上 下
373 / 702
【高校編】分岐・山ノ内瑛

変わる世界

しおりを挟む
「華のばーちゃんに会わせてほしいんやけど」

 唐突にアキラくんが言ったので、私は持っていた本をばさばさばさと床に落としてしまった。え!?

「な、なななんで!?」

 いつもの地下書庫。並んで話していて、ふと考える仕草をしたアキラくんを不思議に思いながら見上げていると、そう言ったのだ。

「あんなー」

 アキラくんは、私が落とした本を拾うついでに、すとんとそのまま床に座る。くっついて、私も並んで座った。

「おとんがな」
「お父さん?」

 いま、東京で検事さんしてる、アキラくんのお父さん。

「なんや、華のばーちゃんに用事あるらしいねん」
「え、なんで?」

 私はちょっと身構える。ウチの可愛い息子をお宅の孫がもてあそんでます、とかだったらどうしよう……。

「あ、ちゃうねん、仕事絡みらしいわ。せやけどガードが固くてなかなか接触でけへんらしくてな」
「あ、そーいう……」
「なんや、俺らにもプラスなんやっておとんは言うてる」
「……プラス?」

 どういうことだろう?
 アキラくんを見つめた。

「すまん、俺にも詳しくは」
「そっか。……あの、お父さん、私たちのこと」
「知ってるで」

 アキラくんは淡々と言った。

「あの人は信用して大丈夫や……すまん、言わんほうが良かったんやろか」
「ううん、大丈夫……」

 けど、嫌な感じの彼女じゃないかな。ほかに許婚いて、秘密で恋愛させてるなんて。

(うう、ヘコむよ)

 絶対、印象悪いよね。
 しゅん、とした私の頭を、アキラくんはヨシヨシってするみたいに撫でてくれる。

「華、華、大丈夫やで。おとんも華のこと好きやから」
「ほ、んとに」
「おう。応援してくれてるらしいしな」

 にかっ、と笑ってもらえて、すこし安心する。ぽすり、とアキラくんの身体に身を預けた。
 優しく抱きしめられる。安心する。落ち着く。大丈夫だ、って思える。

(ここにいてもいいんだ、って)

 拠り所、って言葉がしっくりくる。

「えへへ」
「どないしたん」
「なんでもないよー」

 バカみたいな私に、アキラくんは「なんでもないんかいな」とゆるゆると頭を撫でながら、少し面白そうに言う。

「華」

 名前を呼ばれて、顔を上げた。ちゅ、とおでこにキス。鼻の頭にも。それから、唇。すっと触れて離れて、物足りなくて顔を上げた。
 縋るような目で見れば、優しく笑うアキラくん。

(年下なのになぁ)

 精神的には、ずっと私の方が年上なのに、全然アキラくんのほうが、なんていうか、余裕あるんだもんなぁ。

(変だよなぁ)

 なんて思いつつも、もう一度触れた唇の温かさに、私は溶けてしまいそうになる。侵入はいってくる柔らかな舌に、ひとつひとつ確かめるように舐められた歯列、私はふと自覚した。

(ああ、)

 この身体の細胞ひとつひとつが、そしてこの心の思うことすべてが、このひとのものなのだと。
 所有されたい、と強く思う。
 そして、このひとの全てが私のものならいいのに、と。
 ゆっくりと離れていく熱に、私は一抹の寂しさを覚えながら、小さく口を開く。

「いつ、がいいかな」
「ん?」
「敦子さん……おばーちゃんと、会うの」
「せやな……」

 アキラくんは少し考えて、それから「来週の土曜の昼はどない?」と言った。

「俺、半ドンやから」
「部活? 分かった」

 午前練ってことだと思う。

「どっか、横浜か東京かで、個室のレストランかなんか取ってもらうわ。なんとか華、そこまでばーちゃん連れて来てもらえへん?」
「ん、分かった」

 私はうなずく。うまくいくか、分からないけれど。

「もし、」

 アキラくんは言った。

「もし、これがきっかけで俺らのこと認めてもらえたら」
「うん」
「……めっちゃ幸せや」

 ふにゃりとアキラくんは笑う。私の胸はぎゅうっとなって、アキラくんにしがみつく。

「華?」
「ごめん、ごめんね」
「どないしたん?」

 ゆっくりと、アキラくんは背中を撫でてくれる。

(私は絶対にこのひとを、離す気はない)

 何があろうと、だ。
 けれど、でも。

「……私でさえなければ、アキラくんは幸せな恋愛ができてたんだなって」
「アホなん?」

 バッサリ切られた。

「アホアホやな華は、ほんまにアホやなアホ華や」
「そ、そんなに」
「今何回アホ言うたでしょーかっ」
「え、あ、数えてなかった」
「千回やっ」
「そんなには言ってないよ!?」
「気持ち的にはそんくらい言うてるわ! ほんでもって足りへんわ! アホ華!」

 ほっぺたを両手で挟まれて、鼻の頭がつきそうな距離で怒られる。

「幸せなんは華がおるからやろ。華おらんかったら、幸せもクソもないやろ」
「クソって」
「うんこや!」
「うんこって!」

 なんの話!?

