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【高校編】分岐・鹿王院樹

平気でやるやつですよ、あいつは(side岡村)

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 いやまぁ、それくらい平気でやるやつだよ、あいつは。
 SNSでまわってきた、鹿王院のいわゆる「キスパフォーマンス」(よくサッカー選手がゴール後にやるやつ)の動画、それをみてオレは苦笑した。はいはいご馳走さまでした。

「よ、試合おつかれ」
「ああ」

 教室に入ってきた鹿王院(生温い視線にはまったく気づくそぶりもない)は少し不機嫌そうだった。あれ?

「どうした?」
「いやな、」

 席につくなり、ふうと鹿王院は息を吐いた。

「なんだか華に絡んできている、変なのがいるだろう」
「どれ」
「1年の」
「あー」

 どれ、なんて言わなきゃいけないのは華さんにとっては迷惑なんだろうけれど、大抵の嫌がらせは華さん気づかずスルーしてるからな。大半が鹿王院や友達にブロックされているようだし。
 そのブロックをかいくぐるように嫌がらせ(?)を繰り返してる一年生(すでに悪名高い、鹿王院ファンからも煙たがられている)桜澤青花さんのことだろう。ある意味、すっかり有名人だ。
 まぁ、鹿王院ファンも鹿王院ファンでメンドクサイやつ多いんだけどな。去年の生ゴミ事件といい。

「また華に面倒くさい絡み方をしていてーーまぁ、今朝は華が追い返していたが」

 ふふ、とそこだけ機嫌よく鹿王院は言った。

「え、なんかあったの? 朝、風紀で立ってたのは見てたけど」

 ちょっと挙動不審にしながら、一生懸命活動していた。まぁこの学校、違反者なんかほぼいねーんだけどさ。イイトコのボンボンとオジョーサマ、一般家庭から来てるのも部活動がやたら厳しいスポーツ特待とかだからな。たまに例外はいるけれど。そもそも女子はともかく、男子の校則はゆるゆるだし。

「華が、水泳部の女子を見逃したようなんだ」

 その時はいなかったので推測なのだが、と鹿王院は言う。

「髪が傷んで赤くなっていたんだな」
「あー、塩素でな。なってるやついるよな」

 あれもダメなのか。夏なんか紫外線と塩素のダブルパンチだと思う。

「それで、華は部活なら仕方ないと判断したようなのだが、桜澤がそれは不平等だ、優遇だと」
「んー、まぁ、優遇かぁ。言いたいことは分からんでもないけど」

 ズルイ! って思う人は出てくるかもしれない。

「それで華は、風紀委員会では明らかな違反ーー要は、今回のような、部活なんかの不可抗力での違反は取り締まるべきでないと主張してな」
「まあ、それも言いたいことはわかる」

 今の制度だと、生徒側の負担が大きすぎるもんな。どうしたって、風紀委員会への不満が集まるし。

「細かなガイドライン作りは今後らしいのだが。まぁそんなこんなで、俺が着いた時には既に絡まれていてな」
「なるほどなぁ」
「キャンキャンうるさかったから、お願いだから二度と俺と華に近づくな、と念押ししたのだが……伝わったのだか伝わっていないのだか……どうにもなぁ。イマイチ正体がつかめない」
「単にお前のことが好きなんじゃないか?」
「いや、」

 鹿王院は首を傾げた。

「華の弟や、1年に華の友達がいるだろう。金髪の、バスケ部のが」

 やたらと友達を協調してくるが、分かるので頷いた。

「関西弁のな」
「ああ。あいつらにもやたらと……なんというか、なんと言えばいいんだ?」

 困ったように鹿王院は言う。

「アピール?」
「うむ、多分それだ。しているようでな」
「へえ」
「もっとも、迷惑がっているようだ」
「そりゃね」

 いくら顔が可愛くても、あの性格はナイ。ぶっちゃけ、怖い。

「困るのが」

 鹿王院はポツリ、と言う。

「華は俺があの女と接触すると、少し不安定になるんだ」
「不安定?」
「うむ」

 鹿王院は軽く目を閉じた。

「はっきりしたことは言わないのだが、……俺があの女を好きになる、とでも言いたいような」
「それはないだろ」

 断言できる。鹿王院があの女子を?

(つーか、華さん以外の人なんか目に入ってないだろ)

 そう思うけれど、……そーか。不安になぁ。

「あ、わかった」
「なんだ?」

 オレはぽん、と手を叩いた。

「桜澤サンってさ、可愛いからじゃね? ま、カオだけだけど」
「……?」

 鹿王院は素で首を傾げた。心底不思議そうに。

「? え、だからさ、カオだけ……え? 桜澤サン、キレイじゃない? 可愛いし。いやほんとカオだけだけど」
「すまん」

 鹿王院はあまり申し訳なさそうではない感じで謝ってきた。

「人間に対する可愛いだとか、綺麗だとかいう感情は100パーセント華に持っていかれているので、他の人間の顔の造作がどうだとか、まるっきりわからん」
「まじかよ」
「鼻と目と口があるなぁ、とは思う」
「みんなだよ!」

 びっくりだよ。

「いや、もちろんこれは華の外見だけに充てているわけではなく、一挙手一投足や表情や声や言葉等々の内面からにじみ出る華らしいところに主にこの感情は持っていかれているわけであって」
「いやいいよ、分かったよ」

 軽くため息をつく。

「まあ、お前以外の人間には、桜澤サンは可愛らしく見えてるわけだよ。カオだけ、だけどな」
「ほう」
「ゆえに、華さんはそれで不安になっちゃうんじゃないか」
「そうか」

 鹿王院はうなずいた。

「また、俺の言葉不足だったのかもしれないな」
「そだな、帰ったら言ってやれよ、さっきの丸々」
「そうする。助かった」

 鹿王院はなんだか素直にお礼を言うと、少し笑った。そしてぽつり、と言うを

「華以外見えていないということを、少し身体にも教えた方がいいかもしれないな」
「ごめん今なにか不穏なこと言った?」
「いや?」

 鹿王院はきょとんとする。そして前を向いて教科書だのをカバンから出し始めた。

(がんばってな、華さん)

 オレは晴れた空を窓越しにみながら、ちょっとだけ華さんに同情したのだった。
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