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【高校編】分岐・相良仁

ヒロインはご乱心

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「見つけたわよ設楽華ッ! なんで邪魔しに来ないの!? おかげでイベントがひとつも発生しないじゃないの!」

 ヒロインちゃんがそう叫んだのは、入学式から一週間くらい経ったとある日のこと。
 うららかな春の日差しは夕方に近づいて柔らかさを増して、散り終わりに近い桜は暖かにちらちらと舞っていた。
 それを窓から眺めながら、私はボケーっとしていたのだ。

(車、来てもらおうかなぁ)

 運転手の島津さん。結局ウチで敦子さんが雇ってくれた。相変わらず、暗い屋外は苦手だ。暮れかけた陽は綺麗だけど、やっぱり怖くて。

(仁は忙しそうだし)

 新学期、なにやらバタついていてあんまり構いすぎるのも(構われすぎるのも?)申し訳ないかなぁって思う。
 そんなことを考えていた私に、突然後ろから叫んだのが彼女だったのだ。ヒロイン、桜澤青花。
 私は肩で息をしながら私を睨む青花を呆然と見つけた。小柄な体格、可愛らしい顔立ち、紛れもない"ブルーローズを探して"のヒロインちゃんだ。

(て、いうか。あれ?)

 てっきり、入学して一週間あまり、何もしてこないし接触ないから無害だと判断してたーー!

「ていうか、なんで髪切ってるの!?」
「え?」

 ぽかん、と見つめてやっと気がつく。そうだ、ゲームの華はロングの姫カット。

「ああもう、ちゃんとシナリオ通りにいじめてよね!? いいわね、分かった!?」

 びしり、と指差された。それから「ああ、違うわね」とひとり首を振る。

「急にいじめて、って言われても困るわよね?」

 戸惑いながら頷いた。そりゃ困りますよお嬢さん……。

「あのね、わたし!」

 堂々、と彼女は手を胸に当てて背筋を伸ばした。

「あなたの許婚、鹿王院樹くんに愛されてそうなの!」

 鼻息荒く、青花は言った。さあどうだ、って顔をしている。なるほど、これで嫌がらせをしてもらおうって腹か……ってイヤイヤイヤ。

「あの、い、いじめないよ……?」
「なんで?」
「なんで、って」

 私はぽかんとした。

「樹くんが誰を選ぶかは、樹くんの自由だから……?」
「それじゃダメなのよ! ああっもういいわ! 勝手にやるから!」

 ふんす、と鼻息荒く睨まれた後、青花はずんずんと歩き出した。

「ついてきて!」
「???」

 頭に「?」を浮かべたまま、後をついていく。階段を降り始める青花。踊り場まであと数段、というところで青花は振り向いた。

「い、痛そう」
「なにが? どうしたの?」

 青花は無視して、手すりからパッと手を離した。ぐらりと身体が傾ぐ。

「!? なにしてるの!?」

 私は思わず青花を庇う。ほとんど反射的に。ぎゅっと青花を抱きしめて、衝撃に備えた。冷たい床への落下を覚悟してーー。

「……あれ?」

 ところがいつまでもそれはやって来ない、というか、私も誰かに抱きとめられていた。腕の中の青花ごと。

「あれ、じゃないですよ設楽さん」

 なにがあったんです、と言う声は聞き慣れた声、というか仁でした。

「あ、すみません」

 ほっと安心しながら、バランスを整えて青花を腕から離す。
 青花はものすごく訝しげな顔で私を見上げた。それから、みるみるうちに苦々しげな顔になる。

「邪魔しないでよ!」
「え、ええっ!?」

 邪魔をしろと言ったりするなと言ったり! 一体なんなんだ!

「これで終わりだと思わないでよね!」

 さっと身を翻して階段を駆け下りていく青花。

「……ほんとに何なんだ? あいつ、"ヒロイン"だろ?」
「うん」

 私は眉を下げて言った。

「ヤバめな展開かも……」
「つか、怪我ないか」
「うん」

 仁を見上げる。

「ありがとう、助けてくれて」

 仁は肩をすくめてふっと笑う。大人な表情でちょっとドキッとしてしまった。

「と、ところでね」

 私は誤魔化すように口を開いた。

「護衛のこと、私にバラしたのって、もしかして私がドライブ行きたいとか言ったから……?」

 どんな話し合いがあったのか分からないんだけど、敦子さんは私に「護衛」のことを話してくれた。まぁ知ってたんだけど……。
 そんなこんなで、仁がほとんど専任でボディーガードとして側にいてくれることになった。

「まー、それもあるけど」

 仁はくしゃりと私の髪を撫でた。

「そうしたらずっと一緒にいられんじゃん」
「……労働基準とかどうなってるの?」
「細かいことはいーんだよ」

 時々お休みもらいます、なんて仁は嘯く。

「しかしどうするかなー」

 仁は言う。

「あいつ、邪魔? はやめに排除する?」
「怖いこと言うのやめてよ……」

 はあ、と私はため息をついた。

「でもお前に何かあってからじゃ遅いだろ」

 仁は淡々と言う。それが逆に、なんて言うか、ちょっと背中が冷える。

「で、でもいまのとこ」
「は? いま怪我するとこだっただろうが」

 なんであいつ庇った? と詰められる。

「え、えとなんで、だろ……」

 怪我させちゃだめだと思ったのだ。ふつうに。

「華らしいけど、あんまり仏心出すのも大概にしろよ」
「仏心って」

 大げさな。

「ま、……いいか」

 仁は一瞬、何か考える顔をした。それからにこりと笑う。

「なぁ、今度のイースター、一緒に過ごそうぜ」
「忙しくないの?」
「時間くらいとれるって」

 仁は少し嬉しそうに言う。

「ドレス、今年は俺に贈らせて」
「え、うそ、いいよ。適当にレンタルするし」
「ヤダ。今年は俺が選んだの着せる」

 むっとした顔で言われる。さっきの大人びた表情とは対照的な、子供みたいなカオ。思わず吹き出す。

「なんだよ」
「ううん、なんでも」

 そう言って仁を見上げる。

「楽しみにしてる」

 そう微笑むと、仁は少し赤くなって目線を逸らした。

「おう」

 照れてる仁は、ちょっとだけ珍しい。
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