「華のおらへん人生なんか、うんこ以下や! せやから、せやから」

 ずるずる、と私にしなだれかかるように体重をかけてくるアキラくん。

「そんなこと、言わんとって……」
「あ、きらくん」
「ほんまに。そんなん、想像もせんとって。俺の人生に華がおらへんとか、そんなん」

 ずるり、と私は押し倒されたみたいな姿勢になる。目の前には、辛そうなアキラくん。

「そんなん、怖すぎや」
「怖い?」

 すっとアキラくんの髪を撫でる。金色の綺麗な髪ーー。

(黒も似合ってるんだけどな)

 金色は、アキラくんにしっくりくる。明るくて、太陽みたいで、……ちょっと、タンポポみたいかも。

「怖い。めっちゃ、怖い」
「怖いこと、想像させてごめんね……」
「ん」

 アキラくんは、私の肩口に顔を埋めた。

「なぁ、華」
「なに?」
「キスマークつけてもええ?」
「唐突だね?」

 耳元で聞こえる、アキラくんの声。

「唐突やろか。俺のモンやって、誰に見せへんでも、つけときたい」
「ん、いいよ」

 私は微笑む。

「私は頭の先からつま先まで、髪の毛一本一本にいたるまで、心の中も頭の中も、魂も、全部アキラくんのものだから」
「……俺も」

 アキラくんは、少し身体を起こす。

「俺も、おんなじ」
「……うれしい」

 胸がぎゅうっとなる。

(いま、世界が終わればいい)

 そんな風に考える。そうなったって、私にはなんの悔いもないーーけど、アキラくんはダメか。バスケしてたいだろうからなぁ、なんて思って、またひとりで笑ってしまう。

「今度はどうしたん?」
「なぁんでもない、よ」

 ただ幸せだなぁって、と小さく言うと、アキラくんも笑った。

「俺も。……少し、ボタン外してもええ?」
「うん」

 ためらいなく返事をした。何をされたっていいんだから。
 アキラくんは少し不器用そうに(意外!)ブラウスのボタンをみっつだけ、外した。
 それから、なにか眩しいものを見る、みたいな神妙な顔つきで、私をじっと見つめる。

「……なあに?」
「きれいやな、って」

 そう思っただけ、そう言いながらアキラくんは、鎖骨の下に唇を寄せる。

「……っ、」

 小さな痛みが少し気持ちよくて、私はほんの少し眉を寄せてしまう。

「痛かった? ……よう分からんから、すまん」
「ううん、大丈夫。あのね、アキラくん」

 私はアキラくんの頬に手を当てる。

「私も、つけたい」
「ええで」

 アキラくんも即答してくれた。

「つうかな、見えるとこでもええで」
「それはやめとくけど」

 クスクスと笑う。アキラくんも楽しげに笑う。
 アキラくんが起き上がって、私に手を貸してくれた。2人で向かい合って座り直す。
 それから、私はアキラくんのシャツのボタンを外した。

「なんやヤバイな、これ」

 めっちゃコーフンするわ、というアキラくんの唇に一度キスしてから、私と同じ位置に吸い付いた。

(……こんなくらい、かな?)

 よく分からない。"華"になってからはもちろん初めてだし、前世でもキスマークなんて、つけさせてもらったこと、なかったから。

「できたかな」
「ついてる」

 アキラくんはその痕をそっと指で撫でた。

「嬉しい」
「私も」

 顔を見合わせて、笑い合う。それからもう一度キスをして、でもお互い笑いながらだったから歯が当たって、ちょっと痛くて、それすら楽しくて幸せで、やっぱり私たちは笑ってしまうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華
恋愛
テンプレ悪役令嬢であるセリーナは、乙女ゲームの舞台から穏便に退場する為、処女を散らそうと決意する。そのお相手に選んだのは能面執事のクラウスで…… ちょっとお馬鹿なお嬢様が、色気だだ漏れな狼執事や、ヤンデレなお義兄様に迫られあわあわするお話。 ※ギャグとシリアスとホラーの混じったラブコメです。寸止め。生殺し。 完結感謝。後日続編投稿予定です。 ※ちょっとえっちな表現を含みますので、苦手な方はお気をつけ下さい。 表紙は、綾切なお先生にいただきました!

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

その悪役令嬢、復讐を愛す~悪魔を愛する少女は不幸と言う名の幸福に溺れる~

のがみさんちのはろさん
恋愛
 ディゼルが死の間際に思い出したのは前世の記憶。  異世界で普通の少女として生きていた彼女の記憶の中に自分とよく似た少女が登場する物語が存在した。  その物語でのディゼルは悪魔に体を乗っ取られ、悪役令嬢としてヒロインである妹、トワを困らせるキャラクターだった。  その記憶を思い出したディゼルは悪魔と共にトワを苦しめるため、悪魔の願いのために世界を不幸にするための旅に出る。  これは悪魔を愛した少女が、不幸と復讐のために生きる物語である。 ※カクヨム・小説家になろう・エブリスタ・pixiv・ノベルアップでも連載してます。 ※ノベルピアで最終回まで先行公開しています。※ https://novelpia.jp/novel/693

処理中です...