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【高校編】分岐・鍋島真

闘志(side真)

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 どうしようもないくらいに陳腐な言い方をするなら、好きな子と結ばれたってだけで勇気100倍って感じになっちゃう僕は、やっぱりどうしようもないくらいに陳腐な男なんだろうなと思う。

(そんなヤツのことを、心のどこかでバカにしていたはずなのになぁ)

 僕はさらりと華の髪を撫でる。馬鹿みたいに安心して眠る彼女の髪。

「……さて」

 僕は呟く。戦闘準備だ。
 寝室に華を寝かせたまま、リビングで服を着た。
 ジーンズのポケットからぐしゃぐしゃになった名刺を取り出す。役所の番号以外に、手書きで番号が書き添えられていた。
 090で始まるそれに、僕は電話をかける。5回も鳴らないうちに、山ノ内さんが出た。

「暇なんですか?」
『待ってたよ』

 確信してた声だった。僕が、必ず協力するって。

(ムカつく~)

 普通にムカつく。けど、僕だってアンタを利用してやるさ。
 それから山ノ内検事と話した内容は、少し拍子抜けするものだった。

「それくらいでいいんですか?」
『ただ、自宅にあるのか宿舎のほうにあるのかは』
「あは、あの人はそういう書類は家に隠すんです、リスみたいに」
『リス』

 ぽかんとした検事の声。
 例えが可愛すぎたかな?
 僕は通話を切って、厳重に戸締りをして家を出る。
 バイクで向かったのは区役所で、僕は婚姻届をもらう。少しうやうやしく、それをしまって、それから駅前のデパートへ向かう。ほんとはオーダーメイドがいい。それはまた後日、だ。今日はとりあえずだけど、形だけでも整えたいから。僕のちっぽけなプライド、っていうかほんと僕って陳腐だよね。呆れちゃう。
 マンションへ急いだ。
 帰宅して、華の様子を見る。まだすやすやと眠っていた。
 眠くなっちゃうタイプの子かな? 可愛い。
 寝室のクローゼットを華を起こさないように開けた。
 僕はスーツに着替える。きっちり三つ揃えのスーツ。今は室内だからいいけれど、外は暑そうだなぁ。
 まぁいいか、どうせクルマだし。
 ふう、とひとつ息を吐いて、それからぽつりと呟いた。

「痛いかなぁ」

 樹クン、本気で殴って来そうなんだもんなぁ。やだなぁ。
 でも僕は穏やかだった。
 一番欲しいものが手に入ったんだから。リビングに戻って、ソファにぽすりと座って、僕はほんの少し微笑む。もう離さない。絶対に絶対に離さない。離してなんかやらない。
 本を読んでいると、華がシーツなんか巻きつけて部屋に入ってくるから僕は笑う。

「なにそれえっろ。もっかいする?」
「もう無理です! 無理! 死ぬ!」

 華は本気で首を振ってた。死なない死なない。

「あは、ケチ」
「ケチとかじゃなくて死にます! あれ?」

 華は不思議そうに僕を見る。

「スーツ?」
「そーそー。今から土下座だからね」

 せめてスーツだよね、と僕は笑う。
 何人に土下座したらいいんだろう?

(もちろん、)

 はある。
 敦子さんにも、それから鹿王院にもオイシイおはなし。

(日頃の行いがいいからだろうなぁ)

 うんうん、と僕は心の中で頷く。このタイミングで山ノ内検事から接触があったのは僥倖としか言いようがない。

(や、逆かな)

 あれがなきゃ、僕は帰宅なんかしてないし。
 だとすれば、やっぱりこれは運命でーーなんて考えちゃうから、僕はどうしようもなく陳腐な男だ。

(笑えちゃうよね)

 ふと、思う。
 華への想いに気付く前の僕が、今の僕を見たら、どう思うだろうか、と。
 笑うかな。呆れるかな。蔑むだろうか。

(それとも案外、)

 僕は少しだけ笑ってしまう。

(希望なんか抱いちゃったりするのかな)

 未来なんてもの、信じてなかった僕なのに。

「えーと、あの」

 華は戸惑ってる。

(あは、)

 僕はそっと笑う。舐めないでほしいね。君のためなら僕は土下座くらい余裕だっての。

「それとこれ、書いてね」

 ローテーブルの上にある紙を指さした。

「?」
「さっき区役所行ってきたんだー」
「なんですか?」

 華は片手でシーツを胸の前で押さえたまま、無造作って言っていいくらいに、ぴらりとそれを手に取った。

「婚姻届」
「こんっ!?」

 華はなんだかすごく抜けた顔をした。うん素っ頓狂だ。素っ頓狂な子だよね本当に。

「華は未成年だから同意書がいるけど、ま、そこは敦子さんに証人になってもらえば大丈夫」
「いやはや」

 ぼーっとその紙を見つめる華。ふと目線を上げた。

「あの、気が早くないですか?」
「手に入れる前より」

 華の手を取る。

「入れた後のほうが、失うのが怖い」
「失う?」
「君が、どこかに行ってしまわないかなって」

 華が、じっと僕を見つめる。吸い込まれそうになる。華の目。

「どこにも行きませんよ」
「知ってる」

 僕は笑う。

「でももう離れていたくない。無理。死ぬ」
「死ぬって」
「お願い」

 華の手を、僕は握りしめた。

「一生僕から離れないって、誓って」

 戸惑う華の足元に跪く。懇願するみたいに。
 窓からは夕陽が差し込んで部屋をオレンジに染めてて、華は白いシーツを身体に巻きつけて立ち竦んでる。右手でシーツを握って、左手を僕に差し出してーー。
 絵画のようだと思った。とびきりに美しい絵画のようだと。

「僕と結婚してください」

 左手の薬指にそっと嵌めた指輪を、華は目をまん丸にして見ていた。あは、そんな顔しなくたってさ。
 ほんと、こーゆーことしちゃうから僕はチープな男なんだろうな、実際のところ。
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