」
「当初、華さんを引き取ろうとしていたのは貴女ではなく耕一郎氏でしたね」
「その通りです。あたしが迷ってる間にーー結果として、尻を蹴られた形になったけれど」
「耕一郎氏は、華さんを政略結婚の駒にしようとしていました」
「……あたしがした事も、変わらないわ」
「随分違いますよ。同じ年の男の子と、親子ほど年齢の離れた男のところに嫁ぐのとでは」
常盤さんは、軽く肩をすくめた。
「たしかに、これが上手くいけばーー華が樹くんと婚約している必要性はなくなる」
「もう誰も華さんを利用したりできない」
オレが言うと、常盤さんは笑う。
「長生きしなくちゃ」
「ひ孫も早く見たくありませんか」
じとり、と常盤さんはオレをにらんだ。オレは苦笑いしてみせる。
「あの2人は仲睦まじいですよ」
「そのよう、ね……あたしまでちゃんと情報が上がっていた訳ではなかったけれど」
「瑛が何事もなく青百合に通えていたのは、あの学園長が耕一郎氏派だったからでしょうか」
「かもしれないわね……華と樹くんの婚約は、目の上のタンコブだったでしょうから、あの人たちにとって。華がお宅の息子さんとくっついて、あたしと鹿王院との縁が切れれば御の字だったでしょうから」
「それに関しては」
オレは苦笑いした。
「耕一郎氏に感謝しなくては」
「本当に余計な、ね……」
ため息をつく常盤さんに、オレは言う。
「もしそんなものがあるとすれば」
オレはふと思い出す。一昨年の花見での、瑛の笑顔。やっと見つかった、瑛だけの宝物。
「運命的なものだと思いますよ」
何も知らずに、惹かれあった。
華さんの父親は瑛の命の恩人だ。あの事件で実の母親を喪った瑛と、父親を喪った華さんと。
「だからと言って、息子さんとのことを認めたわけではないわよ? あたしは華を手放す気がない」
「まぁ、それはおいおい……アイツが自分で認めさせるでしょう」
「あら自信があるのね」
「まぁ」
オレは笑う。
「アイツはそういう男なんですよ」
常盤さんはほんの少しだけ、笑った。
「楽しみにしているわ」
それを契機に、オレはアキラに電話をかけて呼び戻す。
恐る恐る、という感じで部屋に入ってきた2人は、少しぽかんとする。しっかり手を握っていて、いやはやお熱いことで……。まあ驚いているのは、オレと常盤さんがそこまでピリピリしていなかったから、だろう。
「何をぽかんと突っ立っているの」
常盤さんはキリリと言い放つ。
「さっさと座りなさい、華、瑛くん」
瑛の名前が呼ばれてーーそれに呆然としてる2人に向かって、常盤さんは続ける。
「料理がすっかり冷めてるわよ」
中華レストランの個室、丸いテーブルには料理が並んでいるけれど、お互い箸をつけようとはしない。
「単刀直入に申し上げますと、あなたのお兄さんに背任容疑がかかっています」
「そんなこと口に出していいの」
あたしに、と常盤さんは言った。その目があの人に瓜二つで、オレは懐かしく思う。夫を喪ったときでさえ、凛としたあの眼差しを。
「大丈夫だと踏んでいます。耕一郎氏さえいなくなればーー常盤は貴女の天下だ」
「その言い方は気にくわないわね」
常盤さんは眉を上げた。
「あたしが兄に反抗してるのは、華を守るため。それから、若い世代があのクソジジイに毒される前にあのクソジジイの腐ったケツをあの椅子から引き摺り下ろすためよ」
あたしが天下獲ろうなんて気はないわ、と言い放つ。
(ああ、)
オレは微笑む。
やっぱりあの人の母親なんだなぁ、この人は。
「であれば尚」
オレは畳み掛ける。
「悪い話ではありません」
分厚い書類をカバンから取り出す。
常盤さんは藤色の薄いフレームの眼鏡をかけて、ふと目を細めてそれを手に取った。
オレは黙ってそれを見つめる。
十数分、経っただろうか。
「……あの子の」
オレは眉を上げた。あの子? 華さん?
