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【高校編】分岐・鍋島真
コーヒーと夏空
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「うわ、おいしー」
ひんやり、空調の効いたロッジの大きなテーブルで、私はアイスコーヒーをひとくち飲んで、思わず小さく叫ぶようにそういった。
「ありがとうございます」
安達さんは嬉しそうに答えた。
「老骨ひとりですとな、淹れがいもありませんで」
「カフェとかしたらいいのに」
この広いロッジ、別荘だかなんだか知らないけれど、空き家にしておくのはもったいない気がする。
「いやはや、ここはそう観光客もおりませんからな。開いたとしても閑古鳥でしょうな」
「そうですかねぇー」
ていうか、ほんと、ここどこ。
「心配しなくても県内だよ」
「思考を読まないでください」
真さんにそう言われて、私はぐるりと室内を見渡した。高い天井には木製の大きなファンがくるくると、天窓もついていて室内はひどく明るい。
テラスに続く大きな窓からは眩しい太陽と、青い太平洋(県内なら太平洋のはず)。遠くに入道雲、船も見えた。
「真ぼっちゃまと、千晶お嬢様が幼い頃は、夏はここで過ごされておりました」
「その間、安達が面倒見てくれてたんだ」
真さんはアイスコーヒーを飲みながら呟くように言った。
(あのお父さんだもんな……)
長期休み中の厄介払いだったのかもしれない。まぁ、真さんのことだから、千晶ちゃんがいればどこでも良かったんだろうけれど。
「星が綺麗だよ、このへんは」
街の光がないからね、と真さんは言う。
「へえ!」
私はちょっとワクワクしてしまう。
「いいなぁ、見てみたい!」
「泊まる?」
「泊まりません」
そこは否定。真さんは「ちぇー」なんて笑っている。……ほんと、どこまで本気なんだか。
「天の川が見られるのに」
「それは見てみたいですけど」
「手は出さないって約束してるのに?」
「……あー、あれですか」
切り落としていい、って言われたんだった。逆に怖いよう。
「外泊なんか、敦子さんに心配されるし、樹くんに怒られるしダメです」
「……樹クンなんだ?」
「ええ、はぁ、まぁ、一応。許婚ですから」
真さんは笑っている。でも、なんとなく、その目が私を責めているようで、私は視線を逸らしてしまう。そんな目をされる筋合いはない、はずなのに。ないよね?
胸がもやもやする。なんでだろう。
「よし泳ごう」
唐突に真さんは言った。
「? どうぞ」
案外真さんってアグレッシブなのね、とボケーっと思った。
ここでのんびりしてようかな、と返事をするとにこりと微笑まれる。
(え、なになに)
軽く身を引いて真さんを見つめると、真さんは「水着あるよ」と実に優雅に口にした。
「は?」
「買ってきた」
「ちょ、……は?」
真さんに、はい、とビニールとリボンの可愛らしいラッピングの袋を渡された。
「……最初からこのつもりで?」
"気分が変わった"とか言って急に連れてこられたけど、違う。このヒト、最初からここに連れて来る気だったんだ。ほんとにもう!
「だって夏だよ? 海じゃない?」
「なんですかその論法……」
がさりと袋を開けると、可愛らしいオールインワンのワンピースタイプの水着。グリーンとオレンジの大きめの花柄で、少し大人っぽいデザイン。
(うっ)
私はぐっと息を飲む。こういうの、好きだ。ていうか。
「……どんなエグい水着が出て来るかと思ってましたが」
すっごいマイクロミニな感じの黒のビキニとか……。ほぼ布がないみたいな。
「君さ、ほんと僕のことなんだと思ってるの」
呆れたように真さんは言う。
「似合うと思って」
にっこりと微笑む真さんに、とりあえずお礼を言った。
受け取らないとか、多分させてもらえないから。さすがにそれくらいは分かるくらいの付き合いにはなってきている。
「まぁ、華が想像してる"エグい水着"も似合うだろうなぁとは思うけど」
「着ませんよ」
「いつか着て」
「イヤです」
即答。少しでも引いたら、マジで買って来るよこのヒトは……。
「それは残念」
目を細めて、愉しそうに言う真さん。え、買わないよね? やめてくださいよね?
