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分岐・鍋島真

幸せ(side真)

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 華の話によると、僕と相良さんが学校を出た後、電話がかかったきたらしい。

「病院からですって、おばあさんが搬送されましたって」

 華はしゅんとして続ける。

「小西先生は、敦子さんに確認してからって言ったんだけど、電話通じなくて、私、焦っちゃって」

 とにかく病院へ向かおう、と学校を出たところにミニバンが突っ込んできたらしい。小西さんは華を庇って、車にひかれた。
 華は血まみれになった小西さんを抱きかかえているところを無理やり拉致されてきた、というのが経緯っぽい。
 そんな話を、僕は暗い病院の廊下で聞いた。今時、古臭い蛍光灯にリノリウムの床。鼻につく消毒液の匂い。華の手には、白い白い包帯。

「ところで」

 僕は聞いた。

「病室にはいれてくれないの?」
「……なんか」

 華は目を逸らした。

「個室でふたりきりって、マズイ気がして」
「なにが?」
「わかんないですけど」

 華は本気で分かんないって顔をしてて、でも逸らしたはずの視線が遠慮がちに僕を見つめてて、僕は吹き出す。

(君さ)

 僕のこと、少し意識してるんじゃないの?

(ちゅーしたからかな)

 もう一度したいな、そう思うけれど、どうなんだろう。あんまり押すと引かれるかな?

「……なに笑ってるんです?」
「いやぁなんでも。なにもしないから、部屋までこれ運んでもいい?」
「運べますけど」
「やだね、怪我してる子に持たせられない」

 華は入院中だ。本当は必要ないかもなんだけど、精神的なケアなんかもあるらしくて仲良く千晶と隣の部屋で入院中。

「いや、ケーキとお花ですし。……てかすみません、気を遣わせて」
「いいよ、どうせ千晶にも渡すんだから。それから君の先生」

 僕はなかなかすごい格好だと思う。お見舞いの花束3つと、ケーキの箱ひとつ。マカロンの箱ひとつ。ケーキは華に、マカロンは千晶に。
 華は少し嬉しそうに笑った。

「小西先生、昨日からお話できるようになったんですって」
「回復力はんぱないね」

 ミニバンに突っ込まれて肝臓真っ二つ、全治半年を宣告された小西さんだけど、回復は早いみたいだ。半年もかかんないかもしれないね。

(ま、お仕事だからね)

 華を庇ったのは、仕事の責任感だけではないだろうけれど。
 華はそれでも心配だし責任感じてるから甲斐甲斐しく病室に通ってるらしい。もっとも、華は何も知らないはずだ。自分に護衛がついてるだなんて。
 ……ていうか、甲斐甲斐しくお世話? なにそれ羨ましいんだけど。

「僕も入院しようかな」
「え、なんですかどうしたんですか」

 少し華が心配する表情を浮かべるから、僕はそれで満足してしまう。

「なあんにも。単に華にお世話して欲しかっただけ」
「は?」

 冷たい目で僕を見る華。僕は肩をすくめる。

「ところでさ、」
「なんです?」
「絶対なにもしないから、一緒にケーキ食べない?」
「絶対ですよ? 絶対の絶対ですよ」

 華は眉間のシワを深くした。

「千晶ちゃんも一緒ですよ」
「両手に花だなぁ」

 呆れたように僕を見る華。

「ねえところでさ」
「はい」
「僕とキスしたこと樹クンに報告したの?」
「あ、はい」

 あっけらかんと答える華。

「一応、許婚なんで…….事故的なものとはいえ、流石に不貞にあたるのではと」

 報告しました、と事務的に答える華。あれ、意識されてるなんて思ったの、ぼくの勘違い? 自意識過剰?

「あのね、とっても怒られちゃったよー」

 怒られたってものじゃない。ブチ切れて乗り込んできた。

「あれ、私を落ち着かせるために仕方なく、だったから怒らないでねって言ったんですけど」

 あれー? と不思議そうな華。

「……あの子も不憫だなぁ」
「なにがです」

 僕は笑った。まぁ一生不憫なままでいておくれよ樹クン。

「なんでもないよ」

 にこりと笑ってみせた。
 華はやっぱり不思議そうに、何度か目を瞬いた。

「あのさ」
「なんです」
「やっぱり、なんでもないことないかな」
「?」
「僕のお嫁さんになってよ」
「またその話ですか!」

 華はぷんすかと怒り出す。

「よくわかんない理由でプロポーズされるの、ほんとにほんとに、イヤなんですけど!」
「あれは撤回するよ。てかしてるよ。今度は本気。ねえ、君が好き」

 華は不思議そうに僕を見る。

「お嫁さんになって。僕と家族になって。僕の赤ちゃん産んで? 僕子育て頑張るから」
「なん、ですか、それ」
「一緒に旅行行こうよ。キャンプも行こう。天体観測しよう。山に登ろう海へ行こう。あ、そんな特別なことしなくてもいいよ。誕生日をお祝いしよう、見つからないようにクリスマスプレゼントを枕元に置こうよ。晩御飯を一緒に食べよう、テレビ見て一緒に笑おう……、ねえなんで泣くの」

 華はまた泣いていた。なんで泣くのか分からない。僕の知ってる限りの、"家族"の楽しそうなこと並べてみてたのに。体験したことはないけどさ。

「きみ、すぐ泣くよね?」
「……疲れてるんですかね」

 華は、はぁ、とため息をついた。

「……お花見とかは、いいんですか」
「お花見かあ」
「お月見とか」
「食べ物関連だね」

 ギクリとした華は誤魔化すように笑った。泣き笑い。

「え、てか、プロポーズ受けてくれるの」
「いやそれは無理ですけど」

 ばっさり。

「でも、真さんの未来がそんな幸せでいっぱいならいいなって思いますよ」

 優しく華は笑う。

(幸せ?)

 幸せかぁ。そういうのが、幸せなんだろうか? よく分からないけれど、僕は強く思う。

「僕は君が隣にいてほしいんだけどなぁ」

 赤ちゃん産んでって言ったけど、君がいてくれるなら別にどっちでもいい。

「それは無理でしょうねぇ」

 華は手で涙を拭う。僕はそっと近づいて、そっと頬にキスをした。涙の味。怒られるかなと思ったけれど、華は抵抗しなかった。
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