「エミの」
ほんの少し、息を飲む。このひとの娘で、アキラの命の恩人の奥さんで、華さんの母親。設楽笑さん。
「裁判の際は、尽力してくださって」
常盤さんはオレをじっと見る。
「ありがとう」
「いえ。……仕事、ですので」
素直に答えた。常盤さんは苦笑する。
ご遺族の辛さはオレには分からない。この国が法治国家であり、仇討ちも報復も禁じている以上、法律はあくまで法律で、復讐では、ない。
だけれど、……少しは力になれたのだろうか。
「分かりました」
「と、言いますと」
「この話、乗りましょう」
常盤さんは眼鏡を外す。
「いつ頃なのかしら、あなた方が動くのは」
「断定はできませんがーー近々には」
「ではそれまでに、取締役会を開こうと思います」
「ありがとうございます」
オレは頭を下げた。
「……子煩悩なのね」
「は?」
「別に、この話にあの子達を絡める必要性はないのではなくて?」
「しかし、結果として華さんは婚約を解消しても構わなくなるでしょう?」
「どこまでご存知なの?」
「当初、華さんを引き取ろうとしていたのは貴女ではなく耕一郎氏でしたね」
「その通りです。あたしが迷ってる間にーー結果として、尻を蹴られた形になったけれど」
「耕一郎氏は、華さんを政略結婚の駒にしようとしていました」
「……あたしがした事も、変わらないわ」
「随分違いますよ。同じ年の男の子と、親子ほど年齢の離れた男のところに嫁ぐのとでは」
常盤さんは、軽く肩をすくめた。
「たしかに、これが上手くいけばーー華が樹くんと婚約している必要性はなくなる」
「もう誰も華さんを利用したりできない」
オレが言うと、常盤さんは笑う。
「長生きしなくちゃ」
「ひ孫も早く見たくありませんか」
じとり、と常盤さんはオレをにらんだ。オレは苦笑いしてみせる。
「あの2人は仲睦まじいですよ」
「そのよう、ね……あたしまでちゃんと情報が上がっていた訳ではなかったけれど」
「瑛が何事もなく青百合に通えていたのは、あの学園長が耕一郎氏派だったからでしょうか」
「かもしれないわね……華と樹くんの婚約は、目の上のタンコブだったでしょうから、あの人たちにとって。華がお宅の息子さんとくっついて、あたしと鹿王院との縁が切れれば御の字だったでしょうから」
「それに関しては」
オレは苦笑いした。
「耕一郎氏に感謝しなくては」
「本当に余計な、ね……」
ため息をつく常盤さんに、オレは言う。
「もしそんなものがあるとすれば」
オレはふと思い出す。一昨年の花見での、瑛の笑顔。やっと見つかった、瑛だけの宝物。
「運命的なものだと思いますよ」
何も知らずに、惹かれあった。
華さんの父親は瑛の命の恩人だ。あの事件で実の母親を喪った瑛と、父親を喪った華さんと。
「だからと言って、息子さんとのことを認めたわけではないわよ? あたしは華を手放す気がない」
「まぁ、それはおいおい……アイツが自分で認めさせるでしょう」
「あら自信があるのね」
「まぁ」
オレは笑う。
「アイツはそういう男なんですよ」
常盤さんはほんの少しだけ、笑った。
「楽しみにしているわ」
それを契機に、オレはアキラに電話をかけて呼び戻す。
恐る恐る、という感じで部屋に入ってきた2人は、少しぽかんとする。しっかり手を握っていて、いやはやお熱いことで……。まあ驚いているのは、オレと常盤さんがそこまでピリピリしていなかったから、だろう。
「何をぽかんと突っ立っているの」
常盤さんはキリリと言い放つ。
「さっさと座りなさい、華、瑛くん」
瑛の名前が呼ばれてーーそれに呆然としてる2人に向かって、常盤さんは続ける。
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