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【高校編】分岐・鍋島真

(side真)

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 もっと優しくしたかったのに。
 ぼんやりと、僕はそう思う。

「大丈夫?」

 僕は横向きに寝てる華の頭を撫でた。ちょっと眠そう。

「今はそんなにです、ちょっとなんか、重いっていうか」
「無理しないでね」

 猫なで声が出て僕は驚く。へー、僕こんな声出るんですね。誤魔化すみたいに、僕は華を抱きしめる。

「……何か、あったんですか?」

 とろんとした目で、華は優しく僕を撫でる。まるで、子供にするみたいに。

「わかんない」

 僕は正直に言う。

「ほんとにわかんない」
「そうですか」

 要領を得ない僕の言葉にも、華は微笑んでそう返してくれた。

「すこし眠りますか?」
「そうだね」

 僕は答える。
 そうしよう、と素直に思う。腕の中には華がいて、すでに半分目が閉じている。安心してる表情で、……僕の世界は完璧なほどに満たされてる。

「大丈夫ですよ」

 華はウトウトしながら、囁くように言った。

「こわいものは、ここには来ません」
「本当に?」
「はい、大丈夫です」

 華の優しい、たおやかな手が僕の頬を撫でる。

「おやすみなさい、真さん」

 華はすうっと目を閉じて、すでに軽く寝息を立て始めていた。眠いの、我慢してたのかな。
 僕も素直に目を閉じる。
 そして、夢を見た。
 小さい頃の夢。僕は走っている。父親は酔っ払っている。捕まったら、殴られる。

(でも、)

 小さな僕は思う。
 僕が殴られている間は、この男の注意があの小さな妹に向かうことはないのだ。

(だから、僕が殴られていたほうがマシだ)

 でも、殴られるのは、痛い。
 だから嫌で、僕は走っていた。何かに蹴つまずく。ころんで、強かに身体を打ち付けて、僕は振り向く。父親の顔は、黒くなっていて見えない。父親はなにか叫んだ。アルコールの匂いがした。頭をかばう。
 けれど、痛みはなかった。
 僕の前に、誰か立っていた。背を向けた女の子。

「はな」

 小さな僕が言う。華は振り向いた。にっこりと笑っている。

「もう大丈夫ですよ真さん」

 華は言う。
 華は、言ったんだ。

 目を覚ます。がばりと起き上がった。まだ日は高い。

「華?」

 確かにあったはずの、腕の中の華のぬくもりがない。
 僕はシーツもぐちゃぐちゃになったベッドから抜け出す。華、華、華。
 寝室を飛び出て、リビングへ行くけど華はいない。玄関にも、華の靴はなくて僕はただ立ちすくむ。
 玄関がガチャリと開いた。

「あれ、起きたんですか、って、ちょっと! 服くらい来てください! 目のやり場に困るでしょ!」

 ほんとに風邪ひきますよ、って怒ってる華を抱きしめる。両手にスーパーの袋っぽいのを持っていた。なぜか紙袋も。

「ま、まま真さん!?」

 これくらいで真っ赤になる華が愛しい。

「どこ行ってたの」
「すっごい遅いですけど、お昼ご飯、作ろうと思って」

 この家なんもないんですもん、と華は口を尖らせた。

「鍵、勝手に借りました」
「それはいいんだけど」
「というか、服! 服着てください服!」
「はいはい」

 僕は寝室まで戻って、脱ぎ散らかした服を着直す。
 リビングのキッチンで、華は忙しそうにしている。

「手伝う?」
「今日はいいです」

 断られた。でも僕は笑う。"今日は"いいです、って言ったよこの子。今日は、って。にこにこと華を見ている。アイランドキッチンだからずうっと見ていられる。てきとーに選んだけど、この部屋にして良かったなぁ。

「……なにジロジロ見てるんですか」
「いや、なんでもー?」

 ふと時計に目をやる。なんだ、まだ14時過ぎなのか。

「ていうか、華、なんでここに来てたの? 忘れ物?」
「いや、なんていうか、事ここに至ってはですね、もはや些事です。些事。どーでもいい内容でした」
「ふうん?」

 僕は首を傾げた。

「あ、炊飯器ないから、レトルトご飯買ってきました、湯煎でもいいらしいので」
「この家、鍋なんかあった?」
「買ってきましたよ、もう!」

 華は笑いながら言った。

「ほんっとなんもないんですもん、笑うしかないです」
「あは」

 僕は笑う。華は紙袋から大きめの両手鍋を取り出した。

「炊飯器、買いに行こうかな」
「そうしてください」
「一緒に選んで?」

 華は僕を見る。肩をすくめて「いいですよ」と小さく笑った。

 華が作ってくれたのはカレーで、僕は感動する。

「カレーくらいで」
「好きな子が作ってくれたカレーだよ? 感動するでしょ。あー美味し」

 華は照れたように目線を外す。

「運動したから余計美味しいね」
「……ひとこと余計です」

 つん、と華は頤をそらす。まったく可愛いなぁ。
 この家に机と呼べるのは、ソファの前のローテーブルくらいしかないから、僕たちはそこでカレーを食べている。シンプルなカレー。
 僕はぺろりと平らげて、まだ途中の華の腰を引き寄せる。

「え、あの、真さ、私まだ途中」
「あっため直したらいいよ」
「この家、レンジもないんですけど……」
「炊飯器と一緒に買おう」

 僕は華にキスしながら「でも今日は無理、僕、殴られに行かなきゃだから」と笑う。

「え、」
「華さ、ひとりでなんとかする気だったでしょう」

 僕は言う。敦子さんのこと、樹クンとのこと。

「ダメだよ」
「でも、」

 華は弱々しく僕を見上げた。

「一緒に怒られよう。嫌われよう。憎まれよう」

 僕は華に、もう一度キスをする。

「華となら、何も怖くない」

 華が僕のことを「カッコいい」と言うなら、僕はカッコイイんだ。
 勇士だと言うなら、僕はボロコーヴなんかじゃなくて勇士なんだ。

(華がいてくれるなら)

 僕は世界で一番強くなれる。
 過去にも未来にも、負けたりなんかしない。
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