280 / 702
分岐・鍋島真
幸せ(side真)
しおりを挟む
華の話によると、僕と相良さんが学校を出た後、電話がかかったきたらしい。
「病院からですって、おばあさんが搬送されましたって」
華はしゅんとして続ける。
「小西先生は、敦子さんに確認してからって言ったんだけど、電話通じなくて、私、焦っちゃって」
とにかく病院へ向かおう、と学校を出たところにミニバンが突っ込んできたらしい。小西さんは華を庇って、車にひかれた。
華は血まみれになった小西さんを抱きかかえているところを無理やり拉致されてきた、というのが経緯っぽい。
そんな話を、僕は暗い病院の廊下で聞いた。今時、古臭い蛍光灯にリノリウムの床。鼻につく消毒液の匂い。華の手には、白い白い包帯。
「ところで」
僕は聞いた。
「病室にはいれてくれないの?」
「……なんか」
華は目を逸らした。
「個室でふたりきりって、マズイ気がして」
「なにが?」
「わかんないですけど」
華は本気で分かんないって顔をしてて、でも逸らしたはずの視線が遠慮がちに僕を見つめてて、僕は吹き出す。
(君さ)
僕のこと、少し意識してるんじゃないの?
(ちゅーしたからかな)
もう一度したいな、そう思うけれど、どうなんだろう。あんまり押すと引かれるかな?
「……なに笑ってるんです?」
「いやぁなんでも。なにもしないから、部屋までこれ運んでもいい?」
「運べますけど」
「やだね、怪我してる子に持たせられない」
華は入院中だ。本当は必要ないかもなんだけど、精神的なケアなんかもあるらしくて仲良く千晶と隣の部屋で入院中。
「いや、ケーキとお花ですし。……てかすみません、気を遣わせて」
「いいよ、どうせ千晶にも渡すんだから。それから君の先生」
僕はなかなかすごい格好だと思う。お見舞いの花束3つと、ケーキの箱ひとつ。マカロンの箱ひとつ。ケーキは華に、マカロンは千晶に。
華は少し嬉しそうに笑った。
「小西先生、昨日からお話できるようになったんですって」
「回復力はんぱないね」
ミニバンに突っ込まれて肝臓真っ二つ、全治半年を宣告された小西さんだけど、回復は早いみたいだ。半年もかかんないかもしれないね。
(ま、お仕事だからね)
華を庇ったのは、仕事の責任感だけではないだろうけれど。
華はそれでも心配だし責任感じてるから甲斐甲斐しく病室に通ってるらしい。もっとも、華は何も知らないはずだ。自分に護衛がついてるだなんて。
……ていうか、甲斐甲斐しくお世話? なにそれ羨ましいんだけど。
「僕も入院しようかな」
「え、なんですかどうしたんですか」
少し華が心配する表情を浮かべるから、僕はそれで満足してしまう。
「なあんにも。単に華にお世話して欲しかっただけ」
「は?」
冷たい目で僕を見る華。僕は肩をすくめる。
「ところでさ、」
「なんです?」
「絶対なにもしないから、一緒にケーキ食べない?」
「絶対ですよ? 絶対の絶対ですよ」
華は眉間のシワを深くした。
「千晶ちゃんも一緒ですよ」
「両手に花だなぁ」
呆れたように僕を見る華。
「ねえところでさ」
「はい」
「僕とキスしたこと樹クンに報告したの?」
「あ、はい」
あっけらかんと答える華。
「一応、許婚なんで…….事故的なものとはいえ、流石に不貞にあたるのではと」
報告しました、と事務的に答える華。あれ、意識されてるなんて思ったの、ぼくの勘違い? 自意識過剰?