「じゃあ今日はそれ着てね」
「え、やです泳ぎたくないです」
「ほんとに? ほんとのほんとに?」
じっ、と私を見る真さん。私はたじろぐ。たしかに、海なんか……え、いつぶり? 前世ぶりじゃないかな、海水浴なんて。
(しかもプライベートビーチだよ……)
好きに過ごせる。泳ぐもよし、砂浜でお城を作るのもよし、魚の観察もよし、だ。うーん。
「華様、よろしければ焼きそばやカキ氷なんかもお作りできますよ」
「……!?」
私はばっ、と安達さんをみた。安達さんはニコニコと言う。
「バーベキューでもなさいますか?」
「……っ、か、カレーでっ……カレーとカキ氷で……」
私はぷるぷると震えながら言った。
(海で遊んでる時の、カレーとカキ氷ほど美味しいものはないっ……)
少し乾いた身体に染み込むカキ氷。そこで冷えた身体を温める、カレーライス。うう、背に腹は変えられない。
(露出少ないし)
水着くらい、うん、いいや。どうせ真さんのことだから、私に構うのも何らかの暇つぶしなんだろうし。
(……暇つぶしだよね)
ちらり、と真さんを見上げる。少し嬉しそうにしてる真さんを見て、ちょっとだけ、悲しく思う。
(私、暇つぶしのオモチャなんだろうか)
そんな風に考えてしまう。
(別にいいのに)
暇つぶしでも。私だって、別に真さんが特別な対象だったりするわけじゃ、ないんだから。
ひんやり、空調の効いたロッジの大きなテーブルで、私はアイスコーヒーをひとくち飲んで、思わず小さく叫ぶようにそういった。
「ありがとうございます」
安達さんは嬉しそうに答えた。
「老骨ひとりですとな、淹れがいもありませんで」
「カフェとかしたらいいのに」
この広いロッジ、別荘だかなんだか知らないけれど、空き家にしておくのはもったいない気がする。
「いやはや、ここはそう観光客もおりませんからな。開いたとしても閑古鳥でしょうな」
「そうですかねぇー」
ていうか、ほんと、ここどこ。
「心配しなくても県内だよ」
「思考を読まないでください」
真さんにそう言われて、私はぐるりと室内を見渡した。高い天井には木製の大きなファンがくるくると、天窓もついていて室内はひどく明るい。
テラスに続く大きな窓からは眩しい太陽と、青い太平洋(県内なら太平洋のはず)。遠くに入道雲、船も見えた。
「真ぼっちゃまと、千晶お嬢様が幼い頃は、夏はここで過ごされておりました」
「その間、安達が面倒見てくれてたんだ」
真さんはアイスコーヒーを飲みながら呟くように言った。
(あのお父さんだもんな……)
長期休み中の厄介払いだったのかもしれない。まぁ、真さんのことだから、千晶ちゃんがいればどこでも良かったんだろうけれど。
「星が綺麗だよ、このへんは」
街の光がないからね、と真さんは言う。
「へえ!」
私はちょっとワクワクしてしまう。
「いいなぁ、見てみたい!」
「泊まる?」
「泊まりません」
そこは否定。真さんは「ちぇー」なんて笑っている。……ほんと、どこまで本気なんだか。
「天の川が見られるのに」
「それは見てみたいですけど」
「手は出さないって約束してるのに?」
「……あー、あれですか」
切り落としていい、って言われたんだった。逆に怖いよう。
「外泊なんか、敦子さんに心配されるし、樹くんに怒られるしダメです」
「……樹クンなんだ?」
「ええ、はぁ、まぁ、一応。許婚ですから」
真さんは笑っている。でも、なんとなく、その目が私を責めているようで、私は視線を逸らしてしまう。そんな目をされる筋合いはない、はずなのに。ないよね?
胸がもやもやする。なんでだろう。
「よし泳ごう」
唐突に真さんは言った。
「? どうぞ」
案外真さんってアグレッシブなのね、とボケーっと思った。
ここでのんびりしてようかな、と返事をするとにこりと微笑まれる。
(え、なになに)
軽く身を引いて真さんを見つめると、真さんは「水着あるよ」と実に優雅に口にした。
「は?」
「買ってきた」
「ちょ、……は?」
真さんに、はい、とビニールとリボンの可愛らしいラッピングの袋を渡された。
「……最初からこのつもりで?」
"気分が変わった"とか言って急に連れてこられたけど、違う。このヒト、最初からここに連れて来る気だったんだ。ほんとにもう!
「だって夏だよ? 海じゃない?」
「なんですかその論法……」
がさりと袋を開けると、可愛らしいオールインワンのワンピースタイプの水着。グリーンとオレンジの大きめの花柄で、少し大人っぽいデザイン。
(うっ)
私はぐっと息を飲む。こういうの、好きだ。ていうか。
「……どんなエグい水着が出て来るかと思ってましたが」
すっごいマイクロミニな感じの黒のビキニとか……。ほぼ布がないみたいな。
「君さ、ほんと僕のことなんだと思ってるの」
呆れたように真さんは言う。
「似合うと思って」
にっこりと微笑む真さんに、とりあえずお礼を言った。
受け取らないとか、多分させてもらえないから。さすがにそれくらいは分かるくらいの付き合いにはなってきている。
「まぁ、華が想像してる"エグい水着"も似合うだろうなぁとは思うけど」
「着ませんよ」
「いつか着て」
「イヤです」
即答。少しでも引いたら、マジで買って来るよこのヒトは……。
「それは残念」
目を細めて、愉しそうに言う真さん。え、買わないよね? やめてくださいよね?
「じゃあ今日はそれ着てね」
「え、やです泳ぎたくないです」
「ほんとに? ほんとのほんとに?」
じっ、と私を見る真さん。私はたじろぐ。たしかに、海なんか……え、いつぶり? 前世ぶりじゃないかな、海水浴なんて。
(しかもプライベートビーチだよ……)
好きに過ごせる。泳ぐもよし、砂浜でお城を作るのもよし、魚の観察もよし、だ。うーん。
「華様、よろしければ焼きそばやカキ氷なんかもお作りできますよ」
「……!?」
私はばっ、と安達さんをみた。安達さんはニコニコと言う。
「バーベキューでもなさいますか?」
「……っ、か、カレーでっ……カレーとカキ氷で……」
私はぷるぷると震えながら言った。
(海で遊んでる時の、カレーとカキ氷ほど美味しいものはないっ……)
少し乾いた身体に染み込むカキ氷。そこで冷えた身体を温める、カレーライス。うう、背に腹は変えられない。
(露出少ないし)
水着くらい、うん、いいや。どうせ真さんのことだから、私に構うのも何らかの暇つぶしなんだろうし。
(……暇つぶしだよね)
ちらり、と真さんを見上げる。少し嬉しそうにしてる真さんを見て、ちょっとだけ、悲しく思う。
(私、暇つぶしのオモチャなんだろうか)
そんな風に考えてしまう。
(別にいいのに)
暇つぶしでも。私だって、別に真さんが特別な対象だったりするわけじゃ、ないんだから。
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