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【高校編】分岐・鍋島真

ボロコーヴ(side真)

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「何があったのか」なんて、華は聞かなかった。ただ、本当にそばにいてくれた。
 ひんやりとした空調。僕の部屋のソファ、そこでただ隣に寄り添って、取り留めのない話をする。

「ネコ好きなの」
「そーなんですよ。好きなんですけど」
「飼わないの」
「なかなかですねぇ」

 華は笑う。
 そっか。知らなかった。華はネコが好き。覚えておこう。

「真さんって、なんかペットとか飼ってなかったんですか」
「昔、豚を飼ってた」
「……」

 華はジト目で僕を見る。僕は肩をすくめた。そんな目で見なくたって。

「もう飼ってないよ」
「当たり前です! あんなに千晶ちゃんに怒られて」
「千晶、ガチギレしてたよねー」

 ケタケタ笑うと、華もほんの少し、頬を緩めた。

「真さんの部屋って」

 華は言う。

「本がたくさんあるイメージだったんですけど」
「あるよ。寝室にだけど」
「あー」
「何冊か持ってこようか」
「はい」

 寝室にまでは入らないかな、残念、そう思いながら僕は立ち上がる。うん、ちょっと回復してきてる。リビングを出ようとすると、華がたたっと小走りでやってきた。

「やっぱ、本棚、見てもいいですか」
「いいですよ」

 敬語になった僕に、華はくすくすと笑った。
 寝室の本棚の前に、2人で座り込む。

「宇宙の本、多いですね」
「趣味だからね」
「あ、これ私があげたやつ」
「よく見てるよ」

 僕は答えて、その写真集を広げる華に微笑んだ。華は、少しどきまぎと視線を外す。
 写真集は、昔、華にもらった月のやつ。世界中の、色んなところで撮られた月の、というか星も含めての写真。

「月が綺麗ですね」
「? そーですね」

 僕は笑う。華のおでこに、キスをした。華はびくりと身体を揺らして、おでこに手を当てている。ふうん?
 僕は怪物ジャバウォックにすらなれないんだ、って話を、何でか華にする。なんでこんな話になったんだろう?

(まだ弱ってるのかな)

 自嘲気味に笑う。

「ジャバウォック?」
「鏡の国のアリスの詩に出てくる化け物」

 僕は言う。

「でもね、僕はそれにすらなれない。みすぼらしくて、弱々しくて、ボロコーヴみたいだって思う」
「ボロコーヴ?」
「貧弱で、モップみたいな鳥」
「え、」

 驚く華に、僕は微笑む。少し、弱々しかったかもしれない。

(僕は父親が怖い)

 華は黙って、僕が話すのを待っている。でもなんだかうまく、話せそうにない。

(多分、)

 僕は思う。
 今殴り合いしたら僕が勝つ。それでも、僕はーーあの人が怖い。植えつけられた恐怖心は、未だに僕を縛っている。

「……どんな詩ですか?」

 華がふ、と口を開く。

「鎌倉の家の方かな」

 僕は本棚を見上げる。

「でも見れると思う」

 僕はスマホで検索して、それを華に見せた。華はスマホを受け取って、大きく首を傾げた。

「うーん?」
「あんまり意味のある詩ではないよ」

 あんまり考えなくていい、と言うと、華は少し微笑んだ。

「でも、真さん、多分ボロコーヴじゃなくてこの主人公のほうかなって」
「え」
「よく分からないですけど、なんか剣で戦うんでしょう。なら、この主人公? 勇士のほうじゃないですか」

 僕はぽかん、と華を見つめる。

「真さんは、ボロコーヴなんかじゃないですよ」
「……そう?」

 華はこくりと頷いた。

「だって、みすぼらしくも、弱々しくもないですよ」

 僕は、黙って華の話を聞いている。

「昨日、カッコよかったですよ。試合、かっこよかったです。背筋がいつも、すってしてるのって、剣道してるせいなんでしょうか」
「僕?」

 そうなんだろうか。あんまり、意識はしてなかったけど。

「あ、剣道着ですっけ、あれも、似合ってました」

 華はなんだか力説しちゃってくれてる。

「それから、バイク乗ってるとこもカッコいいですよ、それに」

 華は少しだけ、眉を下げた。

「いっぱい心配してくれてありがとうございました」
「昨日?」
「すみません、あそこまで本格的な監禁っぽい動画が送られちゃってるなんて」
「……ほんと、死ぬかと思ったよ」
「あは、すみません」
「ほんとに」

 僕は華を抱きしめた。あったかい。

「助けに来てくれた真さん、カッコ良かったです。全然、弱々しくもみすぼらしくもなかったです」
「君、玄関先でクラッカー鳴らしてたじゃん」
「あは、そーなんですけど」

  華はひそやかに、って感じで笑った。

「なんか、真さんの表情が」
「表情?」
「助けに来たぞ! って感じでした」

 ほとんど衝動的に、だったと思う。
 華の唇を塞ぐ。ほんの一瞬、だったけど。
 華は僕を見上げている。それから少しだけ、考えるそぶりをしてーーそして僕にキスをしてきた。

「は、な?」

 思わず名前を呼んで、開いた口腔に、華の舌が入ってくる。
 びっくりして身体から力が抜けた。どさり、と倒れた僕から華は離れようとせずに、僕の舌に自分のそれを絡めて来た。

(……初めてじゃないのかな)

 ちりり、と僕の心を嫉妬が焦がす。ヒトのことを言える恋愛(?)遍歴じゃない。なのに。
 息も荒く、僕から離れた華に、僕は起き上がって少し乱暴に口付けた。舌をねじ込んで、舌を絡めて、舐め上げてーーどれくらい、そうしていたんだろう。離れた僕に、華は言う。

「真さん」
「なに?」
「私、今」

 華の目は、16歳の女の子のものじゃない。僕を子供扱いするその目は、僕をオトコだって、そう見ていた。

「結構、真さん、欲しいですよ」
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