「あのね、とっても怒られちゃったよー」
怒られたってものじゃない。ブチ切れて乗り込んできた。
「あれ、私を落ち着かせるために仕方なく、だったから怒らないでねって言ったんですけど」
あれー? と不思議そうな華。
「……あの子も不憫だなぁ」
「なにがです」
僕は笑った。まぁ一生不憫なままでいておくれよ樹クン。
「なんでもないよ」
にこりと笑ってみせた。
華はやっぱり不思議そうに、何度か目を瞬いた。
「あのさ」
「なんです」
「やっぱり、なんでもないことないかな」
「?」
「僕のお嫁さんになってよ」
「またその話ですか!」
華はぷんすかと怒り出す。
「よくわかんない理由でプロポーズされるの、ほんとにほんとに、イヤなんですけど!」
「あれは撤回するよ。てかしてるよ。今度は本気。ねえ、君が好き」
華は不思議そうに僕を見る。
「お嫁さんになって。僕と家族になって。僕の赤ちゃん産んで? 僕子育て頑張るから」
「なん、ですか、それ」
「一緒に旅行行こうよ。キャンプも行こう。天体観測しよう。山に登ろう海へ行こう。あ、そんな特別なことしなくてもいいよ。誕生日をお祝いしよう、見つからないようにクリスマスプレゼントを枕元に置こうよ。晩御飯を一緒に食べよう、テレビ見て一緒に笑おう……、ねえなんで泣くの」
華はまた泣いていた。なんで泣くのか分からない。僕の知ってる限りの、"家族"の楽しそうなこと並べてみてたのに。体験したことはないけどさ。
「きみ、すぐ泣くよね?」
「……疲れてるんですかね」
華は、はぁ、とため息をついた。
「……お花見とかは、いいんですか」
「お花見かあ」
「お月見とか」
「食べ物関連だね」
ギクリとした華は誤魔化すように笑った。泣き笑い。
「え、てか、プロポーズ受けてくれるの」
「いやそれは無理ですけど」
ばっさり。
「でも、真さんの未来がそんな幸せでいっぱいならいいなって思いますよ」
優しく華は笑う。
(幸せ?)
幸せかぁ。そういうのが、幸せなんだろうか? よく分からないけれど、僕は強く思う。
「僕は君が隣にいてほしいんだけどなぁ」
赤ちゃん産んでって言ったけど、君がいてくれるなら別にどっちでもいい。
「それは無理でしょうねぇ」
華は手で涙を拭う。僕はそっと近づいて、そっと頬にキスをした。涙の味。怒られるかなと思ったけれど、華は抵抗しなかった。
「病院からですって、おばあさんが搬送されましたって」
華はしゅんとして続ける。
「小西先生は、敦子さんに確認してからって言ったんだけど、電話通じなくて、私、焦っちゃって」
とにかく病院へ向かおう、と学校を出たところにミニバンが突っ込んできたらしい。小西さんは華を庇って、車にひかれた。
華は血まみれになった小西さんを抱きかかえているところを無理やり拉致されてきた、というのが経緯っぽい。
そんな話を、僕は暗い病院の廊下で聞いた。今時、古臭い蛍光灯にリノリウムの床。鼻につく消毒液の匂い。華の手には、白い白い包帯。
「ところで」
僕は聞いた。
「病室にはいれてくれないの?」
「……なんか」
華は目を逸らした。
「個室でふたりきりって、マズイ気がして」
「なにが?」
「わかんないですけど」
華は本気で分かんないって顔をしてて、でも逸らしたはずの視線が遠慮がちに僕を見つめてて、僕は吹き出す。
(君さ)
僕のこと、少し意識してるんじゃないの?
(ちゅーしたからかな)
もう一度したいな、そう思うけれど、どうなんだろう。あんまり押すと引かれるかな?
「……なに笑ってるんです?」
「いやぁなんでも。なにもしないから、部屋までこれ運んでもいい?」
「運べますけど」
「やだね、怪我してる子に持たせられない」
華は入院中だ。本当は必要ないかもなんだけど、精神的なケアなんかもあるらしくて仲良く千晶と隣の部屋で入院中。
「いや、ケーキとお花ですし。……てかすみません、気を遣わせて」
「いいよ、どうせ千晶にも渡すんだから。それから君の先生」
僕はなかなかすごい格好だと思う。お見舞いの花束3つと、ケーキの箱ひとつ。マカロンの箱ひとつ。ケーキは華に、マカロンは千晶に。
華は少し嬉しそうに笑った。
「小西先生、昨日からお話できるようになったんですって」
「回復力はんぱないね」
ミニバンに突っ込まれて肝臓真っ二つ、全治半年を宣告された小西さんだけど、回復は早いみたいだ。半年もかかんないかもしれないね。
(ま、お仕事だからね)
華を庇ったのは、仕事の責任感だけではないだろうけれど。
華はそれでも心配だし責任感じてるから甲斐甲斐しく病室に通ってるらしい。もっとも、華は何も知らないはずだ。自分に護衛がついてるだなんて。
……ていうか、甲斐甲斐しくお世話? なにそれ羨ましいんだけど。
「僕も入院しようかな」
「え、なんですかどうしたんですか」
少し華が心配する表情を浮かべるから、僕はそれで満足してしまう。
「なあんにも。単に華にお世話して欲しかっただけ」
「は?」
冷たい目で僕を見る華。僕は肩をすくめる。
「ところでさ、」
「なんです?」
「絶対なにもしないから、一緒にケーキ食べない?」
「絶対ですよ? 絶対の絶対ですよ」
華は眉間のシワを深くした。
「千晶ちゃんも一緒ですよ」
「両手に花だなぁ」
呆れたように僕を見る華。
「ねえところでさ」
「はい」
「僕とキスしたこと樹クンに報告したの?」
「あ、はい」
あっけらかんと答える華。
「一応、許婚なんで…….事故的なものとはいえ、流石に不貞にあたるのではと」
報告しました、と事務的に答える華。あれ、意識されてるなんて思ったの、ぼくの勘違い? 自意識過剰?
「あのね、とっても怒られちゃったよー」
怒られたってものじゃない。ブチ切れて乗り込んできた。
「あれ、私を落ち着かせるために仕方なく、だったから怒らないでねって言ったんですけど」
あれー? と不思議そうな華。
「……あの子も不憫だなぁ」
「なにがです」
僕は笑った。まぁ一生不憫なままでいておくれよ樹クン。
「なんでもないよ」
にこりと笑ってみせた。
華はやっぱり不思議そうに、何度か目を瞬いた。
「あのさ」
「なんです」
「やっぱり、なんでもないことないかな」
「?」
「僕のお嫁さんになってよ」
「またその話ですか!」
華はぷんすかと怒り出す。
「よくわかんない理由でプロポーズされるの、ほんとにほんとに、イヤなんですけど!」
「あれは撤回するよ。てかしてるよ。今度は本気。ねえ、君が好き」
華は不思議そうに僕を見る。
「お嫁さんになって。僕と家族になって。僕の赤ちゃん産んで? 僕子育て頑張るから」
「なん、ですか、それ」
「一緒に旅行行こうよ。キャンプも行こう。天体観測しよう。山に登ろう海へ行こう。あ、そんな特別なことしなくてもいいよ。誕生日をお祝いしよう、見つからないようにクリスマスプレゼントを枕元に置こうよ。晩御飯を一緒に食べよう、テレビ見て一緒に笑おう……、ねえなんで泣くの」
華はまた泣いていた。なんで泣くのか分からない。僕の知ってる限りの、"家族"の楽しそうなこと並べてみてたのに。体験したことはないけどさ。
「きみ、すぐ泣くよね?」
「……疲れてるんですかね」
華は、はぁ、とため息をついた。
「……お花見とかは、いいんですか」
「お花見かあ」
「お月見とか」
「食べ物関連だね」
ギクリとした華は誤魔化すように笑った。泣き笑い。
「え、てか、プロポーズ受けてくれるの」
「いやそれは無理ですけど」
ばっさり。
「でも、真さんの未来がそんな幸せでいっぱいならいいなって思いますよ」
優しく華は笑う。
(幸せ?)
幸せかぁ。そういうのが、幸せなんだろうか? よく分からないけれど、僕は強く思う。
「僕は君が隣にいてほしいんだけどなぁ」
赤ちゃん産んでって言ったけど、君がいてくれるなら別にどっちでもいい。
「それは無理でしょうねぇ」
華は手で涙を拭う。僕はそっと近づいて、そっと頬にキスをした。涙の味。怒られるかなと思ったけれど、華は抵抗しなかった。
0
お気に入りに追加
3,084
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?
tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」
「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」
子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる